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転生悪役令嬢、麻雀で異世界を制す!Ⅱ 打倒勇者編  作者: 南蛇井


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異質さを刻みつける舞台

卓上は嵐のようだった。

リンドブルムは豪快に点棒を狙い、サラは仕掛けで場をかき回し、クラリッサは震える胸を押さえて慎重に牌を選ぶ。

それぞれが己の色を主張し、卓上を揺らしている。

だが、そのただ中で――一人だけ異質な存在がいた。

アレス。

彼は、音を立てることすら拒むかのように、無駄なく牌を積み上げていく。

指先は迷いを知らず、表情は一片も揺れない。

「……何だ? この人だけ、静かすぎる」

観客の胸に、言葉にならぬ違和感が広がっていく。

喧騒の渦中にありながら、彼だけがまるで別の舞台に立っているかのようだった。

アレスの前に積まれた手牌は――あまりに整然としていた。

配牌から一巡目。彼は一切の逡巡もなく、淡々と不要な牌を切り捨てる。

そこに「試す」や「迷う」といった人間的な揺らぎは存在しない。

通常、どんな打ち手であろうと手には偏りが生まれる。

遠回りを強いられたり、無理に形を整えなければならない場面が必ずある。

だが、アレスの進行は違った。

牌は勝手に彼へと従い、流れ込むように組み上がっていく。

それは偶然でも幸運でもない――むしろ必然。

「……あれじゃ、完成するのが当たり前みたいじゃないか」

観客の誰かが震える声で漏らす。

卓上の空気がじわじわと冷たく変質していく。

アレスの手は、ただ一つの道を最短で駆け抜け、確実に“完成形”へと近づいていた。

リンドブルムの手は豪快そのものだった。

ドラを抱え、大物を一直線に狙う。だがその勢いは荒々しく、まるで嵐が卓上を吹き荒れているかのよう。

サラは対照的に、仕掛けを繰り返し、意表を突く打ち筋で場をかき乱す。

読めぬ一打に観客は振り回され、卓上はざわめきに包まれる。

クラリッサはその狭間で必死に前へ進もうとしていた。

慎重に一打を選び、確実に点を積み重ねようとする姿は健気であり、観客の胸を打つ。

――だが、そのどれもがアレスには届かない。

彼だけは、揺さぶりを受けていなかった。

竜王の豪腕も、楽しさの化身の奇手も、未熟な少女の奮闘も。

すべては最初から彼の計算に組み込まれているかのように、静かに手を整えていく。

「まるで……最初から答えを知っていたみたいだ」

観客の誰かが呟き、その言葉に誰も反論できなかった。

卓上を見つめる観客のざわめきは、徐々に方向を変えていった。

リンドブルムの豪快な打ち筋には喝采が飛び、サラの仕掛けには笑いと驚きが起こり、クラリッサの一歩には温かな声援が重なる。

だが、アレスの進行にだけは――声が出なかった。

「……整っていく」

誰かが呟く。

「気づけば、あの人の手だけは……必ず形になる」

それは奇跡でも豪運でもなかった。

ただ、当然のように理路整然と積み重ねられていく“完成”の道筋。

「……あれはもう、打牌じゃない」

「支配だ」

小さな声が観客席に広がる。

熱狂ではなく、冷たい霧のような恐怖。

卓上に座る三人の戦いを“計算された必然”に変えていく、その異様な存在感。

アレスの姿は、観る者に「抗うこと自体が無意味だ」と錯覚させるほどの、底冷えする支配の象徴になっていた。

アレスが一牌を置くたびに――卓上の空気がわずかに沈んでいく。

リンドブルムの豪快な攻めも、サラの鮮やかな仕掛けも、クラリッサの勇気ある選択も。

すべて、その一打の前では“意味を削がれていく”ように見えた。

観客は思わず息を呑む。

彼が切るのはただの一枚の牌にすぎない。

だが、それは同時に他の三人から「未来を奪う一手」に映っていた。

完成形に向かうその道筋は、誰にも止められない。

理路整然と、冷徹に、ただ当然のように形を整えていく。

――その姿は、もはや一人の打ち手ではなかった。

「卓そのものを支配している存在」

そう呼ぶしかない異様さを、アレスは無言のまま体現していた。

場はすでに、アレスの掌の上にあった。

リンドブルムの大物狙いは軌道を断たれ、サラの仕掛けは利用され、クラリッサの安全志向は逆に加速の糧となる。

三者三様の選択肢は、ことごとく潰され、気づけば「逃げ場」は消えていた。

――そして、その時。

誰かの手から放たれた一枚の牌。

本来なら、ただの捨て牌にすぎない。

だが卓全体が、まるで「それを待っていた」と告げていた。

アレスの指先が牌を静かに止める。

一切の感情を排した表情のまま、わずかに口を開いた。

「……ロン」

淡々とした一言が、場の空気を凍りつかせる。

役満のような爆発力はない。だがそこにあったのは、抗えぬ必然。

――誰がどう打っても、この結末だけは避けられなかった。

観客の背筋を、ひやりと冷たいものが這い上がる。

それは歓喜でも興奮でもない。

「支配」という名の inevitability が、目の前で形を取った瞬間だった。

リンドブルムが和了った時には、観客は歓声をあげた。

「さすが竜王だ!」と湧き立ち、場は一瞬にして炎のような熱気に包まれた。

サラが軽口を叩きながら仕掛けを決めれば、観客も笑いと声援で応じる。

クラリッサが小さな和了を積み上げたときには、「よくやった!」と素直な拍手が送られた。

――だが。

アレスが淡々と「ロン」と告げた瞬間、その場には何も生まれなかった。

誰ひとり、声を上げることができない。

まるで全員が同じ夢を見たかのように、同じ疑問だけを抱いていた。

――勝てるのか?

――本当に、この男に。

熱狂も興奮も、そこにはなかった。

代わりに広がるのは、ひやりとした諦めの気配。

無数の観客が一斉に息を呑み、会場そのものが沈黙の牢獄と化す。

卓上に座るアレスだけが、ただ冷ややかに牌を積み上げ続けていた。

アレスの姿は、卓に座る“ただの一人の打ち手”には見えなかった。

リンドブルムの豪快な炎も、サラの弾ける笑顔も、クラリッサの必死な一歩も――すべては人間的な感情の発露だった。

だがアレスには、それがない。

彼の一打には、激情も歓喜も恐怖も宿らない。

ただ「最善」という一点のみが刻まれている。

まるで、卓上の未来があらかじめ定められていて、アレスはそれを“ただ読み上げているだけ”の存在。

それほどまでに彼の選択には必然性があった。

「……人じゃない」

観客の誰かが、思わずそう呟いた。

熱狂も、共感も生まれない。

そこにあるのは畏怖。

そして、どうしようもなく理解してしまう。

――この男だけは異質だ。

勝負を「楽しむ者」でも、「燃やす者」でもない。

ただ、揺るがぬ“勝利そのもの”。

卓に座る者たちも、そして観客すらも、アレスをそう認識せざるを得なかった。

前半戦が終わり、電光掲示板に点数が刻まれる。

もっとも高みに立つのは――やはりアレスだった。

冷徹な読みと必然性の和了を積み重ね、派手さはない。それでも確実に、一歩ずつ頂点に近づいていく。観客は口を揃えて言う。「あれは勝つために生まれた男だ」と。

その背後に迫るのは竜王リンドブルム。

豪快にドラを抱え、大物狙いで卓を揺るがす姿は圧巻。時にアレスに食らいつき、猛々しい一撃を見せる。だが、安定感という意味ではどうしても及ばず、二位に留まる。とはいえ――彼の豪腕が会場を震わせているのもまた事実だった。

三位に位置するのはサラ。

点数だけを見れば不安定。だが彼女の明るく自由な打ち回しは、場そのものを掌握している。鳴き、仕掛け、読み違いすらも楽しさに変える。観客の歓声はもっとも彼女に向けられていた。数字では測れない存在感、それがサラという選手だった。

そして最後にクラリッサ。

点数は低め、和了も小さなものばかり。だが、怯えずに一歩ずつ踏み出す姿は、観客の胸を打った。「まだ負けていない」と叫ぶような必死の打牌。その姿に、次第に声援が集まり始める。彼女はまだ弱い。しかし、その弱さこそが人々の共感を呼び、確かな光を宿しつつあった。

――こうして、前半戦の構図が形作られる。

「支配者」アレスがリードし、

「力の竜王」リンドブルムが追随し、

「希望の象徴」サラが盛り上げ、

「成長の雀姫」クラリッサが食らいつく。

観客は息を呑む。

後半、この構図がどう揺れるのか――その期待と熱狂が、会場をさらに包み込んでいった。

前半戦が終わった時点で、観客の心に最も濃く焼き付いていたのは――アレスの存在だった。

リンドブルムの豪腕が雷鳴のごとく響き、サラの奔放さが場を彩り、クラリッサの小さな歩みが胸を打つ。

だが、それらすべてを「計算の範疇」として操っていたのが、アレスだった。

リンドブルムが狙う大物手は、序盤のうちに封じられる。

サラの仕掛けは、逆に安全牌の供給源にされる。

クラリッサの慎重な守りは、一手遅れた瞬間に彼の進行を加速させる材料となる。

――彼は否定しない。ただ利用する。

相手の強みも弱みも、全部を取り込み、自らの勝利へと還元していく。

そこに情熱も楽しみもない。ただ「勝つ」という絶対の理だけが、彼の卓に存在していた。

「やっぱり……勝つなら、この男だ」

観客の誰もが、心の奥底でそう呟かざるを得なかった。

その印象は熱狂ではなく、静かな畏怖。

アレス――支配する絶対者。前半戦は、彼の異質さを刻みつける舞台となったのだ。

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