それぞれの戦い
大会は進むごとに、まるで物語そのものが形を帯びていくかのようだった。
クラリッサ――恐怖に怯えながらも、それを力へと変えて前へ進む少女。
その姿は「未熟ながらも確かな希望」として、人々の胸に灯をともす。
サラ――大衆の声を背に受け、勝つたびに会場を歓喜で染め上げる。
彼女は「希望を象徴する旗」として、誰もが信じられる存在になっていく。
だが、その前に立ちはだかる影がある。
竜王リンドブルム――ただ卓に座るだけで周囲を震え上がらせる怪物。
彼の勝利は希望を掻き消し、「人が竜に挑む」絶望的な図を観客に突き付ける。
そしてアレス。
彼は竜をも凌ぐ。豪快さや血統に頼らず、冷徹な支配によって相手を心ごと打ち砕く絶対者。
その姿はもはや「人ではなく、すべてを統べる氷の王」に他ならなかった。
希望と絶望。
人と超越。
炎と氷。
それぞれの物語を背負った四人が、ついに舞台の中心へと集い始める。
観客の胸を締め付ける緊張感は、すでに誰にも止められない。
――大会は、最終決戦という名の“物語の頂”に向けて歩みを進めていた。
クラリッサ vs 強豪雀士 ―「楽しむ心」の勝利
序盤から相手は鉄壁の守備を見せつけた。
過去の大会で幾度も上位に食い込んだ実力者、その名に恥じぬ堅牢な打牌。クラリッサが手を伸ばそうとするたびに、彼の捨て牌が壁となって道を塞ぐ。
観客席からは焦りの声が漏れる。
「……やっぱり相手が格上か」
「クラリッサじゃ、この守りは崩せない」
だが、その中心で打つ彼女だけは違っていた。
苦境にありながら、口元に柔らかな笑みを浮かべる。
「うん……やっぱり麻雀って楽しいね」
その声は対局室に響き、観客の心を一瞬で捉える。
勝利の執念だけを武器とする相手とは対照的に、彼女は純粋に打つことそのものを楽しんでいた。
やがて試合は中盤に差しかかる。
相手は勝利に執着するあまり、場全体の流れを見失っていく。
鳴き急ぎ、仕掛けを重ね、手を固めようとするが――その硬さが逆に隙を生む。
クラリッサの指先が軽やかに牌を送る。
「――ツモ!」
伸びやかな声とともに、卓上に広がったのは美しい和了形。
その瞬間、観客席にどよめきが走り、すぐに温かな声援へと変わった。
「彼女は……まだ未熟だ。でも……本当に楽しんで打っている!」
「なんだろう、見てるだけで胸が熱くなる……!」
鉄壁の守りを誇る強豪雀士は、勝ちへの執念に囚われて視野を狭め、敗北を喫した。
一方のクラリッサは――恐怖に押し潰されず、「楽しむ心」を武器に前へ進む。
その信念は、確かに場を支配していた。
サラ vs 四天王残党 ―「希望を背負う者」
対局室に足を踏み入れた瞬間、会場は熱狂の渦に包まれた。
「サラ!」「頑張れ!」
観客席のあらゆる場所から名前を呼ぶ声援が飛ぶ。
だが、対面に座る男――かつてアレスの側近として仕え、その思想を体現する冷酷な戦術家は、ただ冷笑を浮かべるだけだった。
「……愚かだな。民衆の歓声など雑音に過ぎん。力とは孤独の中で磨かれるものだ」
序盤、サラの手はことごとく潰された。
相手は無駄のない正確無比な打ち筋で先を読み、彼女の手牌の可能性をひとつひとつ摘み取っていく。
観客席も次第にざわめき始める。
「……サラでも押されてる?」
「声援が届かない……」
その空気にすら、男は冷酷に笑った。
「見ろ。お前の信じる“民”は揺らいでいる。声援など虚しい幻想だ」
サラは唇を噛み、しかし次の瞬間――強く卓を見据えた。
「……雑音なんかじゃない」
彼女の声が、卓上を超えて会場全体に響き渡る。
「あなたは雑音と言ったけれど、私はこの声に力をもらっている! だから私は、ここで絶対に負けない!」
その瞬間、観客席が揺れた。
誰かが立ち上がり、叫ぶ。
「サラ! 行けぇぇぇ!」
次いで、会場全体が総立ちとなり、万雷の声援が轟いた。
押し潰されていたサラの打ち筋が、一気に勢いを取り戻す。
迷いを捨て、仲間を信じ、観客の声を力へと変える。
最後の一打――
「ツモォ!」
大和了。
瞬間、歓声が爆発した。
鳴り止まぬ叫びの渦の中で、彼女は微笑む。
「……みんなの声が、私の力だよ」
その姿は、もはや一雀士ではなかった。
民衆の心を背負い、戦う希望の象徴――
サラは、この瞬間に完全に“希望の旗印”として確立されたのだった。
リンドブルム vs 技巧派雀士 ―「竜王の咆哮」
準決勝の卓に座った技巧派雀士は、観客からも高い評価を得ていた。
柔軟な手筋、流れを読む嗅覚、そして臨機応変な対応力――。
「リンドブルム相手でも、あるいは……」と一縷の希望を抱かせるほどの実力者である。
だが、その希望は最初の一局で粉砕された。
リンドブルムの打牌が卓を叩くたび、空気が震える。
それは単なる打牌ではなかった。まるで大地を揺るがす竜の咆哮。
技巧を尽くして受け止めようとした相手の構築は、そのたびに叩き壊される。
「くっ……!」
技巧派雀士の額に汗が滲む。
柔軟さなど意味を成さない。流れを読む暇もなく、圧倒的な“力”が押し寄せ、場そのものを呑み込んでいく。
リンドブルムは笑う。
「小細工など不要よ。竜はただ一撃で獲物を屠るのみ!」
次の瞬間、豪快な和了が炸裂した。
役満にも迫る大物手。観客席が大きく揺れる――いや、それは観客の心臓が同時に跳ね上がった音だった。
「ひ……人間じゃない……」
「竜そのものだ……」
対戦相手は最後まで一矢も報いることができず、無惨に敗北。
卓を降りるとき、その姿は敗者ではなく、竜に踏み砕かれた“獲物”に過ぎなかった。
会場は歓声ではなく、恐怖と畏怖の沈黙に包まれる。
リンドブルム――その存在は、もはや人の枠を超えた“竜王”そのものとして、完全に観衆の脳裏に刻み込まれた。
アレス vs 策士雀士 ―「読まれる者」
準決勝第四卓。
アレスの相手は、知略を武器に名を馳せた策士肌の雀士だった。
彼は相手の癖を読み、心理を揺さぶり、罠に嵌めて勝利を重ねてきた。
観客の中には、「もしかすればアレスに一矢報いるのでは」と期待する者さえいた。
しかし――。
卓に座った瞬間から、その希望は崩れ始める。
アレスの視線は冷ややかだった。
相手の仕草、牌を握る指先の震え、呼吸の間合い……すべてを射抜くように観察し、心の奥底まで暴く。
策士は必死に仕掛ける。捨て牌を偽装し、ブラフを張り、アレスを翻弄しようとする。
だが次の瞬間――アレスの打牌が鋭く響き、その策を無効化する。
「……なっ!」
彼の読みを超える一打。
罠を張る前に崩される。
誘導したつもりが、いつの間にか自分が誘導されていた。
観客が息を呑む中、アレスは淡々と和了を積み重ねていく。
その姿は、策を弄する者に対する冷徹な裁定者のよう。
クライマックス。
策士は最後の望みに賭けて強引に仕掛けた。だが、その瞬間、アレスは牌を指先で弾き、静かに卓に置く。
「ロンだ」
静かすぎる一言。
しかしその冷たさは、雷鳴よりも大きな衝撃として会場に響いた。
策士は顔を歪め、呟く。
「……全部、読まれていた……」
崩れ落ちるその姿は、まるで蜘蛛の巣に絡め取られた獲物。
観客席にはどよめきすら生まれない。
――沈黙。
やがて誰かがぽつりと漏らす。
「やはり……誰もアレスには勝てないのでは」
その諦念は瞬く間に広がり、会場全体を覆った。
アレスは一切の歓声を拒む、“絶望の象徴”として、準決勝を終えたのである。




