恐怖そのもの”を武器に卓を支配する者
観客席にざわめきが走った。
入場口から現れたのは、もはや「人」と呼ぶにはあまりにも異質な巨影だった。
兵士二人分の肩幅を誇るその体躯は、鎧すら不要とばかりに隆々とした筋肉を晒し、歩みのたびに石畳が低く唸る。
黄金に燃える瞳が、会場全体を一瞥しただけで――群衆の喉は凍りついた。
「ひっ……目が合った……!」
「竜王だ……本物の竜王が来た!」
人々の動揺を嘲笑うかのように、巨体は中央の麻雀卓に腰を下ろす。
途端、場の空気が圧縮されるかのように重く張り詰め、四角い卓が小さな玩具にしか見えなくなった。
「……竜の血を継ぐ者、“竜王リンドブルム”。」
観客席の玄人雀士が、思わず低く呟く。
「座っただけで、もはや一局の勝敗は決しているようだな……」
まるで竜そのものが卓に降臨したかのような威圧感に、誰もが息を呑んだ――。
大会場の入場口に、ゆっくりと影が差した。
その影は瞬く間に長く伸び、照明に照らされた舞台の中央まで届く。
――巨躯。
現れたのは、他の雀士と比べても桁違いの体格を持つ男だった。
肩幅は兵士二人分はあろうかというほど広く、歩を進めるごとに床板がわずかに軋む。
ざわめいていた観客席が、急速に静まり返っていく。
その異様な圧迫感に、誰もが息を飲み、喉を詰まらせた。
まるで竜そのものが、この聖戦の舞台へと歩み入ってきたかのように――。
巨体の男が一歩進むたび、床板がわずかに震えた。
それは錯覚か――いや、観客には確かに「竜が歩いている」としか思えなかった。
彼の全身から溢れ出す気迫は、すでに人の枠を超えている。
鍛え上げられた肉体にまとわりつくのは、生まれながらの覇気。
その存在自体が、この場にいる全ての者へ無言の威圧を叩きつけていた。
そして――黄金の双眸。
爬虫類を思わせる冷たく鋭い光が観客席を一瞥した瞬間、数万の人々が一斉に息を呑む。
彼こそ、竜の血を継ぐ者。
“竜王リンドブルム”の名が、この場にいる誰もの脳裏に刻み込まれる。
ざわめきは、悲鳴にも似ていた。
「な、なんだあの巨体……!」
「まるで人の皮をかぶった竜じゃないか……!」
観客席のあちこちから漏れる声は、興奮ではなく畏怖に震えている。
誰もが息を詰め、ただその巨影を目で追うことしかできなかった。
熱気に包まれていたはずの闘技場が、一瞬にして凍りついたような錯覚すら与える。
恐怖と敬意が混じり合い、場を支配するのは――圧倒的な存在感。
リンドブルムはまだ卓にすら触れていないのに、すでに勝負は始まっているかのようだった。
巨体が、ゆっくりと中央の麻雀卓に近づく。
一歩ごとに床板が低く唸り、観客は思わず身をすくめた。
そして――リンドブルムが腰を下ろした瞬間。
白銀の卓はまるで子供の玩具のように小さく見え、その存在感に押し潰されそうになる。
彼が背もたれに身を預けるだけで、周囲の空気は急激に張り詰め、音さえ凍りつくようだった。
向かい合う雀士たちの手が震え、牌を持つ指先が汗に濡れる。
まだ一枚も配られていないというのに――すでに戦意は削がれていた。
「……ひ、ひと息で呑まれそうだ……」
「竜王と卓を囲むだけで、これほどの重圧とは……!」
観客席からも怯えた声が漏れ、闘技場そのものが竜の威圧に支配されていた。
観客席の一角。老練の雀士が腕を組み、険しい眼差しで卓を見つめていた。
彼は数多の修羅場を潜り抜けてきた歴戦の玄人――だが今、その顔に浮かぶのは畏怖の色だった。
「……竜の血を継ぐ者、“竜王リンドブルム”。」
その呟きは、周囲の観客の耳にも届き、ざわめきが広がる。
「座っただけで……もはや一局の勝敗は決しているようだな……」
その言葉に、隣の若い雀士がごくりと唾を飲み込む。
まだ配牌すら始まっていないというのに、会場全体が竜の威圧に呑まれ、すでに“敗北”の予感を共有していた。
その圧倒的な存在感に、民衆は思わず息を呑んだ。
理屈ではない。血が、魂が、本能的に告げていた――あれは人ではない。竜だ。
「りゅ、竜王だ……!」
「竜王リンドブルム……!」
誰かが震える声で呟くと、それは火種のように広がり、会場全体を覆っていく。
恐怖と畏怖、そして抗いがたい憧れが入り混じったどよめきが波紋となり、巨大な渦を巻いた。
次の瞬間、観衆の声がひとつに収束する。
「竜王――! 竜王――!」
その異名は、まるで刻印のようにリンドブルムへ定着した。
彼が卓に腰を下ろしただけで、聖戦雀杯の舞台はすでに竜の支配下に置かれていたのだった。
竜王リンドブルムの打牌は、まるで戦場の鉄槌だった。
牌を切るたびに「ドンッ!」と卓が揺れ、音は岩を砕く衝撃のごとく観客席にまで響き渡る。
「くっ……!」
「ひ、ひとつ切られるだけで空気が変わる……!」
相手の雀士たちが守りを固めようとすれば、その僅かな逡巡を豪快なリーチで叩き潰す。
遠慮も、迷いも、そこにはない。
「細かい計算? 小賢しい……!」
黄金の瞳をぎらりと光らせ、リンドブルムは豪語する。
「竜は、一撃で獲物を仕留めるのみよ!」
その攻めは荒々しくも無謀ではなかった。
むしろ直感に従った大振りの一打が、不思議なほど裏目に出ない。
彼の血に宿る“竜の勘”が、常人にはあり得ぬほど正確に場の流れを掴み取っていたのだ。
結果、気迫と直感が合わさったその猛攻は、次々に圧倒的な和了へと結実していく。
まさに竜が牌を操る光景に、対面する者も、見守る者も震え上がるしかなかった。
リンドブルムが無造作に伸ばした手が、卓上の牌をつかむ。
次の瞬間、まるで竜が爪を振り下ろしたかのように――**バァンッ!**と、鋭い音が場を震わせた。
「……っ!」
対面の雀士が思わず肩を跳ねさせ、視線を逸らす。
その音は単なる打牌の響きではなく、獲物を仕留める一撃の咆哮のように聞こえたのだ。
観客席からもざわめきが漏れる。
「い、今の音……まるで岩を砕いたみたいだ……!」
「牌を切っただけで、威圧されるなんて……」
リンドブルムは一切表情を変えず、ただ次の牌を握る。
彼の一打一打は、攻撃。
その動作そのものが、すでに「竜の戦い」だった。
場が一瞬、静まった。
他の雀士たちが気配を探り合い、慎重に手を崩して守りに回ろうとする。
――その瞬間。
「フン……竜の前で退くか」
リンドブルムの口元が、不敵に歪む。
次の打牌と同時に――
「リーチだッ!」
雷鳴のような声と共に、リーチ棒が卓に叩きつけられる。
ガァン!
その音は木片が落ちただけのはずなのに、観客には天を裂く稲光の轟きのように響いた。
「ひ、ひぃっ……!」
対面の雀士は息を呑み、ただ牌を握る手が震える。
「守りに回った瞬間=死」――それを全身で悟らされる。
リンドブルムの攻めは、相手に選択肢を与えない。
ただ、竜が一撃で獲物を狩るがごとく。
リーチ宣言と同時に走る緊張の稲妻。
場の空気は凍りつき、誰もが固唾を呑んで次の一打を待つ。
リンドブルムは悠然と腕を組み、黄金の瞳で相手を射抜いた。
その口から放たれたのは、理を踏み潰すような豪語。
「細かい計算? 小賢しい……」
吐き捨てるような低い声が、会場全体を震わせる。
続けて、竜王は吼えた。
「竜は――一撃で獲物を仕留めるのみッ!」
その言葉は、もはやセリフではなかった。
宣告。
そう、竜王が勝利を約束した瞬間だった。
観客席からは悲鳴にも似たどよめきが広がる。
「ひ、一撃……!」
「く、喰われる……!」
竜王リンドブルム――その名が、ただの異名ではなく、存在そのものを指す言葉として刻まれていった。
リンドブルムの打牌は、大雑把に見える。
手役を緻密に構築するでもなく、無駄を削ぎ落とした正確さとも違う。
それはまるで竜が空を旋回しながら、ただ獲物を狙うかのような大振りな動き。
――だが、裏目を引かない。
放たれた牌はすべて「死なない場所」へと落ちる。
危険牌のはずが通り、無理筋の押しが奇跡的に刺さらない。
「……なんだ、この感覚は……」
卓を挟んだ対面の雀士が、汗を滲ませながら呻く。
確率論では説明できない。
経験則でも読みきれない。
それは、まさに竜の直感。
捨て牌の順番――間の取り方――指先が牌を離す“間”すら、場全体の流れを掴んでいる証だった。
竜王の選ぶ一打は、天運をねじ伏せるように「必然」へと変わっていく。
会場の玄人雀士が息を呑み、呟いた。
「……あれは、流れを読んでいる。いや……竜だからこそ見えている“風の流れ”か……」
その瞬間、誰もが思った。
これは博打ではない。竜による狩猟だ。
「――ツモ」
低く響いた声と同時に、竜王リンドブルムの指先が卓上に牌を叩きつけた。
大三元。跳満を超える一撃。
卓が震えたように感じたのは、気のせいではない。
他の雀士はその瞬間、体内の力が根こそぎ抜け落ちるような感覚に襲われた。
「ば、馬鹿な……こんなの、どう守れっていうんだ……!」
「攻めても……潰される……!」
守れば打たされ、攻めれば潰される。
竜王の前では、戦術も経験も、すべて無意味。
――次の局。
再び牌が叩きつけられる。今度は国士無双。
「一撃で獲物を仕留めるのみ……」
その言葉の通り、彼の和了は常に“必殺”。
牌を積み上げて勝つのではなく、一振りで獲物を屠る刃のような勝ち方だった。
観客席が悲鳴にも似た歓声で揺れる。
「うおおおお……!」
「竜だ! 竜が牌を操っている……!」
恐怖と興奮。
その二つが混じり合い、会場全体を異様な熱気で包んでいく。
卓の上に立つのは、ただ一人。
人ではなく、竜。
誰もがそう認識せざるを得ない瞬間だった。
卓を制した竜王リンドブルムは、勝利を誇示するでもなく、ただ静かに腕を組む。
それだけで十分だった。
彼の和了は決して偶然でも、ただの暴力でもない。
竜の血に刻まれた“直感”――確率論すら超越する、理をねじ曲げる勘。
その力に触れた者は皆悟る。
「計算では届かない領域にいる」と。
観客は熱狂しながらも震えていた。
彼が勝つたび、喝采と同じだけの畏怖が広がっていく。
「……あれは、人を楽しませる雀士じゃない」
「恐怖で場を縛る……まるで竜そのものだ」
サラが笑顔で観客を味方につけ、
クラリッサが旗頭から“真に戦う雀士”へと歩む一方――
リンドブルムは対照的に、“恐怖そのもの”を武器に卓を支配する者として、
その立ち位置を確立したのだった。




