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転生悪役令嬢、麻雀で異世界を制す!Ⅱ 打倒勇者編  作者: 南蛇井


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18/24

――雀姫。  麻雀を打つことで、人の心を自由にする者。

勇者王国最大の都市に潜入してから、数日が経った。

 クラリッサたちは旅商人や巡礼者を装い、通りを歩きながら街の様子を探る。

 だが、目に飛び込んでくる光景は、彼女たちが知る「麻雀の街」とはまるで別物だった。

 市場には活気がなく、人々は互いに視線を避け、必要最低限の言葉しか交わさない。

 子供の笑い声すら途絶え、家々から聞こえていたはずの牌の音は完全に消えている。

 ――まるで街全体が「恐怖の檻」に閉じ込められているようだった。

 試しに路地裏で老婆が口を開いた。

 「むかしは……」と麻雀を連想させる言葉を紡ぎかけたその瞬間、周囲にいた者たちは血相を変え、慌てて口を押さえる。

 まるでその単語自体が禁忌であるかのように。

 クラリッサは唇を噛みしめ、拳を震わせた。

 ――たかが遊戯に過ぎない麻雀が、ここまで人々を縛る鎖になっているなんて。

 そんな彼女の耳元で、ゴルド爺が沈んだ声を漏らした。

 「……希望がこれほどまでに踏み潰されておるとは……」

 老練な彼の顔に、かつて見たことのないほど深い影が差していた。

 夜の街は、不気味なほど静まり返っていた。

 勇者王国の兵士たちが巡回する足音が遠ざかるのを待ち、クラリッサはフードを深く被ったまま、路地裏に集まった数人の民へと声を潜めた。

 「……ねえ、覚えてる? 本当の麻雀は、みんなで卓を囲んで、笑って……時に泣いて……そんな風に心を交わすものだったの」

 彼女は懐から取り出した小石を並べ、指先で軽く弾いてみせる。

 「こうやってね――これは捨てる牌、こっちは集める牌。簡単な役からでいいの。誰だってすぐに覚えられるわ」

 しかし、民衆の顔は強張り、誰一人として近づこうとしない。

 母親らしき女性が青ざめた顔で首を振り、子供の手を必死に引き寄せた。

 「……やめてください……! もし勇者の兵士に見つかったら……私たち家族まで罰せられる……!」

 その言葉に、周囲の人々も一斉に怯えたように視線を逸らし、闇へと散っていく。

 クラリッサの胸に、重く冷たい現実が突き刺さった。

 彼らにとって麻雀は、もはや楽しい遊戯ではない。

 ――口にすることすら許されぬ、恐怖の象徴。

 フードの下で、クラリッサは唇を噛みしめた。

 それでも、彼女の瞳には消えぬ決意の炎が宿っている。

張り詰めた空気の中、不意にサラがぱっと笑顔を見せた。

 「ねえねえ、難しいことは後でいいでしょ! まずは遊んでみようよ!」

 彼女は路地に転がっていた木片や小石を拾い集め、子供たちの前に並べ始めた。

 「はいっ、これが牌の代わり! ほらほら、誰でもできるんだから!」

 子供たちは最初こそ怯えた顔をしていたが、サラが楽しげに声を上げると、次第に目を輝かせていった。

 「リーチっ!」

 「ロンっ!」

 サラが大げさに手を叩いて喜ぶと、子供たちもつられて笑い声を上げる。

 その無邪気なやり取りが、夜の路地に小さな灯火のように広がっていった。

 通りがかった親たちは、慌てて子を抱き寄せようとしたが……ふと立ち止まる。

 「……あの声……懐かしい……」

 その笑い声は、かつて自分たちも卓を囲んでいた頃の温もりを思い起こさせたのだ。

 怯えながらも、彼らの足は自然と一歩、また一歩とサラたちの輪に近づいていく。

 まるで忘れかけていた「麻雀の記憶」に、導かれるかのように――。

潜入生活を始めて数日。

 クラリッサたちは、この都市がどれほど冷え切った沈黙に支配されているかを思い知っていた。

 市場では人々が目を合わせようとせず、隣人に声をかけることすらない。

 笑顔は消え、会話は必要最低限。

 まるで互いに疑心暗鬼を抱きながら生きているようだった。

 「……麻雀って……」

 ある夜、井戸端で母親が口を開きかけた瞬間、周囲の者たちが一斉に顔をしかめ、慌てて口を塞ぐ。

 沈黙が場を覆い、その母親の目には恐怖の色が浮かんでいた。

 「……なにも、言ってません……」

 そう呟いて背を丸める姿が痛々しいほどだった。

 その光景を見届け、ゴルド爺は眉を深くひそめる。

 「……希望がこれほどまでに踏み潰されておるとは……」

 その言葉に、クラリッサは拳を握りしめた。

 胸の奥で小さな炎が、確かに燃え始めていた。

その夜。

 人通りの途絶えた路地裏で、クラリッサは小さな卓を描いた木板をそっと地面に置いた。

 木片を並べ、かつての麻雀を再現する。

 「……ねぇ、これ。もともとは皆で楽しむ遊びなのよ」

 小声で呼びかけながら、クラリッサは数人の住民に目を向けた。

 彼らは暗がりの中、警戒するように足を止める。

 「こうやって手牌を揃えて……ロン、って言ったときの快感ったら――」

 クラリッサは笑みを作り、木片を軽く弾いて見せた。

 だが、その仕草に住民たちの顔色は一瞬で青ざめる。

 老人が震える声で呟いた。

 「……勇者の兵士に見つかったら……」

 隣の若い母親が慌てて首を振る。

 「私たち家族まで処罰されてしまう……」

 彼らは後ずさりし、まるで麻雀の言葉そのものが呪いであるかのように怯える。

 「な、待って……これは禁じられるものじゃないの!」

 クラリッサは必死に手を伸ばしたが、その手に触れる者はいなかった。

 人々は闇に溶けるように去り、路地には冷たい風だけが残った。

 クラリッサは唇を噛みしめ、震える拳を握る。

 その背後で、ゴルド爺が深いため息をついた。

 「……完全に『禁忌』と化してしまっておるのう……」

 その言葉が、夜の闇に重く沈んでいった。

重苦しい夜の空気を破ったのは、ひとりの少女の笑い声だった。

 「はい、これでリーチっ!」

 路地裏の隅で、クラリッサの仲間――サラが子供たちを集めていた。

 彼女は拾った木片を牌に見立て、ぱちんと指で弾きながら卓の真似事をしている。

 「そっちはポンできるよ! ほら、大きな声で!」

 「ぽ、ポンっ!」

 「よくできました〜! じゃあ今度はロン、言ってみて!」

 サラの無邪気な笑顔と声に、子供たちは次第に夢中になっていく。

 「ロン!」

 「リーチ!」

 笑い声が広がり、さっきまでの陰鬱な空気が少しずつ和らいでいった。

 物陰から覗いていた大人たちも、思わずその光景に足を止める。

 怯えた表情のまま、けれど瞳の奥にはかすかな「懐かしさ」が浮かんでいた。

 「……あれは……」

 年配の男が呟く。

 「……俺たちが若い頃にやっていた……あの、遊び……」

 恐怖が完全に消えたわけではない。

 だが人々は、子供たちの笑顔に引き寄せられるように、ほんの少しだけ前へ踏み出していた。

 サラはそんな視線に気づいて、にこっと笑いかける。

 「大丈夫、怖くないよ。これは……みんなで楽しむものなんだから」

 その言葉は小さな波紋となって、夜の街に静かに広がっていった。

子供たちの笑い声が路地に広がる中、リオはそっと一歩前に出た。

 彼は穏やかな眼差しで集まった大人たちを見渡し、低く、しかしはっきりとした声で語りかける。

 「……これは、ただの遊びじゃない」

 その声に、怯えと警戒で固まっていた人々の視線が集まる。

 リオは微笑みを浮かべ、続けた。

 「麻雀は、人と人が向き合い、心を繋ぐための文化なんだ。

  勝ち負けだけじゃない。話し合い、笑い合い、ときには悔しさも分け合う……

  そうやって、人は強くなれる」

 ――文化。

 その言葉が、長らく胸の奥に閉じ込められていた記憶を呼び覚ます。

 「そういえば……」

 壮年の男が、ぽつりと呟いた。

 「……昔は夜な夜な卓を囲んでいた……あの音が、恋しかったんだ……」

 別の老婆も、遠い目をして微笑む。

 「カチャカチャと鳴る牌の音……あれを聞くと、不思議と心が安らいだ……」

 人々の顔に、ほんのわずかだが温もりが戻り始める。

 恐怖に押し殺されていた“懐かしさ”が、心の奥から滲み出してきたのだ。

 リオはそんな変化を感じ取り、静かに頷いた。

 「……思い出してください。

  麻雀は奪われるものじゃない。みんなで分かち合うものなんです」

 夜の闇に包まれた街で、ほんの小さな火が灯った瞬間だった。

それは最初、ほんの数人から始まった。

 夜更け、人目を忍んで集まった男と女が、倉庫の片隅に石ころを並べる。

 木片に墨で簡単な模様を描き、紙切れを四角く折ったものを「牌」として卓に置く。

 「……リーチ」

 囁き声とともに、指先が石を押し出す。

 その瞬間、胸の奥に眠っていた懐かしい感覚が蘇った。

 思わず、誰かが小さく笑う。

 次の瞬間には、それが波紋のように広がり、静かな倉庫は抑えきれない笑い声に包まれた。

 「ロンだ!」

 「お前、まだそんな打ち筋してたのか!」

 「あはは……懐かしいな……」

 それは決して派手な遊戯ではない。

 兵士に見つかれば罰せられる。恐怖はいまだ胸を締めつけている。

 それでも、人々は打ち続けた。

 麻雀を打つたびに、失われたはずの「心の温かさ」が確かに戻ってくるからだ。

 卓を囲む笑顔、冗談を交わす声、勝敗に一喜一憂する姿――

 それらすべてが、この街にとって失われた希望の断片だった。

 やがて、その小さな卓は地下のあちこちに生まれていった。

 倉庫の裏、井戸のそば、廃屋の地下室……

 人々は密かに卓を囲み、笑いと温もりを分かち合う。

 そして――誰からともなく、こんな噂がささやかれるようになった。

 「……雀姫が現れた。

  麻雀を取り戻すために、勇者王国に抗う者がいる」

 地下に灯った小さな卓の灯りは、やがて大陸全土を揺るがす炎へと変わっていくのだった。

地下の卓に集う者たちの間で、ひそやかな噂が流れ始めた。

 ――雀姫。

 麻雀を打つことで、人の心を自由にする者。

 勇者の圧政に立ち向かう、希望の象徴。

 「彼女と卓を囲めば、不思議と心が軽くなるんだ」

 「恐怖で凍りついていた胸が、また笑えるようになる」

 誰もが名を口にすることを恐れながらも、その噂は確実に広がっていった。

 倉庫から井戸端へ、井戸端から路地裏へ……

 勇者の兵士が目を光らせるその陰で、民衆の心にひとつの火が灯る。

 「雀姫はきっと、勇者の支配を打ち破る」

 「麻雀を、取り戻してくれる」

 その炎はまだ小さく、か細い。

 だが、確かに息づいている。

 絶望に覆われた街の底で、誰も消せぬ希望の光として。

 そしてクラリッサは、密やかに囁かれる自らの異名を知り、静かに拳を握った。

 ――この噂はやがて、勇者王国全土を揺るがす力となる。

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