……麻雀は……もともと、皆で楽しむ遊びだったはずなのに……
都市の中央広場には、今や人の波が押し寄せていた。
石畳の上には幾百という民衆がひしめき合い、皆、沈黙したまま一点を見上げている。
その視線の先にあるのは――処刑台。
鎖に繋がれ、衆目に晒される「麻雀を打った罪人たち」の姿。痩せ細った体は無残に震え、声を上げることすら許されない。
そして処刑台を見下ろすように設えられたのは、黒と金の荘厳な装飾が施された高台。
まるで王座の延長線上に組まれたかのような「勇者王国の演説台」がそびえ立ち、その頂に――勇者アレスが立っていた。
広場を覆う空気は異様なほどに重い。
誰もが声を殺し、ただ畏怖の眼差しでその男を仰ぎ見る。
広場の外にまで人の群れは続き、彼らは一様に膝をつき、頭を垂れていた。
勇者王国の支配を象徴するこの光景そのものが、麻雀を巡る「圧政」の証であった。
高台の上。
勇者アレスは、まるで世界そのものを抱え込むかのように――ゆっくりと両腕を広げた。
その瞬間、演説台に埋め込まれた漆黒の魔術装置が起動する。
淡い光の紋章が空中に浮かび、雷鳴のような共鳴音が広場全体を震わせた。
ごう、と風が吹き荒れる。
まるで大地そのものが「これから放たれる声」に耳を傾けるかのように、ざわめきを止める。
アレスの唇がわずかに動いた――次の瞬間。
その低く冷徹な声は、広場を超え、都市を超え、王国をも超えて、
大陸全土に響き渡った。
まるで天空から神託が降り注ぐかのように、どこにいてもその声は耳に届く。
膝をつく民衆は震え上がり、兵士たちは誇らしげに胸を張り、剣を掲げる。
世界は――ただ一人の声に支配されていた。
漆黒と黄金に彩られた演説台の上。
勇者アレスは広場を見下ろし、その瞳に一片の情も宿さぬまま――口を開いた。
「……弱者が打つ麻雀は――文化ではない」
低く、冷徹な声が響き渡る。
その響きは剣よりも鋭く、鉄鎖よりも重く、群衆の心臓を鷲掴みにする。
「それは害悪だ」
広場に集められた民は一斉に息を呑む。
ただの言葉であるはずなのに、胸を圧し潰されるような感覚に誰も逆らえない。
アレスは一歩前へ進み、さらに宣告を重ねた。
「麻雀は強者が統べるもの。敗者は――打つ資格すらない」
その一言が落ちた瞬間、処刑台の罪人たちは絶望に顔を歪め、
群衆は頭を垂れ、兵士たちは歓喜の叫びをあげて剣を掲げた。
大陸全土に響き渡るその声は、希望を抹殺する死刑宣告そのもの。
世界は、勇者アレスただ一人の麻雀の理に縛られた。
アレスの言葉が落ちた瞬間――広場を覆ったのは、圧倒的な沈黙だった。
誰一人として声を上げない。
人々はただ恐怖に支配され、次々と膝をつき、石畳に額を擦りつける。
「……ひっ……」
小さな嗚咽が沈黙を破った。
群衆の中で震えていた子供が、堪えきれずに泣き出したのだ。
母親は蒼白になり、慌ててその小さな口を塞ぐ。
怯えた目が周囲を走り、兵士の鋭い視線がこちらを射抜かないかと震えていた。
誰も助けようとしない。
いや――助けるという発想すら、とうに失われていた。
頭を垂れる人々の瞳に残っているのは、希望ではなく絶望。
未来を描く意志ではなく、ただ「諦め」という名の灰色の感情だけ。
勇者アレスの言葉は、確かに彼らの魂を縛り上げていた。
アレスの言葉が大気を震わせた瞬間――
広場を囲む勇者王国の兵士たちが、一斉に剣を掲げた。
「おおおおおおっ!」
金属音と咆哮が重なり、圧倒的な威圧となって群衆を呑み込む。
陽光を反射する剣の刃が、まるで「強者の象徴」のように空に突き立った。
兵士たちの表情は誇らしげで、勝ち誇った笑みすら浮かべている。
彼らの目には、恐怖に膝をつく民衆がただの「敗者」として映っていた。
「我らは強者の盾! 勇者陛下に選ばれし者!」
誰かが叫ぶと、再び雄叫びが広がる。
その光景は「強者の側にいる」という優越感に満ちており、民衆の心をさらに打ち砕いた。
――弱者に未来はない。
その絶望を、兵士たちの誇らしい姿が何より雄弁に語っていた。
民衆に紛れ、フードを深く被ったクラリッサたちは、アレスの宣告を直に耳にしていた。
「……弱者が打つ麻雀は、害悪だ」
その言葉が空を震わせるたびに、クラリッサの胸の奥で怒りが燃え上がる。
彼女は唇を噛み、拳を固く握りしめた。
「……許せない。麻雀は、誰もが楽しむものなのに……!」
隣に立つゴルド爺は深く目を伏せ、苦悶の表情を浮かべる。
「ここまで徹底して……麻雀を支配の道具に使うとは。わしの長い生涯でも、こんな歪んだ有様は初めて見るわい……」
仲間たちもそれぞれ息を呑み、沈黙の中で決意を強めていく。
この宣告は、もはや一行に「選択肢など残されていない」ことを示していた。
――アレスとの決戦は、避けられない。
その確信が、誰の胸にも刻まれた瞬間だった。
群衆が沈黙の鎖に縛られる中、その一角からかすかな声が漏れた。
それは、背を丸めた白髪の老人の呟きだった。
「……麻雀は……もともと、皆で楽しむ遊びだったはずなのに……」
誰に向けたものでもなく、ただ自らに言い聞かせるような小さな声。
しかしその響きは、恐怖に沈む広場の空気に一筋の光を差し込んだ。
クラリッサはその言葉に目を見開き、強く唇を結ぶ。
「……そうよ。その通りだわ」
老人のささやきは、まるで使命を託す祈りのように一行の胸へ届いていた。
麻雀を取り戻す役目――それを背負う者は、自分たちしかいない。
 




