第三章「報復の始まり」第一節
十年前――。
湊の背中に都は体当たりをした。閉ざしていた都の心を開くのは大変だった。話をして、一緒に絵本を読んで、同じ布団で寝る夜の日も多かった。血のつながりがなくても家族のようだった。やがて、都は笑顔を見せてくれるようになった。達成感と優越感があった。
「都、待っていてね」
湊は宿題を終わらせて、片づけてから時間割をする。湊はおいで、と両手を広げた。彼は勢いよく飛び込んできた体を受け止める。
――温かい。
湊にも体温がつたわってきた。成長途中の体を抱きしめる。すり寄ってくる姿は、子猫や子犬を連想させる。湊と視線があうと、にっこりと笑った。笑顔は愁いをおびており、切なさを感じる。湊から見ても、消えたてしまいそうだった。嫌な予感がする笑顔だった。悟られないために、湊は抱きしめている腕の力を強くする。
「苦しいよ」
「ごめん」
湊は抱きしめている腕の力を抜いた。
「変な湊さん」
「なぁ、都。お願いがある」
「お願い?」
「僕を湊兄さんと呼んでみてくれないか?」
「湊さん」
「湊兄さん」
彼は間髪入れずに、訂正をする。
「湊……兄さん」
湊はくすぐったい気持ちになった。ごまかすために、柔らかい頬をつめる。湊はつねっていた頬を解放した。
遠慮しなくてもいい。
湊はそう言いたいのだろう。
「そうだ。都も少し勉強をしてみる?」
彼は日本地図を持ってきた。日本の首都――東京都指を差した。大きな都市の地名をあげていく。今度はひらがなの練習本を取り出した。紙に書いていく。湊が手本を見せると、真似をして書いていった。
彼は忙しい奈美のために、家庭教師をかってでたのである。教材を買う許可は取ってあった。ひらがなは本来ならば、保育園・幼稚園で習う教室もある。知能・体力テスト研究のせいで、都は保育園や幼稚園での友達作りも奪われた。友達との関係は今後の社会生活に、必要となってくる。集団生活や人との関わり方を学ぶからだ。湊は役支所や児童相談所から連絡が来ていると知っていた。彼はすぐに抗議をした。抗議をしても、話は聞き入れられず、悔しくてしょうがなかった。
「湊兄さんは教えるのが上手だね」
「うまいかな?」
「学校の先生が似合っているかもね」
「都」
「はぁい?」
「また、勉強しようね」
「うん。約束」
「約束だからな」
ゆびきりをする。
二人の約束はもろく、願いは崩れていった。