第二節
「よかった。目が覚めたのね。調子悪いとかあるかしら? お医者様を呼ばなくても大丈夫かしら?」
「助けてくれてありがとうございました」
「時間はあるのかしら? あなたと話がしたいの」
「何でしょうか?」
「君、帰る家はあるの?」
都の肩に手をおいた。彼は嫌がって体を強張らせた。研究所で受けた傷は、簡単には消えない。体と心に残っている。都は体を震わせて、肩においてある手をはずす。瞳には警戒の色が浮かんでいる。悪意ではなく善意だと知っていた。見えてくれた笑顔がうそや偽りではないと気づいていた。
――家族が裏切ったら?
――また、傷つきたくないだろう?
それでも、疑われずにいられなかった。
「あなたたちには、関係ないでしょう?」
都が告げると和江はそんな彼を、安心させるように瞳を細めてほほ笑んだ。
「私たちと一緒に暮らさない? あなたが帰りたいと思う日までいていいのよ」
「何者かを分からない子供を、引き取るおつもりですか?」
「会ったのも何かの縁だわ。悪い話ではないでしょう?」
どこに問題があるのか、とでも言いたげな程穏やかに再びほほ笑む和江に、都の方がたじろいでしまった。和江の隣に立っていた美和も、「自己紹介がまだだったわね」と都に視線を向ける。
「私は相田美和」
「母親の和江よ。君の名前は?」
「原田都」
自己紹介をされた時点で、逃げられなくなってしまった。都をニコニコとして笑顔で、見つめている。離れていかないよね? そう言われているかのようだった。
「うん。決まりね。早速、動くわよ」
「思いを裏切るかもしれませんよ?」
「お礼を言える子だしね。素直な子だわ」
「今日から、私がお姉ちゃんよ。お姉ちゃんと呼んでね」
都はため息をついた。
数時間後――。
都からして和江の動きは早かった。自分の世話をするのに、休暇を取っていた。
「分からなかったら、気軽に聞いて。仲良くしようね」
「僕は家族ごっこをするつもりはない」
ぬるま湯につかるつもりはなかった。ぬるま湯につかってしまえば、抜けられなくなる。深く沈んだままでよかった。二人を泥船に乗せるつもりはなった。奇跡的の乗ってくれるとしても、傷つく下船していくだろう。沈んでいく船に、好んで乗る人はいない。はっきりと、線引きをするつもりでいた。先は誰も立ち入らせる予定はなかった。線を越えて歩かせる気はなかった。土足で踏み込ませるつもりはなかった。
しょせん、人は孤独な生き物だ。誰かを頼らければ、生きていけないなんて、誰が決めたのだろうか。
一人で生きている人もいるのに、おかしな話だった。
「私たちは家族になるかもしれないのでしょう? お母さんも仲良くしなさいと言っていたわ」
「同情なんて嫌いだ」
「何で嫌いなの?」
「君、美和だっけ? 美和は同情されて嬉しいか?」
「――私は」
「答えられないなら、理由にはならないな」
二人の間に沈黙がおちた。