第二章「新しい家族」第一節
都は見知らぬ部屋で目が覚めた。けがをしている部分は手当してある。服も新しくなっていた。公園に逃げ込んだところまでは覚えている。あとは覚えていない。記憶が曖昧になっているようだった。研究所のベッドとは、違い布団はふかふかで柔らかかった。
都は部屋全体に視線を巡らせた。開いている窓から桜色のカーテンが春風で揺れている。壁紙は優しいベージュで統一されていた。ぬいぐるみや童話の本、パズルやはやりの絵本が並べられている。助けようとしてくれた女の子の玩具だろう。無機質な感じはしない。子育てを心から楽しんでいる、雰囲気が伝わってくる。女の子へと向けた愛情に、満ちた空間となっていた。研究所にはない普通の生活を、している者の営みがある。
湊や奈美からパソコンの映像や写真を見せてもって、少しだけ外の世界を知ったつもりになっていた。
学んだ気になっているだけだった。
見てみると外の世界はきらきらしていて、都にとって輝いて見えた。明るすぎた。親を殺したいと思っている彼には、正反対で程遠い場所だった。
――僕は助けてくれた家にふさわしくない。
――ふさわしい人はたくさんいる。
――そういった人たちに、提供するべきだよね。
期待するべきではないだろう。
心の中を空っぽにしてしまえばいい。無にしてしまえばいい。立ち入る隙を与えず、感情のふたを閉じるつもりでいた。都は布団を握りしめる。自分がデザインズ・ベイビーだと知られてしまえば、追手が追いかけてくるだろう。
争いは争いを呼ぶ。
新たな憎しみが生まれるだけだ。
家族の幸せを壊す権利などなかった。個人的な束縛をするつもりはない。人が血に染まる姿を、見たくなかった。いや――奈美を助けられなかった時点で、自分の手を体は血に染まっている。
数少ない自分の家族だったのに、見殺しにしてしまった。デザインズ・ベイビーとしての身体能力を使えば、奈美は生きていたかもしれない。弱点としては都のデザインズ・ベイビーとしての体力は、未熟だった。
身体能力以外では、断片的とはいえ精神世界の扉を、開けられる能力もあった。遺伝子操作の中に、組み込まれたプログラムだった。都と同時にテストとして受けた、奈美にもあるプログラムである。都と奈美以外、知らない能力だった。むやみに使ってはだめよ、と都は奈美から言われていた。
湊にも教えていなかった。
身体能力とは違い、精神世界を開く能力に何の力があるのだろうか。
都が求めているのは、身体能力の方だった。使っていたら修羅場をくぐり抜けて、何とか逃げ切れていた可能性は高い。奈美が隣にいたかもしれない。体が動かなくなり、声がでなかった。
『少しでもいいから、生き延びて。私の愛しい子。愛しているわ』
都は奈美の死ぬ間際の声で、動かなかった体が軽くなり、反射的に走り出せた。公園に逃げ込んだ後、家に保護されたようだった。包帯をはずす。体を動かしてみても、痛みの異常はない。けがも治りつつある。
試作品とはいえさすがの回復力である。研究に貪欲な孝である。すでに第二世代もしくは、第三世代まで作り上げているかもしれない。
狂気に走った人間は残酷になり、傲慢になれるのだろうか。
人に命を何だと思っているのだろうか。
質問の答えを知る者はいない。
正解を知る者はいないだろう。
都はベッドから下りて、住民がいるだろうリビングに足を進めた。ドアを開きリビングに入ると晩御飯の支度をしているらしく、肉が焼ける音やみそ汁、ご飯の炊けるにおいがした。時計を見る。現在の時間は七時半を示している。研究所を抜け出したのは朝だったはずだ。追手から逃げ続けて、公園に辿り着いたのは、二時半頃だった。公園にあった時計で、確認をしたから覚えていた。