第一章「出会い」
今年で五歳になる女の子――相田美和は、いつも遊ぶ公園で花を摘んでいた。手にはたくさんの花が握られている。公園にある桜はまだ、蕾だった。比較的、暖かい高知では、桜が開花したとニュースでやっていた。東京でも暖かくなると言っていたから、今週中には咲くだろう。そして、母・和江と花見をしよう。考えるとワクワクする気持ちが止まらない。
父親の実は美和が誕生する前に、病気が亡くなっていて、写真でしか知らなかった。美和には和江がいる。寂しくなかった。今は少し離れた場所で、仕事の話をしている。美和は不意に、遊んでいた手を止めた。導かれるままに振り返った。彼女は漆黒の瞳を瞬かせる。木によりかかっている都を見つけたのである。けがもしているのか、服も血で染まっていた。花を捨てて駆け寄った。
――生きているのかしら?
――息をしているのかしら?
自分と同い年ぐらいに見える。美和は頬に手をあてた。異常ともいえる体温の低さに、鳥肌が立つ。
生きて眠っているのだろうか。
最悪、死んでいるのだろうか。
美和では判断ができないし、大人の力が必要だった。彼女は大人を呼ぼうと立ち上がる。美和では命を救えない。悩んでいても助かる命も助からない。美和は立ち上がった。急に彼女の視界が反転した。自分が下になっている。のぞいているのは、金色の冷たい瞳だった。
――何て奇麗な瞳をしているの。
美和は思わず引き込まれそうになった。
――今は余計な気持ちは必要ないわ。
首を振って彼に集中をする。
警戒されていると美和は思った。咄嗟に背中に手を回す。自分にされるままだった。抵抗する力もないのだろうと、美和は察した。
――大丈夫。
――大丈夫よ。
――あなたは生きているわ。
――私は敵ではないわ。
美和は背中をさする。そうしているうちに、電話が終わったのか和江がやって来た。美和は肩の力を抜く。もう、大丈夫だと思ったら、彼女は気が抜けてぺたんと座り込んだ。情けない姿を見せるつもりはなかった。えへへ、と笑いながら起き上がった。
「遅くなってごめんね」
「お母さん」
「美和。この子は?」
「調子が悪いみたいなの」
二人で周囲を見渡してみても、家族や友達らしき人物はいない。児童相談所、警察にも連絡をしようとした手を止めた。自分自身、小さい頃に親から虐待を受けて、児童施設に保護された経緯がある。施設に入所してそこから、小・中・高校と通った。
卒業後にはホステスママとなり、夜の世界に飛び込んだ。経緯もあり気が進まなかった。保護をして家に連れて帰り、手当てはできる。状況からして家庭内暴力を受けていたのかもしれない。
可能性は捨てきれない。
ゼロではない。
昔の自分と重なる部分がある。美和にはホステスになった経緯は、説明してあった。お母さんはお母さんだし、頑張ってくれているのだから、いいじゃないと受け止めてくれた。美和は自分たちの語りはいいよね、終わりにしようと和江を促す。
現状に集中すべきだった。
美和が片付けている間に都を背負う。
今の彼に必要なのは、愛情だ。
一人にはさせたくなかった。
「美和。荷物を持って歩ける?」
「歩けるよ。私は平気」
「家まで頑張ろうね」
「治るの?」
「安心して。頑張って手当をするわ」
「一緒に遊べるよね? 仲良くなれるよね?」
「そうね」
「私も手伝うわ」
「ありがとう。お願いね」
「手当をするなら早く帰ろう」
二人はゆっくりと歩き出した。