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第3話 春祭りの日

 翌日。


 教室へ入ると、亜美が話しかけてきた。


「とくに多難なことなんて起こらなかったわよ。あなたは?」


「僕も特にどうと言うことはなかったかな」


「じゃあ、よかったじゃない」


 そう言うと彼女は席へ戻っていった。



 授業が始まった。


 始まったと思ったら、上石が手を挙げた。


「先生。この授業の教科書がまだないです。用意しきれなくて」


 先生はちょっと困った顔をしたが、私の顔を見て……


「村瀬、お前の教科書を見せてやれ。いいな」



 ドンッ


 それを聞いた上石が無言で席をこちらに繋げてきた。


 身体をグイっと近づけてくるので、僕はのけぞって、自分の教科書を精いっぱい上石のほうへやった。


 先生が授業を進める。この授業も時間が半分ぐらい過ぎたころであろうか、ランダムに生徒に質問をし始めた。ランダムと言っても、もちろん正確ではなく、先生のいろんな思惑が入っている。


 そして、上石に当たった。なかなか厳しいというか鬼畜というか、そんなことを思っていたのだが、上石はスラスラと答えていた。


 実は教科書なんて、必要なかったんじゃ……なんて思ってしまった。



 お昼になった。


 僕が机に弁当を広げると、それを見た上石が無言で教室を出て行った。食堂へ行ったのだろうか。


「今日は一人なのね。一緒に食べてあげる」


 亜美がやってきた。


 亜美とは席がちょっと遠いので、彼女は椅子だけこっちに持ってきた。もちろん、弁当もだけど。


 狭いスペースの中、二人で弁当を食べる。


 彼女のお弁当は、ハンバーグとカニクリームコロッケ、隅にスパゲッティ、あとちょっと野菜が入っていた。僕のは肉とシュウマイ、マカロニ、その他だ。特に珍しくもない弁当を食べながら、会話をした。


「来週に春祭りがあるよね。行くの?」


 そういえば、もう春祭りがあるんだな。毎年、亜美と行っている。


「もちろん行くよ。一緒に行く?」


「うん」


 一緒に行くことは決まったが、なんか会話が途切れてしまった。お互い、その後は無言で弁当を食べた。


 弁当を食べ終わった頃、後ろから声がした。


「次、理科室へ移動でしょ。案内してくれない?」


 上石だった。


「うん。次は理科室へ移動だね。でも、時間ギリギリになれば、みんな移動するから、ついていけばいいんじゃない?」


「理科室がどんな感じなのか知りたいから、早めに行きたい」


 理科室なんて、どこも同じでしょうよ。よっぽど特殊な学校じゃない限り。


「先に行っといでよ」


 亜美がそう言った。


 まあ、そう言うんならと、僕は教科書などを用意して、上石と理科室へ向かった。


 二人で廊下を歩いていると、彼女がふと立ち止まった。そうやら壁に貼ってあるポスターを見ているようだ。


『第23回 ゲームプログラムコンテスト』


 そう書いてある。


「村瀬君は、プログラムできないの?」


 彼女がそう聞いてきた。


「ちょっとはできるけど、さすがにコンテストに参加するほどじゃないよ」


「そうなんだ」


 そこで会話が止まってしまったが、彼女はちょっと目を細めて笑っているようだった。


 どうして笑っているのかなと思っているうちに、理科室に着いた。


「ここは机自体が固定されているし、教室みたいに隣通りになることはないよ。おそらく」


「そう。残念ね」


 彼女は本当に残念そうな声で言った。顔も残念って感じだった。僕が言うのもなんだけど。


 そして、授業が始まった。やはり席は僕の隣ではなかった。大きな机にグループで集まる感じなので、少ないグループのところへ座った。


 授業では、また彼女に問題が当てられたが、これまたテキパキと答えていた。彼女はなんでも知っているではなかろうか。



 キーンコーンカーンコーン


 チャイムが鳴って、今日の授業が終わった。ホームルームが終わり、昇降口まで向かうが今日は上石はついてこなかった。外はまだまだ春の光。風が吹くと、まだ肌寒い季節だということを再度認識させた。空を眺めると雲がそこそこ速く移動している。じっくり見なくても、雲の動きがわかるのがなんだか心地いい。


 ふと視線を下ろすと、亜美と上石が一緒に歩いていた。接点のない二人かと思っていたけど、よく考えら、一瞬だが僕を含めて三人の状態が何度かあった気がする。


 ちょっと気になるが、僕は一人で帰った。



 それから、数日後。


 春祭りの日がやってきた。


 待ち合わせ場所に行く。提灯の光が並んでいる。その下を人々が歩いている。屋台もたくさん並んでいる。金魚すくいや、綿あめ、りんご飴。


正弘(まさひろ)、こっちだよ~」


 亜美が手を振って呼んでいる。ピンク色のブラウスで裾は練ってあり、白いフレアスカートを穿いていた。なかなかおしゃれだな。そんなことを思い、僕は早歩きで向かった。


 ちなみに正弘とは僕の名前である。たいていは『あんた』と呼ばれるので、反応がちょっと遅れたのは内緒だ。


「おねがいします」


 亜美の横には上石もいた。亜美が連れてきたのだろうか。上石は丈の短いワンピースの上に、紺の長いカーディガンを羽織っていた。私服姿を見るのは初めてだが、普段の印象より派手目だった。


「いやぁ。上石さんと話をしてみたら、意気投合しちゃってね。なんか、初めて会ったって感じがしなかったんだよね」


 そういう事らしい。しかし、上石と亜美が意気投合って、どんな感じで会話をしたのか気になる。性格が正反対な気がする。でも、正反対のほうが合うってこともあるよね。


 まあいいや。ここにずっといてもしょうがないので、一緒に行動することになった。



 ん?


 ほんのりと甘い匂いがどこからともなく漂ってくるな。匂いの先を見ると綿あめの屋台だった。


「じゃあ、まずは綿あめだ!」


 亜美が嬉しそうな顔でそう言い、屋台へ向かった。


 僕と上石もその後をついていく。


「おじちゃん、3本ね!」


「あいよ!」


 綿あめの機械から、糸のようなものが舞い始める。それを割りばしでくるくるっと巻き上げる。


 割りばしの周りに雲のようなものが出来上がっていく。見とれているうちに、3つの雲がそろった。



「おいしいね」


 亜美がその雲をかじる。


「おいしい……」


 上石もそれに続く。


 僕も綿あめを食べ始めた。亜美の顔を見ながら食べていると……


「口元に綿あめが付いちゃった」


 そして、亜美は自身の口元をそっとぬぐった。


 (それがいいんじゃないか)


 おっと、思わず口に出しそうになった。聞かれたらまずいまずい。


「ふふふ」


 上石の顔がちょっと緩んだ。


 まずい、少し声に出てしまったのかも。


 空を眺めてみると、だいぶ暗くなっているのがわかった。綿あめに夢中でこの暗さに気がつかなかった。


 そして、また一段と屋台の灯りが目立ち始めた。


 さて、綿あめも食べ終わったし、この後どうしようかなと思っていると……


「よし。今度はあれだ!」


 亜美の指は、なにやら甘い香りのする方向を指していた。


 棒に刺した球形のものを何かにつけて、ぐるぐると回している。横にある銅板だと思われるものに、回し終わったものが並べられていた。


 りんご飴だね。今、綿あめを食べたのに、次も甘いものかぁ。


「僕はいいや。遠慮しておく」


「そうなの。じゃあ、上石さんと食べるので、2本ね」


 というわけで、僕は亜美と上石が食べているのを見ているだけだ。


 りんご飴は赤く光っていてつやつやしている。ガラスで覆ってあるような感じがしてなかなか美しい。


「かたい……」


 亜美がそう言った。そう、りんご飴は結構固いのだ。



 上石もどうやって食べようか思っている様子だったが、困っているうちに飴の部分が少し溶けてきて食べやすくなったようだ。


 二人で食べているのを見ていたら、僕もちょっと食べたくなってきた。


 ……


 僕の顔を見ながら、亜美が残ったりんご飴をこちらに向けた。


「半分食べる? はい!」


 はいって言われても困る。


「上石さんが見ているよ」


 僕が焦ってそう言うと……


「上石さんが見てなければ大丈夫なの?」


 亜美は迷わずそう言い返した。


「私はかまいません」


 上石が冷静な顔でそう言った。


 どうしようか困っていると、亜美は残ったりんご飴を僕の口に放り込んだ。


「はい! おいしいでしょ」


 おいしいが、おいしいと口に出しづらい。


「うん。ありがとう」


 僕はよくわからない返答をして、その場は収まった。



「よし、次は金魚すくいだ」


 僕はそう叫んだが、二人の感触はあまり良くなかった。


「うーん。私はパス」


「後ろから見てます」


 亜美も上石もスマホを操作している。よくわからないけど、とりあえず僕だけが金魚すくいをすることになった。


 金魚すくいの屋台では、ぽちゃぽちゃと小さな水の音が聞こえてきた。


「さて、やってみよう」


 金魚すくいのポイを受け取って、水槽にいる金魚を覗きこむ。


 赤いのやら白っぽいのやらが、くるくるとまわって泳いでいる。


 まずは小さそうなやつを捕ってみよう。


 そ~っと、ポイを金魚に近づけて、一瞬だけ腕に力を入れる。


「そらっ!」


 ポイの上に金魚が乗った瞬間にすばやく、お椀に入れる。


 いい感じで、何匹か捕ることができたが、4匹目で失敗してしまった。要するに3匹捕れたということだ。



「外れたか」


「当たりました」


 後ろで、亜美と上石の声がする。


 いったい何のことだ。


「いや、ちょっとね。鏡アプリのペットにあんたが金魚をいくつ捕れるか聞いてみたんだよ。上石さんもアプリやってたんで、上石さんのペットにも聞いてみたのよ」


 そういえば、あのペットは人工知能が使われていて、一応言葉が理解できるんだっけ?


「それで、あたしのペットの、うさちゃんが4匹、上石さんのペットの犬が3匹って予想したのよ」


「亜美のペットのほうが僕の評価が高いのかな」


「さあ、どうでしょうね」


 視線を横にそらすと、上石のくすっと笑う顔が見えた。


 その後、3人でぶらぶらとあちこちを歩いた。


 楽しそうに金魚すくいをする子供の声、射的の音などが聞こえてきた。


 そうこうしているうちに、夜の風が冷たく吹き、屋台の灯りも少なくなっていった。


「今日は楽しかったね」


 僕はそう言って、亜美と上石の顔を見た。


「うん。ありがとう」


「ありがとうございます」


 二人とも笑顔だった。


 そして、春祭りが終わった。




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