第2話 転校生の誘惑
黒板のチョークの音が聞こえる。いつもの授業の風景だ。転校生が今日来たことなど、今は関係なく授業はそのまま続く。
ノートを必死にとっていると、なにやら視線を感じた。隣の転校生だ。
軽く振り向くと、確かにこちらを向いている。目が合ってしまったが、向こうは特に目をそらすようなことはしなかった。ただ、僕は焦ってしまって、目を自分のノートのほうへ向けた。
どういうことなんだろう。僕は黒板とノートを交互に見て、授業の理解のほうに心を向けた。それを必死に繰り返しているうちに、授業が終わった。
休み時間に僕は思い切って聞いてみた。
「授業中に僕のほうを見てなかった?」
「見てたわよ。いけない事かしら?」
堂々と彼女は見ていたという。
「別にいけない事ではないけど……」
「まあ、いいわ。お昼休みになったら、校内を案内してよ」
というわけで、後で校内を案内することになった。
そして、午前中の授業が終わり、とりあえずお昼を食べることになった。
僕はお弁当を持ってきたのだけど、彼女はとくになにも持ってきてないので、食堂で食べることになる。しかし、食堂の場所を知らないので、僕は自分のお弁当を持って、彼女を食堂まで案内した。
教室を出ようとすると、幼馴染の亜美が声をかけてきた。
「あら? お弁当があるのにどこへ行くの?」
僕は事情を説明して、食堂へ向かった。向かっている途中に転校生の上石が話しかけてきた。
「あの人は?」
「僕の幼馴染だよ。高坂 亜美って言うんだ」
「そうなんだ」
その後の会話が続かず、お互い無言で食堂まで行った。食堂で食券の買い方を教え、僕はさきにテーブルに着いた。
しばらくして、上石がカレーをトレイに乗せて、こちらへ向かってきた。
「あら? お弁当を食べずに待っていてくれたの?」
「まあ、先に食べるわけにもいかないし」
「へぇ~」
そして、椅子へ座った。とくに何か話をしたりもせずに、お互い無言で昼食をとり、校内を案内し始めた。
「ここが体育館。そして、あそこが図書室。っで、あっちが視聴覚室」
最後に中庭を案内した。
「ベンチがあるじゃない。座りましょう。疲れちゃったわ」
そう言われて、僕と彼女はベンチに座った。
二人で座っていると、サササっと木の葉が揺れるような音を立て、風が吹いてきた。
「この時期は、まだ寒いわね」
「うんうん」
もっと何かうまい言葉があるだろうにと思いながら、ただ単に相槌を打つだけですませてしまった。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴った。なんとなく気まずかったので、ちょうどよかった。
「じゃあ行きましょ」
「うん」
なんだか主導権が向こうにあるなぁと思いながら、授業へ戻った。
午後の授業はあんまり頭に入らなかった。これは後で復習しないといけないだろう。
そう思っているうちに授業も終わり、幼馴染の亜美が話しかけてきた。
「帰ろ~!」
僕と亜美は一緒に廊下を歩いて、靴箱へと向かった。
「まだこの辺の道に慣れてないの。途中まで帰りましょ」
後ろから声がした。振り返ると転校生の上石だった。
「確かにまだ、この辺の事、知らないよね。一緒に帰ってあげなよ」
そう言って、亜美は僕からささっと離れていった。
なんとも気まずい雰囲気で、僕は上石と帰ることになった。
お互い無言で校門のところまで来た。
「君はどっちの道? 右? 左?」
「左」
「そう、同じだね」
これで帰る方向が違ったら、さらに気まずくなるところだった。同じ方向で良かった。
「同じ方向で良かった……って思ったでしょ」
「えっ?」
僕の心が見透かされているかとビックリしてしまった。上石の顔を見ると、口元がわずかに緩んでいたように見えた。
「そういえば、どうしてこの学校へ?」
僕は無難な質問をしてみた。
「親の都合だよ。よくあることでしょ」
他の事も聞いてみたけど、無難な返答しかなかった。
「じゃあ、私はこっちの道だから、さよなら」
そう言って、上石は去っていった。
僕は歩道の脇に生えている、小さな草や花を見ながら、家へ向かった。
いつものように玄関の前で鍵を取り出し、ドアを開ける。部屋に入り、服を着替えたりと、面倒なことを済ませ、スマホを取り出す。
そして、鏡のアプリを起動した。
「さびしかった。にゃーん!」
ペットの猫がしゃべりだした。そういえば、人工知能でいろいろ反応するって書いてあったな。
「今日の天気を知ってますか?」
質問としては、わりとどうでもいいが、とりあえず聞いてみた。
「うーん。ちょっと待っていてね。位置情報などを取得してます……」
なんか、ちょっと機械っぽくて興ざめだな。
「え~。朝はどんよりとしていたけど、雨は降らなかったね。学校の帰りも、ちょっと曇っていたけど、とくに雨は降ってないね。にゃ~ん」
天気はあっているけど、「にゃ~ん」を語尾に無理やり付けた感じがする。
「にゃ~ん」
ん? スマホは手前にあるのに、後ろから猫の鳴き声がするぞ。
振り返って見ると、亜美がそこにいた。
「猫の鳴き声、上手かった?」
またしても、不法侵入である。
ということは今日も鍵を閉め忘れたということだ。平和ボケというやつか。でも、たとえ鍵を閉めても、亜美は入ってきそうではある。例えば、窓からとか。
しかし、なかなかうまい鳴き声だったな。よく時代劇などで侵入がばれそうになったときに、動物の鳴き声をしてごまかすことがあるが、あれと同じだね。亜美にはその才能がある。あったからと言って、現代で使えるかは分からないけど。うん? よく考えたら、才能があっても、自分からバラしてたら、意味ないね。
「どう、転校生は?」
「どうと言われても……」
「そういえば、さっき、鏡のアプリでメッセージを送ったけど、見た?」
うん。そんなのあったかな。確認していると、確かにメッセージが来ている。僕がペットの猫と話をしていたから、気がつかなかっただけかな。まあ、いいや。メッセージを見よう。スマホの画面を押した。
『転校生とは仲良くできましたか?』
なんとも答えづらいメッセージである。
「まあまあだったよ」
僕はいまいち意味の分からない返答をした。だって、どう答えていいのかわからないだもの。
「そう。まあまあなら良かったね」
亜美の返答もよくわからなかったが、何か別の話題にしたほうが良いように感じた。
僕はペットは占いもできるって書いてあったことを思いだした。
「そうそう。このペットって占いも出来るんだよ」
「そうなんだ。じゃあ私のウサちゃんに占ってもらうかしら」
亜美はスマホを取り出し、アプリを起動した。
「ウサちゃん、これからどんなことが起こるかしら。教えてちょうだい!」
なかなか大胆なことを人の前で聞くんだな。そう思っていると、亜美のペットの兎がしゃべりだした。
「うーん。なんとなく前途多難な気がするぴょん!」
嫌なことを言うなぁって思っていると、亜美がこちらに向かってしゃべりだした。
「これって、誰の事かしら?」
「君のペットの兎なんだから、亜美の事じゃ……」
「でも、私のスマホにはあなたの姿も、あなたのペットの猫ちゃんも映っているわよ」
確かに映っている。このアプリのペットは基本的にユーザーの周りにいる。僕と亜美が一緒の部屋にいるのだから、角度によっては一緒に映るよね。
「でも、これは君のペットだから……」
そう言おうとすると……
「いやいや。わからないわよ。あなたのことかもしれないわよ」
おそらくそんなことは無いと思うが、亜美に合わせるようにこう言った。
「そうだね。どちらのことか分からないし、ペットに詳しく聞くこともやめておこう」
「そうね。あんまり気にしないほうが良いよね。あら、もうこんな時間。帰るね」
そう言って、亜美はいそいそと帰っていった。