〔第3話〕僕達が勝ちます。
フブは今日も私を照らす。
その輝きが眩しくて繋いだ手も離せなくなってしまうほど溶けてくっついてしまう。
でも、朝はだらだらさせて欲しい。
「ねぇ゛ーぇ!ねぇ゛ーーー!!!」
重たい瞼をゆっくり持ち上げる兎。
持ち上げた瞼を一瞬で下す。
やっぱりまだ眠たい。
フブが兎の体を必要以上に揺らすせいで兎の髪の毛が乱れる。
兎の髪の毛は癖っ毛が強くふわふわしている。
フブがなかなか起きない兎の髪の毛で遊びはじめる。
「ほれぇ〜、くるくる〜。くるくる〜…」
「い、い…ま…何時…」
死にかけの蝉の様な声で聞く兎。
「もう9時だよ!!おーーーきーーーてーー!!!ねぇーーーー!!!!」
兎のマンションは25階と高層ながら鳥の囀りが聴こえる。
本来はこんな高層階に鳥は居ない。
しかし、このマンションの兎の部屋には大きなベランダけん庭がある。
その大きな庭が鳥達の棲家の様な場所になっているのだ。
いつもは小鳥の音色と共に10時まで寝ている。
(って、痛たた…ちょ、揺らし過ぎたよぉ…)
首が折れそうになるぐらいまで揺さぶられたが意地でも起きなかった。
これは眠気との闘いなのだ。
ん?
——————すんすんッ…この匂いは…?
ベットに転がったままの兎は気づく。
良い匂いが鼻を刺激している事に。
兎がマンションに住み出してから一度もこんな事は無かった。
(この匂いは…バターかな…)
思わず目を開く兎。
ベットから見えたテーブルの上に美味しそうなパンが並べられていた。
多分バターが塗られた健康的で理想的な朝食だ。
「ねぇー朝ごはん食べよ?」
その提案に仕方なく乗ってあげる兎、眠たい目を擦りながらテーブルに向かう。
(あぁ今日も、良い日になりそうだな…)
兎が朝ごはんを食べようとするとフブが立ち上がりどこかへ行く。
小鳥の囀りと快晴の朝。
生い茂る空気が肺を満た。
いつもはこんな清々しい空気、朝の家には流れていないのに。
しかし、その答えに辿り着くのは早かった。
兎は朝食が並べられたテーブルから立ち上がりフブがいる窓際へ近寄る。
フブが窓を開けたらしい。
「そそ外の空気ってこんなに美味しかったっけ…」
靡くカーテンを横目にフブが流し目で言う。
「朝の空気ってね、美味しいんだよ。」
まるで映画のワンシーンみたいだ。
日の光がカーテンに反射し、フブの顔を照らしていた。
それは水中からみた水面みたいに揺らいでいた。
「さっ、朝ごはん食っべよぉ〜。」
「う、うん。」
再びテーブルに戻る。
———ピッ。
テーブルに戻ってすぐフブがTVをつけた。
TVのチャンネルを切り替えて何かを探すフブ。
無性に気になっていることがあった。
それは巨大建造物の事についてだ。
そのロマン溢れる謎が兎含め私達をワクワクさせている。
『次のニュースです。太平洋に突如出現した謎の巨大建造物が動きを停止させたとの情報が入りました。そして政府はこの巨大建造物に対し引き続き交渉と攻撃を試みると意向を示しました。』
「日本政府バーサーカーかよっ。」
「ししし侵略だ…」
「やだねぇ…でもピラミッドみたいな建造物が突如動き出した!みたいな感じだったら超かっこいいのにねぇ。」
「そそそそうだね…。でも、ニュースの奴、ピラミッドよりも大きい…」
「なんかそう考えたら本当に謎だよね。何なんだろアレ。」
「ししし深海から出てきたから…突然、現れたように見えたとか…えへへ。ろ、ろろロマンあるね…」
「そうだねぇ〜。ピラミッドも変形とかすんのかねぇ〜。」
話が弾む2人とは真逆にニュースの続報は淡々と続く。
『昨日から続いている軍事費拡大についてのデモで死傷者が相次いでいます。この事態に政府はナノシステムを世界初導入して制圧したとの事です。また政府は“これは武力による弾圧ではない。死傷者をこれ以上増やさない為の措置だ”との声明を発表しました。』
「あれまぁ…でも今この状況じゃ軍事費拡大も悪い事じゃない気がするけどなぁ〜」
フブの政治的な発言を聞いて兎もその意見に賛同する。
実際フブがどれぐらい政治について知っているか分からないけど…関心を持つ事は悪い事ではない。
「いいい今の状況じゃ…仕方ないよね…」
「あっ!!そういえば結局〜昨日Amezonで頼んだバーベキューセット届いてるんじゃない?」
「じゃ、じゃんけんしよ…き、き昨日のリ、リベンジ…」
「ん?ジャンケン?あー、荷物取りに行く系の勝負ねー。」
「そ、そそそう。」
フブはやれやれと言わんばりの態度で兎の目を見た。
こ、コイツ!?いつもと…違う…具体的に何が違うのか分からない…が、気迫というのだろうか?鬼気迫るものを感じる。
いや、違うな…正直言って気迫は感じられない…いつもの兎だ。
でも、やっぱり鬼気迫る!!!……
オーラは…無い。
うん…じゃぁなんだろうか、多分、兎の目が勝利を確信している時のあれだ。
いいだろう、その慢心打ち砕いてあげようじゃ無いか。
「ふっ、良いだろう。私を倒してみなさい。」
「いい言ったな…。こここ後悔してもし、しし知らないぞ…いいい、行くよ…」
———最初はグーじゃんけん!!!
———ポン!!!
マンションの1階の宅配ボックスから兎が帰ってきた。
「おかえり〜♫」
「…。」
兎は冷蔵庫から肉をトレーごと取り出して食べやすいサイズに切っている。
包丁の使い方が分からないので見様見真似で猫の手を使う。
もう鶏の手にはなりなくない。
料理の時の猫の手、知識としてはあるが実際よく分からない。
「ちょーーっと、あーぶなぃ何その申し訳程度の猫の手…中途半端に握ってる感じ、また鶏の手みたいになってるよ!」
「ににに鶏の手…」
少し不貞腐れた後、鶏の手から猫の手に修正し、再び肉を切り出す。
「あー!そういえば!って!!!ちょちょちょちょちょぉ!!」
その声に驚き包丁を離す兎。
「焼肉ってのはねぇ大きいお肉をガブッと行くのが良いんじゃないか!!!何食べやすいサイズに切ってるの!!」
「ごごごめんッ…友達と焼肉した事なくて…」
焼肉の食べ方は人それぞれなのだが、しょげる兎にフブは背中を叩き笑顔で言う。
「へっ私流伝説の焼肉を教えてやろうじゃないか。」
フブが冷蔵庫から出してきたプラスチックの箱。
なんとそこからタレに付けた肉が出てきた、その大きさは手のひらを簡単に覆うほどにデカい。
兎はフブの指示によりバーベキューセットの組み立てを命じられた。
ダンボールの箱から取り出し組み立てる。
少し値段が高いのを選んだおかげか組み立てが簡単だった。
「………ふぅッ…」
——————ウーーーーッ!!!
スマホからサイレンが鳴り始めた。もう緊急事態のサイレンには慣れてきた。
また政府からなんか軍事的なあれだろう。
サイレンのこの頻度…。
何だか、日本が首都を失った時を思い出す。
私まだ幼稚園に通ってた頃かな〜…懐かしいな。
「兎!!!早く火も着けて!!ほら!!肉が逃げちゃうよ!!!」
「そ、そそそうだね…(にに、肉が逃げる?!)」
スマホから鳴るサイレンの事など気にせず、2人は焼肉の続きを始める。
ジュージューと焼ける肉の音がこの生活に対する充実感を実感させる。
まだ始まったばかりの夏休み…。
まぁ…私はいつも休みみたいなものだけど…。
ていうか、この肉分厚いな…火が通るまで少し時間がかかりそう…。
「じゃじゃーん!」
そんなこんな考えているとフブが冷蔵庫から再び何か持ってきた。
なんだか生焼けの赤い肉だな…いや、これはまさかあれなのか?
伝説のアレなのか。
「こ、こここれは…!」
「私が昨日じっくり時間をかけて作ったレアステーキですッ!!!低温でじっくり火を通しましたぁ!!」
「ハァァァ〜!!!」
丁寧に切り分けられた肉を贅沢に頬張る兎。
「ツッン〜ッウマヒッ。ウマヒッ。」
「我ながら三つ星だよ…んもぐもんぐ。」
そう言いながら美味しそうに食べる兎を横目に見つめるフブ。
ネットで調べて、時間をかけ作った甲斐がある。
「ふぅ…夏だね。」
「そそ、そうだねぇ…」
風が髪を撫で頬をさする午前。
君が居ると私はまるで自分じゃない誰かになっている気分になる。
「ねぇ、兎。今日は何しようか?」
「フブ…ゾゾゾンビの設定…忘れてない…?」
「あっ…わ、忘れてないよぉ〜。」
「あああAmezon使っちゃったし…」
「まぁ…い、今はね?ゾンビ映画の序盤だから、そう!序盤なの!徐々に私生活が侵食されていく…あれ、あれだよ。!」
「ふふっ。た、たたた確かに。」
なかば無理やりな後付け感、残る言い訳に兎はつい声を漏らして少し笑ってしまった。
「兎…私の前で初めてそんな顔した!!!ねぇ!!!もっと見せて!!」
フブは恥ずかしがり顔を逸らす兎を追いかけまわす。
兎は覚束つかない足取りでドタドタ逃げる。
「ねぇ゛ーーー!!何で逃げるの!恥ずかしがってるんでしょぉ!!!わーーー!恥ずかしがってる方が恥ずかしいんだよ!!!!」
「はっ…はは恥ずかしがって…なななないしッ…」
「えー!!嘘だ!!逃げないでよぉ!!!ねぇーーーーー!!!!!じゃあ、そのツラ拝ませろやぁ〜!」
「ひ、ひひぃっーっ…」
そんなこんなで焼肉は終わりを迎えた。
その後の午後は畑の水と肥料をまいた。
———————————————#####
若い2人の男は走る。
ひたすら何かから逃げる様に走る。
足場は崩れてまともに歩けないぐらい荒れた道を走る。
“アレ”に捕まればゲームオーバーだ。
「おい!タフナ!もっと急げ!!追いつかれるぞ!!」
「急いでますよっ!!!」
——————ガッガッガッガッ。
口にナイフを咥えて、犬の様な四足歩行で瓦礫を駆け抜ける人影が1つ。
その姿は人間に見えない。
が形だけを見ると紛れもなく人間だ。
「あーもぉくっそぉ。マジでこのままじゃ追いつかれちまう!!」
「僕の目眩しが効かないって事はあの人…“純粋な人間”ですよぉ!」
人間の四足歩行とは思えない速度で追いかけてくる。
2人は瓦礫で荒れた道を抜けて森に入った。
途中途中に廃れた古屋のようなものがある事を確認した2人。
森の死角を利用してそのひとつの古屋に隠れる。
その古屋は6畳程の木材置き場の様だった。
少し埃がひどいがそんな事を気にしている余裕はない。
木材置き場っぽい古屋に隠れる場所は沢山ありそうだ。
荒くなった息を必死に殺してじっと隠れる。
「っ…っー…んく…っ…」
「はぁっ…はっ…っ…」
———キィ…。
「ッ……」
「…っ…」
古屋に入ってきた。
外にはもっと複数の古屋があったはずだ。
なのにここの古屋に入ってきた。
2人の心臓はいつ爆発してもおかしくないぐらいに速まった。
———トットットッ…。
こっちに来る。
———『ドクンッ…ドクンッ…ドクンッ…ってかぁ。』
独り言…では無さそうだ。
恐らくもうこの古屋に入った事がバレている。
———『心音が丸聞こえだなぁゴミ共ぉ。今出てきたらぁ命までは取らないでやんよ。』
———『アタシは“カンネ•ロード”ってんだ。よろぉしぃくなぁ。』
話しかけられた、声からして恐らく女だ。
やっぱり古屋に隠れたのは間違いだったか。
いや、そうしなければすぐ追いつかれていた。
ならば、一か八かでどこかに隠れた方が良かった…はずだ。
でも、もうバレている以上は仕方ない。
物陰から出る前に男はバッグからナニカを取り出した。
それをポケットに入れて姿を晒す。
「…降参だ。」
『ほざけ、盗んだ物を出せカス共ぉ。』
「はっ知らねぇな。」
——————ガキンッ!!!
ん?何だ。
まるで元々そこに刺さっていたかの様にナイフが壁に刺さっている。
『勝手に動くな。次、動いたら頭だ。』
出てくる冷や汗を必死に抑えながら冷静を装う。
「ぽ、ポケットの中にある物を出して良いか?」
『ほう、それは盗んだ物を返すという意思の表れでいいんだなぁ。』
「あぁ…そうだ。死にたくねぇからな。」
ゆっくり、ゆっくり、相手の目を見ながらゆっくり、ゆっくり。
そうやって手をポケットに入れてさっきバックからポケットに移し替えた“ナニカ”を取り出した。
堂々たる仁王立ちで女は問いかける。
『それは、なんだぁ…?盗んだ物では…無さそうだな…』
「…。」
黙る男に女は言う。
『それをこっちに渡せ。手渡しじゃない。投げて渡せ。ゆっくりだ。』
「ダメだ。そんな雑に扱えばこの古屋が吹き飛ぶことになる。」
『なら、ゆっくりこっちに差し出せ。』
そしてお互いがゆっくり近づき目を合わせながら手を伸ばす。
『余計ぇな事はぁ考えるなよ。もうお前を即死させる間合いに入った。』
「わかってる。お前みたいなバケモノに敵う気がしない。」
『おい、何している。』
——————カチャッ。
男は渡そうとしていた“ナニカ”を女の頭に向ける。
『何のつもりだ…早く渡せ。何ぃをしても、もうお前に勝ち目は…』
「お前は知らないと思うけど。これ、“拳銃”。」
———パァッッッンッ!!!
赤く飛び散った女の血飛沫が古屋の壁を勢いよく染める。
勢いで回転しながらのけ反った女の体に、男は勝利を確信した。
———バキャッ。
ん?
何だ…。
あれなんか体が傾く…っていうか踏んばれない。
男は床に倒れながらゆっくり自分の下半身を見る。
足の骨が剥き出しになっていた。
「がぁぁぁぁぁぁぁあっ。」
痛みで声が潰れる。
男は本能的に前を向かされた。
いる、アイツが血だらけの顔でこっちを見下ろしている。
何故だ。
何故生きている?
なんで?
おれ確実に頭を撃ち抜いたはずだ。
何故。
何故だ。
血飛沫だってっ、なんでなんで。
なんで生きてんだ。
『面白ェもん持ってんじゃねぇかカスがよぉ…そんなもんでアタシを殺せると思うなよぉ。』
女は一昔前のヤンキーの様な喋り方で男を威圧する。
「にっ…にぃあなぁんでぇっなぁっなんでっっっ。」
痛みに耐えながら必死に訴えた。
いくらアイツが人間離れしていたって、あの距離での拳銃は即死だろ!!!何故だ!!!何故死んでいない。
女の目が男を見下ろす、その血で染まった真っ赤な顔が男の恐怖心を煽る。
『危ねぇじゃねぇかよ…なぁ…?』
女の額にカッターでピーっと切ったような切れ目がある。 まさか、
まさか、
まさか、
ぎりぎりで拳銃を避けたのか?
目視で?
しかし、タフナの目眩しが効かないと言う事は間違いなく普通の“純人間”なのだ。
———カチャッ。
床に落ちた拳銃を拾い、男は再び女に向ける。
『させるわけねぇだろ。』
———バキッ。
引き金を引く前に腕の骨が折られる。
「イッッッッ…タァッッッッ。」
何をされたか分からない。
余ったもう片方の手で再び拳銃を拾おうとすると再び腕が折られる。
———バキッ。
「がぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁッ!!」
———カラッンッ。
拳銃が遠くに転がる。
何をされたか見えない。
が、男は自分の近くの床を見て確信する。
この女。
目に見えない速度で蹴りをしてきている。
この足跡は踏み込んだ時に出来たものだろう。
『お前ぇの負けぇだぁ。来てもらうぞ。』
淡々と言う女に、男は痛みで歪めた顔の口角を上げた。
「今だ、撃て。」
———パァッッッンッ!!!
壁に血と脳みそが飛び散る。
さっきの飛び散った時より綺麗に鮮明に、大量に。
『はぁ…?』
後ろの物陰に隠れていた、もう1人の男がもう抵抗できない四肢を折られた男の頭を撃った。
『…お前1人が物陰に隠れている事ぐらい分かってた。分かっていたが何をしてる、何故お前はお前の仲間を殺した。』
女はまるで未知の“ナニカ”に話しかける様に聞く。
「私じゃ貴方に敵わない。からですかね…?」
『はぁ?いや、違ッ何を言って?!』
———パキパキッ。バリンッ。
景色が歪み空間が剥がれ落ちる。
そして、世界が崩壊し出す。
『な、何だこれはっ。な何をした!!!』
「…僕“達”が勝ちます。」
『何を言ってっ…』
——————そして時間が逆行し出す。
———————————————#####
———パァンッ。
フブは兎の隣に近寄り風船を針で破る。
「ウニョ!!!!」
びっくりする兎にフブは爆笑した。
広い家の中で鬼ごっこが始まる。
——————ピコンッ。
テレビから此間見ていた配信者の配信開始合図の通知が鳴った。
「あっ、もしかしてあの巨大な建造物の配信の続きかな〜!!」
嬉しそうにテレビを付けるフブに対して兎は少しムッとして隣に座る。
途中訳分からない話入ってびっくりしていると思いますがもう1人の主人公“ツグネ”の話なのでよろしくお願いします。いずれ合流します。
【全能なら当然でしょう?】