4
そして三日後。
「おはよ~。……ん?」
登校してすぐに、由紀は教室の様子がおかしいことに気がついた。
(なに、この冷め切った空気……)
すぐに原因が目に入る。
「くっくっく……」
窓枠に腰を据え、奇妙な笑い声をあげる天宮の姿がそこにあった。
左腕に包帯を巻き、右目にはレザー製の眼帯。
この高校の制服はブレザーなのに、なぜか学ランを肩に羽織っていた。
きっと中学時代のものを引っ張り出してきたのだろう。
「なにやってんのよあいつ……」
今までにないパターンだった。
図らずも目立ってしまうことはよくあるが、こうやって自ら注目を集めているのは初めてだ。
「由紀ちゃん」
クラスメイトの女子が、怯えた様子で由紀に話しかけてくる。
「ちょっと、あれどうにかしてよ。かれこれニ十分くらい、ずっとああなのよ」
「いや、私に言われても……」
さすがの由紀も、あれに話しかける勇気はない。
でも他のクラスメイトたちも、縋るような目で由紀を見ていた。
彼女はこの三日で、すでにクラスの頼れる姉御的な立ち位置を獲得していたのだ。
「はぁ……」
大きく嘆息してから、由紀は仕方なく天宮に近づいた。
「何してんの?」
くっくっく、という奇妙な笑いを収め、天宮は由紀を横目に見た。
「おお、由紀か。久しいな」
「なにその喋り方」
由紀は鼻で笑う。
「二日も休んだと思ったら、なんなのよ、それ」
天宮は儚げに視線を伏せた。
「俺は、気づいてしまったのだ、本当の自分というものに」
「へえ」
温度差が凄まじいが、天宮は意にも介さない。
「俺はクレモアール王国の聖騎士だったのだ。そして魔王グランザリオに殺され、輪廻から外れてしまった姫君、カテリナ様の魂をお救いするために、俺は世界を渡り歩いているのだ。ここは俺が二十三番目に訪れた世界……。俺にはわかる。この世界に、カテリナ様がいらっしゃると」
「それはすごい」
「なあ、由紀。なにか知らないか? この近くに、カテリナ様の魂を宿したお方がおられるはずなのだ」
「ごめんねー。よく知らない」
適当に相槌を打っているうちにチャイムが鳴る。
教室に入ってきた教師が天宮の格好に驚いていたけれど、面倒ごとに関わりたくないのは教師も同じようで、
「その制服は脱ぎなさい」
と注意しただけだった。
特にこだわりがあるわけではないらしく、学ランは天宮の肩から椅子の背もたれに居を移した。
冷え切った空気のまま授業が始まる。
天宮は演技を継続したままだった。
というよりも、もう完全に妄想の世界に入り込んでいた。
「ああ、カテリナ様……」
などと呟いては、窓の外に視線を投げる。
その度に教室内の空気が一段と冷えていった。
クラスメイト達は天宮を『痛いやつ』だと認識する。
地獄のような高校デビューだけれど、それこそが天宮の狙いだったのだ。
中には自分の黒歴史を思い出して悶える者もいたけれど、
「あいつはそっとしておこう」
という共通認識が、一瞬のうちにして出来上がった。
天宮は、ある種の特権階級を手に入れたのだ。
こうして天宮は、望み通りの平穏な高校生活を送れることになる。
はずだったのだが……。




