表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/41

 そして三日後。


「おはよ~。……ん?」


 登校してすぐに、由紀は教室の様子がおかしいことに気がついた。


(なに、この冷め切った空気……)


 すぐに原因が目に入る。


「くっくっく……」


 窓枠に腰を据え、奇妙な笑い声をあげる天宮の姿がそこにあった。

 左腕に包帯を巻き、右目にはレザー製の眼帯。

 この高校の制服はブレザーなのに、なぜか学ランを肩に羽織っていた。

 きっと中学時代のものを引っ張り出してきたのだろう。


「なにやってんのよあいつ……」


 今までにないパターンだった。

 図らずも目立ってしまうことはよくあるが、こうやって自ら注目を集めているのは初めてだ。


「由紀ちゃん」


 クラスメイトの女子が、怯えた様子で由紀に話しかけてくる。


「ちょっと、あれどうにかしてよ。かれこれニ十分くらい、ずっとああなのよ」

「いや、私に言われても……」


 さすがの由紀も、あれに話しかける勇気はない。

 でも他のクラスメイトたちも、縋るような目で由紀を見ていた。

 彼女はこの三日で、すでにクラスの頼れる姉御的な立ち位置を獲得していたのだ。


「はぁ……」


 大きく嘆息してから、由紀は仕方なく天宮に近づいた。


「何してんの?」


 くっくっく、という奇妙な笑いを収め、天宮は由紀を横目に見た。


「おお、由紀か。久しいな」

「なにその喋り方」


 由紀は鼻で笑う。


「二日も休んだと思ったら、なんなのよ、それ」


 天宮は儚げに視線を伏せた。


「俺は、気づいてしまったのだ、本当の自分というものに」

「へえ」


 温度差が凄まじいが、天宮は意にも介さない。


「俺はクレモアール王国の聖騎士だったのだ。そして魔王グランザリオに殺され、輪廻から外れてしまった姫君、カテリナ様の魂をお救いするために、俺は世界を渡り歩いているのだ。ここは俺が二十三番目に訪れた世界……。俺にはわかる。この世界に、カテリナ様がいらっしゃると」

「それはすごい」

「なあ、由紀。なにか知らないか? この近くに、カテリナ様の魂を宿したお方がおられるはずなのだ」

「ごめんねー。よく知らない」


 適当に相槌を打っているうちにチャイムが鳴る。

 教室に入ってきた教師が天宮の格好に驚いていたけれど、面倒ごとに関わりたくないのは教師も同じようで、


「その制服は脱ぎなさい」


 と注意しただけだった。

 特にこだわりがあるわけではないらしく、学ランは天宮の肩から椅子の背もたれに居を移した。


 冷え切った空気のまま授業が始まる。

 天宮は演技を継続したままだった。

 というよりも、もう完全に妄想の世界に入り込んでいた。


「ああ、カテリナ様……」


 などと呟いては、窓の外に視線を投げる。

 その度に教室内の空気が一段と冷えていった。


 クラスメイト達は天宮を『痛いやつ』だと認識する。

 地獄のような高校デビューだけれど、それこそが天宮の狙いだったのだ。

 中には自分の黒歴史を思い出して悶える者もいたけれど、


「あいつはそっとしておこう」


 という共通認識が、一瞬のうちにして出来上がった。

 天宮は、ある種の特権階級を手に入れたのだ。


 こうして天宮は、望み通りの平穏な高校生活を送れることになる。

 はずだったのだが……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ