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天宮不在の入学式が終わり、各自のクラスに集まる。
天宮もすでに解放されていて、自席で周囲を警戒しつつ、ひっそりと身を丸めていた。
大沢由紀が、そんな天宮に近づき、
「ちょっとあんた、入学式からなに荒ぶってんのよ」
と彼の頭をぱしんと叩いた。
セミロングの茶髪に、かなりの長身。
大きく少し吊り上がった目が気の強そうな印象を人に与えるが、実際は面倒見がよく、気さくな一面を持っている。
男子よりも女子に人気があり、中学の卒業式には後輩の女子が一緒に写真を撮るために列をなしたほどだ。
といっても、男子に人気がないというわけではなく、告白されたことも一度や二度ではない。
ただ本人は恋愛に興味がないと公言しており、浮ついた話は一つもなかった。
そういう飄々とした態度もまた、彼女の人気を後押ししていた。
「あんたが土下座した女の子、ヤクザの娘って噂が流れてて、大変なことになってるんだから」
「わかってないな。ああいう大人しそうな奴ほど、意外とやばかったりするんだよ」
天宮と由紀は、中学時代からの仲だった。
由紀は引きこもっていた天宮を部屋から連れ出した張本人、つまりは恩人であり、天宮が母親以外で唯一、気を許している友人でもある。
そんな相手と進学先が同じで、クラスまで同じになった。
もちろん偶然ではない。
何かしらの因果が働いたとか、ましてやご都合主義でもない。
単純に母の恵子が、由紀と進学先が一緒だと知り、学校側に打診したのだ。
息子の現状と由紀との関係性を説明し、便宜を図ってもらった結果がこれである。
天宮の高校生活が少しでも平穏で楽しいものになりますように、と。
そんな母の願いも知らず、天宮は初日からフルスロットルだった。
「実は裏の世界と繋がりを持っていたり……。いや、それどころか組織を牛耳る存在かも……。あぁ、恐ろしい……」
天宮は顔を蒼白にして、ガタガタと震えていた。
由紀はそんな天宮の醜態に、もう何度目かもわからないため息を吐いた。
もしこれが、周囲の関心を引くためのパフォーマンスであれば、由紀は天宮に構ったりしなかっただろう。
でもそうではないことを、由紀はよく知っている。
天宮の言動がおかしくなったのは、中学二年の冬ごろからだった。
彼は常に何かに怯え、どんな些細なことに対しても過剰に反応するようになったのだ。
クラスの男子が友達の誕生日を祝うために、教室でクラッカーを鳴らした時なんて、天宮は窓を突き破って三階から飛び降りた。
奇跡的に無傷で生還したものの、クラッカーを鳴らした男子は停学になっていた。
修学旅行で大阪に行ったときなどは、食い倒れ人形を指差して、
「こっちを見てる……。あれはきっと生物兵器だ……。みんな殺される……」
などとぶつぶつと呟きだしたりした。
初めは取り合わなかった周りも、彼の動揺があまりに迫真だったため、次第に不安が伝播していった。
中には泣き出す女子もいて、道頓堀一帯は一時パニックに陥り、警察が出動するまでの騒動に発展した。
外国人観光客が多かったのも、原因の一つだと考えられる。
言葉が通じない分、天宮の動揺が直に伝わったのだ。
その後いろいろとあって、天宮は戎橋から約五百メートル下流で、川にぷかぷかと浮かんでいるところを警察に保護された。
それらも天宮の異常行動のほんの一部でしかない。
彼の突飛な行動に疲れ、友人の多くは彼の元から去っていった。
それでも由紀だけは彼を見捨てなかった。
天宮のような困った男を、由紀は放っておけないのだ。
なぜか妙に気になり世話を焼きたくなる。
端的に言えば由紀はダメ男が好きなのだ。
天宮はきっと社会で生きていけないだろうから、いつか由紀に養われる日がくるかもしれない。
お互い告白などはせず、なし崩し的に始まる同棲生活。
そして由紀は天宮をかいがいしく世話し、自分なしでは生きていけないほど依存させてから、あっさりと捨てるのだ。
「やっぱ男は経済力よね」
なんて言って、年上の一流企業勤めの男と結婚する。
その時、天宮はきっと世界を滅ぼすだろう。
世界の命運は由紀にかかっていると言っても過言ではなかった。
「まったく……。入学式を終えたばかりなのに、もう一躍有名人ね」
「えっ? ゆ、有名人? 俺が? なんで?」
「いや、なんでって……」
「お、教えてくれっ。俺が何をしたって言うんだっ!」
天宮は由紀の肩を掴んでガクガクと前後に揺った。
「いや、もう、これがそうだから」
可憐な女子に強制ヘッドバンキングをさせる天宮を、クラスメイト達が奇異の目で見ている。
天宮はこれでも本気で目立ちたくないと思っているのだから救いようがない。
「嘘だろ……。俺って、そんなに目立ってるのか?」
「うん」
「すごく?」
「ものすごく」
「そ、そんな……」
FXで全財産を溶かしたみたいな反応だ。
アホらしくても、そこまでショックを受けられると、気の毒にもなる。
「まぁ、有名人といえば、隣のクラスにも一人いるけどね」
由紀は天宮を励ますつもりで、そんな話題を振った。
「え?」
「入学式で、色々とあったのよ」
その時のことを思い出して、由紀はくすくすと笑った。
「いや、あれは本当にすごかった。あんた、見逃したことを一生後悔するわよ」
天宮不在の入学式。
新入生代表として登壇した背の高い男子が、本来なら答辞を読み上げるところで、
「我が名はダークサクリフェス! この世を征服せんとする者! ふははははっ! まずは手始めにこの学校からーー。あ、ちょっと待って。もう少しだから。痛いっ、痛いって!(教師陣によって強制的に降壇)」
ほんの短い間だったけれど、生徒たちに与えた衝撃は天宮すらも軽く凌駕する。
「ああいうのって、なんて言うんだっけ? 中二病、だっけ?」
「へえ、そんなヤバい奴がいるのか」
「いや、ヤバいのはあんたの方だけどね」
「はぁ⁉︎ なんでだよっ!」
「だって、あっちは笑い話だけど、あんたのは事件じゃん」
今はまだ、土下座した天宮よりも、土下座された眼鏡の少女に注意が向いている。
由紀が言うように、ヤクザの娘なんじゃないかと思われているのだ。
けれどすぐに誤解は解けるだろう。
そうなると、次に注目を集めるのは天宮だ。
ヤバい奴(笑)とマジでヤバそうな奴。
どちらの方がよりヤバいかは、言わずもがなだった。
その時だ。
天宮の天才的にアホな頭脳が閃いた。
「そ、そうか。どうしても目立ってしまうというなら、演じてしまえばいいんだ……。中二病を……。そういうキャラなのだと……」
「は?」
ぶつぶつと何事かを呟きだしたと思ったら、天宮は鞄を掴んで教室から飛び出していった。
「ちょっと! どこいくのよ!」
「すまん! しばらく休む! 先生にはうまいこと言っといてくれ!」
問題を起こして入学式に出席せず、そして顔合わせも済ませないまま無断で早退した男として、天宮の名は着実に広まっていくのであった。