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「嫌だぁああああ! 離せええええ!」

「おい! 暴れるな! 大人しくしろ!」

「出禁なんて、そんな……。目の前に異世界への道があるのに! すぐそこに冒険の旅が待ってるのに!」


 警備員五人を相手に大立ち回りを演じるアキラを、天宮は冷めた目で見る。


「なにやってんだ、あいつ……。周りに迷惑かけやがって」


 世界に迷惑をかけている天宮の発言とは思えない。

 実際、天宮は入学式の日に、体育教師を相手に大立ち回りを演じているのだ。

 とはいえ、自分を棚に上げることにおいても人智を超越した天宮のこと。

 なんなら神棚にすら易々と上げてしまう。


 天宮は暴れるアキラに近づき、後頭部におそろしく速い手刀をお見舞いする。

 手刀を見逃しちゃった警備員たちには、突然アキラが気絶したように見えただろう。


「お騒がせしまいた」


 警備員に頭を下げ、アキラを担ぎ上げる。

 そのまま軍用トラックの荷台に放り込んだ。


「どういうことだ……。一体、何が起きた。何が起きている。城島くんのパニックと何か関係が……。異世界? まさか……。彼らはまるで、行方不明以前の様子だった。服も髪も、まるで三ヶ月の時間経過がなかったように。……時空が歪んでいる?」

「あの、成美さん」


 天宮が声をかけると、成美はハッと我に帰った。


「俺たち、どうすればいい?」

「ああ。私は事後処理や、調べなければならないことがたくさんある。だから、先に帰ってくれ。家まで送るように、伝えておくから」

「わかった」


 混乱している成美を放っておくことに躊躇いはあった。

 でも自分がここに残ったところで、力にはなれないだろう。


 行方不明者たちが唐突に帰ってきた。

 それも三ヶ月前の、穴に降りた時の姿のままで。

 こんな異常事態、天宮の理解の外だ。

 今自分が成美にしてあげられるのは、思考の邪魔をしないことだけだと、天宮はそう判断する。


 まあ実際は理解の外どころか、天宮が「また俺なんかやっちゃいました?」をやっちゃっただけなのだが、天宮にはその記憶がない。

 そもそも行方不明者が帰ってきた時点で、騒動への興味は失せていた。


 一人だけ、依然行方不明のままだが、そのことはなぜか気にならなかった。

 むしろそれでいい気がするから不思議だ。


 天宮はトラックの荷台に飛び乗り、由紀に手を伸ばした。

 由紀が天宮の手を取り、引っ張り上げられる形で荷台に乗り込む。


「ありがとう」

「いや、別に」


 長い付き合いだけれど、肌が触れ合うのはこれが初めてだった。

 指先に残った温もりに、どんな名前をつければいいのか、人智を超越した天宮にもわからなかった。


 トラックはゆっくりと動き出す。

 アキラは気絶したまま荷台の床に転がっている。

 実質、二人きりの状況だ。

 往路とは比較にならない気まずい空気が漂っている。


「あのさ」


 切り出したのは、天宮の方だった。


「俺とアキラのどっちかが由紀と付き合うって話、あったじゃん」

「うん。二人が付き合ってるって噂をなくすためにね」

「それって、今でも有効?」

「まぁ……。他にいい案もないし」

「じゃあさ、俺と付き合うってことでもいいの?」

「いいも何も、私から言い出したことでしょ」

「……じゃあ、そういうことで」

「……うん、わかった」


 気まずさはそのままに、色合いだけが変わる。


 こうして天宮は、脱引きこもりに成功したのだった。

 あとはアキラが交際を否定さえすれば、BLの噂も二股の噂も払拭され、全てが丸く収まる。

 ……はずだったのだか。


「嫌だ。絶対に別れない」

「は? アキラ、お前、なに言って……」

「嫌だぁああああ! 捨てないでぇええ!」


 天宮が登校を再開した記念すべき日の昼休み。

 人通りの多い廊下で、アキラは天宮の足に泣いて縋りついた。


「もう俺には兄貴しかいないんです! 兄貴しか……」


 今回の騒動で、一番ダメージを負ったのが、実はアキラだったりする。

 それほどまでに、刻路美山脈の出禁を言い渡されたのが辛かったのだ。


 アキラからすれば、目の前で異世界へのゲートが閉ざされてしまったようなものだ。

 そうでなくても、刻路美山脈消失の真相に迫るのが、アキラの人生の目的だったのだ。


 あれから何度も山脈に忍び込もうとしたが、警備が厳重ですぐに捕まってしまった。

 成美が口利きをしてくれたおかげで警察沙汰にはならなかったものの、要注意人物としてしっかりと記録されてしまう。

 こうなってしまえば、研究所の職員として働く将来も、望み薄だろう。


 アキラからすれば、天宮だけが希望だった。

 成美の甥で、そもそも山脈を消し飛ばした張本人だ。

 記憶を消してしまったとはいえ、異世界を旅した実績もある。


 そんな天宮との繋がりが絶たれるのは、アキラにすれば親に捨てられるよりも、よっぽど危機的な状況だった。


「なんでもしますからぁ! なんでもしますからぁ!」


 アキラは公衆の面前で土下座までする。

 メンタルの異常な強さが災いした形だ。

 他人の目など気にせず、夢のためならプライドすら簡単に捨ててしまえる。

 城島明は、そういう人物なのだ。


 入学式の日。天宮は肩がぶつかった少女に土下座をした。

 そのせいで少女が送るはずだった学校生活は、がらりと一変した。

 その因果が、こんな形で自分に返ってこようとは。


 そんなふうに、アキラが修羅場を演じたせいで、今度はまた別の噂が生まれてしまう。

 由紀が天宮とアキラに二股をかけていたのではなく、天宮がアキラと由紀に二股をかけていた、という話になったのだ。


 周りの反応は、


「それはもう、なんかよくわからん」


 って感じだった。


 理解しようと思っても理解できないから、そのうちみんな考えるのをやめた。


 とはいえ結果だけを見れば、当初の目的は達成できたことになる。

 天宮の噂話で楽しむ連中はいなくなり、脱引きこもりもできたのだから。


 これにて一件落着。

 めでたしめでたし。




 ……とはいかない人たちがいる。


 そう、天宮に振り回されるだけ振り回された異世界の人たちだ。

 比喩ではなく、世界を丸ごとひっくり返されたのだ。

 全部めちゃくちゃにしておきながら、当人はさっさと元の世界に帰ってしまった。

 そんなことが、許されるはずもなく……。




 刻路美山脈跡地。


 天宮が開けた大穴の淵に、手がかかる。


「やっとだ……。やっと辿り着いた……」


 穴から這いずり出てきたのは、三つの影。

 彼らの目的は、もちろん……。


「待っていろ、天宮悠斗……。必ず責任を取らせてやる……」

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