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遡ること三十分前。
真新しい制服を着て、廊下を歩く天宮の緊張は、すでに臨界点に達していた。
周りにいるのは、自分と同じ新一年生。つまり見知らぬ相手ばかりだった。
天宮にとっては、天敵の巣に放り込まれたも同然の状況だ。
言葉の通じない外国で迷子になった幼子の方が、まだ落ち着いているレベル。
入学式のために体育館に向かう道すがら、天宮は全神経を研ぎ澄まして、何者かからの襲撃に備えていた。
授業中にする暇つぶしの妄想とはわけが違う。
たとえ謎の組織に襲われようと、生徒たちのパニックさえも完璧にシミュレートし、生き残るすべを模索していた。
それが、かえっていけなかった。
大勢の生徒が行きかう廊下。
人込みに押し出されるように、突然目の前に現れた小柄な少女。お洒落とは無縁の眼鏡をかけている。
何万通りもの襲撃に備えていた天宮は、そんなちょっとしたアクシデントに、咄嗟に対処できなかった。
天宮と少女がぶつかる。
これがラブコメなら、ベタベタなフラグが立つところだ。
ぶつかった衝撃で眼鏡を落とし、美人の素顔が露わになる。
あるいは口喧嘩に発展して、好感度最悪からの恋が始まる。
古き良きラブコメみたいで、一周回って乙だ。
でも人智を超越した天宮に、お約束など通用しない。
よろめいた少女が、
「ごめんなさい」
と反射的に謝った時には、天宮はすでに土下座していた。
「すみませんでしたぁああ!」
学校中に響き渡るほどの大声。
そして眼鏡の少女の足に縋りつく。
「どうかっ、どうか命だけはっ!」
天宮の狂乱に、何事だと周囲の注目が集まる。
目立つことが苦手な眼鏡の少女は、半ばパニックに陥った。
「お、落ち着いてくださいっ」
しかし天宮は、その少女のパニックすら、やすやすと凌駕してみせた。
優しく伸ばされた少女の手から、逃れるように体を捻り、
「いやあああああああああああああああ! 殺されるううううううううううううう!」
と首を切り落とされた鶏のようにのたうち回る。
「どうした、大丈夫か?」
騒ぎを聞きつけた教師が駆けつけ、天宮を保健室に連れて行こうとした。
「おい! この俺のをどこに連行する気だ! なんてことだ……。この学校はすでに組織の手にあったかっ」
「わけのわからないことを言っていないで、こっちにきなさい!」
「黙れ小童!」
「誰が小童だ! このクソガキが!」
屈強な体育教師五人を相手どり、天宮は一人で大立ち回りを演じた。
こうして天宮は入学式を欠席することに。
停学にならなかったのが不思議なほどだった。