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「兄貴ー。どこ行ったんですかー」
アキラは天宮を呼びながら、大穴の縁を歩く。
成美、アキラ、由紀の三人が研究所の中を散策をしているうちに、天宮が姿をくらませてしまったのだ。
当然、かなりの騒動になった。
それこそ神隠しのように、忽然といなくなったのだから。
中でも成美の狼狽ぶりは相当なものだった。
「まさか穴の周辺全てが、危険区域なのか? 悠斗も、十六名の調査隊と同じように……」
自分の判断で連れてきた甥っ子が、行方をくらませてしまったのだ。
焦るなという方が無理がある。
反面、天宮の特別な力を知るアキラは、どうせまたアホなことでもやってるんだろ、と気楽なものだった。
天宮が向かった先として唯一考えられるのが、この大穴だ。
ただ規模が規模だけに、こうして手分けをして探しているわけだけど、一向に足跡は見当たらなかった。
「アホアホどアホ、兄貴のどアホ」
豚豚子豚のリズムで歌っていると、近くの茂みが揺れて、何かが飛び出してきた。
野生動物かと一瞬身構えたが、なんてことはない、天宮だった。
「兄貴……。全く、どこ行ってたんですか? 勝手にいなくなるから、大事になってますよ」
天宮はポカンとした表情で、アキラの顔を見つめる。
「……アキラ? お前、アキラか?」
「はぁ? なに言って……」
天宮はアキラに抱きついた。
そしてポロポロと大粒の涙を流す。
「ちょ、兄貴っ?」
「よかった……。本当によかった……。戻ってこれたんだ……」
「戻ってこれた?」
「それにしても、お前全く変わってないな。あれから十年近く経ってんのに……。って、それもそうか。レカルドの秘術を使って、この時間軸を狙って戻ってきたんだから」
近くを通りかかった由紀が、天宮の存在に気づいて駆け寄ってくる。
「いた! ちょっと、天宮……。って、どうしたのっ⁉︎ なんで泣いてんのっ⁉︎」
「あ、大丈夫っす。いつもの兄貴なんで」
「あ、なんだ。いつものやつか」
号泣すらも、いつもの天宮で通じる謎の信頼感。
「とりあえず、兄貴が見つかったって、成美さんに伝えてください」
「オッケー」
由紀が立ち去る。
「てかいつまでくっついてんですか。気持ち悪い」
「なんだよ、久々の再会だってのに」
「久々って……」
「わかってる。お前の認識からすると、ほんの数十分だって。でも俺からすると、十年ぶりなんだ。少しくらい、感傷的になってもいいだろ?」
「うわぁ……。ちょっと前の俺って、こんな感じだったのか。きついな」
中二病時代を思い出し、アキラは顔を顰める。
「で? 今度はどんな設定ですか?」
「だから……。いや、説明は後だな。とりあえず救急車を呼んでくれ。みんな無事だと思うけどさ」
「救急車? 体調悪いんですか? 頭じゃなくて?」
「俺じゃないって。ほら」
「ほらって言われても。……え?」
アキラは首を伸ばし、天宮が指差す先を見る。
そこには、市場の魚のように、整然と並べられた人々がいる。
ぱっと見ただけで十名以上。
みんな眠ったように静かで、言われるまで存在に気づかなかった。
「な……。まさか……」
「ああ、行方不明になってた人たちだよ。本当に大変だった……。どうも転移先はランダムみたいでさ、異世界のあちこちに散らばっちゃってて……」
由紀が成美を連れて戻ってくる。
成美は珍しく感情的になっていて、顔に怒気の色が滲んでいた。
「悠斗。一体どこに行って……」
「あ、成美さん。行方不明になってた人たち、連れて帰ってきたよ」
「……は?」
成美が困惑した顔になる。
天宮が錯乱しているとでも思ったのだろう。
「成美さんっ」とアキラが言う。「あれっ」
アキラが示す先を見て、成美は息を呑んだ。
「えっ⁉︎ この人たちって……」と由紀も取り乱す。
当然だ。こんなイレギュラーな事態に直面して、冷静でいられる方がどうかしている。
それは成美でさえ例外ではなくて、彼女は数秒間固まっていた。
茫然としているのではなく、頭の中で仮説と検討を繰り広げているのだ。
しかしどれだけ考えても答えが出るものではない。
明らかに、理解の範疇を超えていた。
でもそこはやはり優秀な科学者だ。
混乱した中でも、優先順位をすぐに決める。
職員用の端末を取り出し、助けを呼んだ。
着任したばかりの色物科学者から、行方不明者発見の報を受けるのは、一体どんな気持ちなのだろう。
きっと半信半疑どころか、はなから虚言だと決めつけれるだろう。
呆れながらも仕事だからと呼び出しに応じ、この光景を目撃するのだ。
衝撃のあまり卒倒して、魚市の仲間入りを果たすだけかもしれない。
「詳しい話ーーは後だね。まず彼らの安否を確かめないと」
成美は横たわる彼らに駆け寄り、呼吸や脈、瞳孔の反応などを確認していく。
医学知識にも精通しているようで、成美の手際は迅速かつ丁寧だった。
由紀もさすがは世話好きと言ったところで、成美には遅れながらもすぐに混乱から立ち直り、テキパキと成美のサポートをしていた。
反面、アキラの行動は鈍かった。
刻路美山脈消失事件の真相や、天宮の特別な力を知る分、人命救助が最優先という割り切りがすぐにできなかったのだ。
聞きたいことが山ほどあった。
でも人命を軽視できるほどの薄情さを持ち合わせてもいない。
長い逡巡の末に、自分も助けに加わろうとした時、
「焦らなくても大丈夫だって」
と天宮が声をかけてきた。
アキラはほっとして、
「大丈夫って?」
と尋ねた。
「異世界は過酷なところでさ、みんな肉体的にも精神的にもかなり傷ついてたんだよ。だからレカルドの秘術を使って、行方不明直前まで状態を戻したんだ」
「異世界? レカルド?」
「成美さんは正しかった。穴はここじゃないどこかーー異世界に繋がっていたんだ」




