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天宮は成美から渡された端末を食い入るように見る。
行方不明になった、十六名の調査隊員。
男性が十一名、女性が五名。
肩書きはさまざまだ。
冒険家や自衛隊員、政府の広報。
中には現役アイドルなんかもいた。
きっと大人の事情が色々とあるのだろう。
詳細なプロフィールを読み込んでいく。
特に天宮が気になったのは、家族構成だ。
当然だけど、彼らにも家族がいる。
危険の伴う調査だからか、既婚者は少数だった。
それでも中には、幼い子供を持つ人もいる。
プロフィール上の情報でしかないのに、天宮の想像力は、家族団欒の情景をリアルに再現する。
そして、大切な人の安否がわからない悲嘆も。
幼い頃に見た、哀しみに打ちひしがれる母親恵子の姿が、フラッシュバックする。
妄想の世界に囚われ、気分が落ち込んでいく。
そのまま暗い穴に飲まれそうになった時、肩に衝撃があった。
ハッと顔を上げると、隣に座るアキラが肩を組んできていた。
そして抱きしめでもするように、乱暴に引き寄せられ、
「兄貴のせいじゃないっすよ」
と耳元で囁かれる。
「成美さんも言ってたでしょ。馬鹿な決定をした偉い連中の責任です」
軍用トラックの駆動音はかなり大きくて、対面の二人に聞こえる心配はなさそうだけど、念には念を入れたのだろう。
「……お前、急に優しくすんなよ。DV彼氏かよ」
「恋人がメンヘラなもんで」
お似合いカップルだ。
唐突なサービスシーンに、由紀は興奮して立ち上がる。
そのタイミングでトラックが揺れ、危うく荷台から転落しそうになっていた。
やがてトラックは建物の前で停まる。
マインクラフト初心者が作ったような、無骨な建物だった。
「ちょっと所長に挨拶してくるよ」と成美が言う。
「これ、もしかして刻路美研究所ですか? うわ、実在したんだ。都市伝説だと思ってた」アキラが少年のように興奮している。「あ、あの、よかったら、俺も中に……」
「不用意に備品に触れたりしないならね」
「本当ですかっ⁉︎」
「君は優秀だからね。いつか一緒に働く日が来るかもしれない」
「光栄です!」
「二人はどうする?」
「あ、私ちょっと酔っちゃったみたいで……」
由紀が申し訳なさそうに言う。
きっと唐突なサービスシーンのダメージもある。
「仮眠室があるから、そこを使うといいよ」
「ありがとうございます」
「悠斗は?」
「俺はいいや」
「……そう」
行方不明の話を聞いてから、天宮はずっと思い詰めた様子だ。
そんな天宮を一人にすることに、成美は抵抗を覚えた。
気遣う言葉が喉元まででかかったけれど、ギリギリのところで飲み込む。
そして自嘲するように小さく笑った。
幼い頃から一人が好きで、家族にすら干渉されることを拒んできた自分が、甥に対して過保護になっている。
そのことがおかしかったのだ。
「勝手に動くと怒られるから、トラックの近くにいるんだよ」
「わかってる」
後ろ髪を引かれながらも、アキラと由紀を連れて建物の中に入っていく。
警備員、それも要人の警護などに駆り出されるレベルのプロ中のプロが、近くに複数人いるのだ。
もし変な気を起こして勝手な行動を取ろうとしても、すぐに確保されるだろう。
天宮を置いていったとしても、危険に巻き込まれることはない。
成美のその判断は、間違ってはいなかった。
周辺の監視と警備は厳重で、勝手な行動を取るなど、まず不可能だ。
ただしそれは、相手が常人だった場合の話だ。
天宮は巡回中の警備員の背後にぴたと張り付く。
こうして呼吸を合わせている限り、気づかれることはない。
天宮は影のように警備員に付き従うことで、敷地内を移動した。
そして隙を見て、茂みの中に踏み入る。
草木を掻き分け、山脈跡地を登っていく。
「うわっ。くそ、蜘蛛の巣……」
天宮には登山経験がない。
しかも軽装で、登山道どころか獣道ですらない場所を進行しているのだ。
体力的には問題なくても、メンタル面がゴリゴリ削られていく。
そもそも天宮は明確な目的があって、こんなことをしているわけではないのだ。
自分のせいで十六名もの人が行方不明になったと知って、居ても立ってもいられなくなっただけだ。
「兄貴のせいじゃない」とアキラは言ってくれたけれど、自分が招いた事態であることは間違いなかった。
何が出来るかはわからない。
でも何か出来るかもしれない。
そんな焦燥感にも似た衝動に突き動かされているだけだ。
天宮は自分に期待していない。
力に目覚めたことで、若者が抱く根拠のない万能感は失なわれてしまっている。
大の大人が寄り集まってできないことを、自分一人にできるなんて、到底思えない。
でもわざとではないとはいえ、自分が開けた穴なのだ。
自分にしか気付けないこともあるかもしれない。
その気づきを、成美のような特別な人に伝えたら、行方不明者発見の一助くらいにはなるかもしれない。
そんな思いで独断行動をとっているのだけど、このままだと現地に着くことすらできないかもしれない。
成美たちに迷惑や心配をかけるつもりはないから、すぐに戻るつもりだったのに。
(諦めて、引き返そうか……)
そんな思いが過ぎる。
追い討ちをかけるように、天宮は絶壁に行き当たった。
ほぼ垂直の壁で、目測で二十メートルほどの高さがあった。
普段の天宮なら、とっくに心が折れている。
でも今の天宮は、自分のためではなく、人のために行動しているのだ。
きょろきょろと辺りを見回して、誰にも見られていないことを確認する。
それから足に軽く力を込めた。
子供用のアスレチックを踏破するような気軽さで、天宮は二十メートルの絶壁を登り切る。
それからまた周囲を確認し、忍者のように枝から枝へと飛び移る。
天宮はこれまで、自分の力をひた隠しにしてきた。
暴走してしまうことはたまにあったけれど、力を知られてしまっているアキラの前では例外として、自分の意思で力を発揮することはまずない。
特に身体能力系は目立つから、細心の注意を払っていた。
それが今、人命救助の大義名分の元、力を解放していく。
少しずつ出力を上げ、天宮は音速に近い速さで移動していた。
(やば……。気持ちいい……)
狭い檻から解き放たれたような恍惚感。
天宮は目的も忘れ、ただただ速度だけを追い求めていく。
そして……。
「あっ」
木立が途切れ、だだっ広い空間に飛ぶ。
目指していた場所、つまり大穴についたのだ。
音速に近い速度で飛び出した天宮は、空気抵抗によって徐々に減速する。
それに伴い思考も冷静になっていく。
ふと危機感を覚え、足元を見た。
虚空。
天宮を持ってしても底を認識することができない大穴だ。
これを自分がやったのか、と他人事のように思う。
「やばっ」
それからようやく現状を認識し、さっと血の気が引いた。
階段を踏み外したみたいな衝撃があり、体が自由落下を始める。
「うわあああああああ!」
天宮は悲鳴をあげ、頭から穴の底に落ちていった。




