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 真紅のアルファロメオが刻路美山脈の麓に着く。

 大仰なゲートがあり、成美が身分証を提示して中へと通される。

 車を簡易駐車場に停め、それから軍用トラックの荷台に乗り込む。


 さらに厳重なゲートがあって、そこであらゆる電子機器を取り上げられた。

 山道はろくに整備もされておらず、荷台はかなり揺れる。


「山脈が消失したあと、日本は国際世論から酷く叩かれたんだ。秘密裏に軍事兵器を開発しているとか、原子力発電所を建設いていたとか。本当に笑える話だよ。山の中に原発を作る馬鹿がどこにいるっていうんだ。ほとんどが取るに足らない陰謀論だったけど、世の中には、馬鹿を扇動するのがうまい狡賢い連中がいてね。大義名分を掲げて輸入規制をかける国なんかも出てきて」


 成美は天宮の顔を窺う。


「そのあたりの話は知らない?」

「…………」


 天宮は無言で首を左右に振る。

 当初はニュースにかじりついていたけれど、メンタルを病んで強迫観念に悩まされる様になってからは、一切の情報を入れないようにしていたのだ。

 だから行方不明の話も、天宮は本当に知らなかった。


 成美は頷く。


「それはいいことだね。自分に関係のないニュースなんて、聞かないに越したことはない」


 関係がないどころか、当事者だ。

 加害者と言ってしまってもいい。

 成美は話を続ける。


「国際世論に押される形で、政府のお偉いさん方は調査を急いだ。でもわかったのは、わけがわからないという事実だけだった。穴の淵から約二百メートル降りたところに、観測不能域がある。海外じゃデッドラインなんて呼ばれているけれど、私はあまり好きな呼び方じゃない。行方不明者は無事かもしれないんだ。わざわざ死を連想させる必要はないだろう? 観測不能域は完全に闇に閉ざされていて、あらゆる観測機器に不具合が出る。そしてあるラインを超えると、完全に遮断され、回収すら不可能になる。……職業柄、眉唾物の話を散々聞かされてきたけれど、これほど恐ろしい話はない。埋め立てようにも、規模が規模だ。星新一の有名なショートショートのように、いつか投げ入れたものが空から降ってくるかもしれないしね。地獄に繋がっていて近いうちに死者が這い出してくるなんて大真面目に語る宗教家や、戦犯国の日本に天罰が下る予兆だなんて騒ぐ活動家なんかも出て来て、本当にカオスだよ。腹立たしいのは、私もそんな連中の一味、なんなら統領だと思われていることだね。『オカルト研究家』なんて肩書きのせいだ。私はむしろ、オカルトがーー理解できないものが嫌いなんだ。だから研究し、白日の元に晒してやろうと躍起になっているんだよ。私はオカルトの敵だ。これはジョークではなくてね」


 話がそれちゃったね、と成美は言う。


「調査をすればするほど、わからないことが増えていく。風当たりは強くなり、株価は下がり不買運動なんかにまで発展していく。相当焦っていたんだろうね。愚かしいことこの上ないんだけど、お偉い方は調査隊を組織したんだ。危険は観測できなかった、なんて言ってね。そりゃそうだ。危険どころか、微粒子一つ観測できなかったんだから。判断を下した連中を、宇宙の果にでも放りだしてやりたいね。観測できないんだから、きっと元気にやっていくだろ」


 成美は本気で憤っているらしく、そこで言葉を切った。

 痛みに耐えるようにしばらく黙り、それからまた続ける。


「調査隊員の数は十六名。結果は知っての通り、生死不明。誰一人として戻らなかった」

「……調査隊の人は無事なの?」

「私はそう信じてるよ」

「その人たちって……」


 言葉が詰まって、そこから先を続けられなかった。

 成美はそんな甥っ子の姿を、愛情を持って見つめる。


 義姉から聞かされていたことだけど、本当に感受性が豊かな子だ。

 行方不明者の話を聞き、ここまで落いつめるとは思ってもいなかった。


 もちろん成美は天宮の力のことも、刻路美山脈を消し飛ばした張本人であることも知らない。

 根本的なところに認識のずれがあるのだけど、成美はこの弱々しい甥が可愛くて仕方がなかった。


 この感情は、実の兄には抱いたことがないものだった。

 それなのに、その兄の息子に対して、これほど強く愛情を抱いている。


 愛情なんて、ただのホルモンにすぎないのに。

 社会性を保ち、子孫を残すための機能だ。


 ……本当にそうだろうか。


 愛情と当時に、耐え難いほどの嗜虐心が湧いてくる。

 この感情が、社会性の維持に役立つとはとても思えなかった。


「……あまり体調が良くなさそうだね。引き返す?」

「いや……。それより、行方不明者の話を、もっと聞きたい」

「そうだね……」


 成美はポケットから端末を取り出し、天宮に手渡した。


「職員用の端末だよ。行方不明者の、詳しいプロフィールが載ってる」

「いいの?」

「もちろんダメだよ」

「やっぱダメなのかよ……」

「でも私は……」

「イレギュラーを愛してる?」

「……どうだろうね。とりあえず、他のページは覗かないようにね。極秘の情報が詰まってる。外に漏れたら、物理的に首が飛びかねない。悠斗のね」

「俺のかよ」


 血の繋がった甥っ子が、ぶっきらぼうに突っ込んでくる。

 成美は目を瞑り、深く呼吸を繰り返す。

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