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天宮は引きこもった経緯について話す。
第三者に理解してもらえるように噛み砕きながら。
自己省察が苦手な天宮は、たまに自分でも何を言っているのかわからなくなるけれど、その都度成美が話をまとめてくれたり、気づきを与えるための質問を投げかけてくれる。
そのおかげで、天宮は自分の思考や感情を、かなり整理することができた。
人に話を聞いてもらうだけで、これほど気持ちが楽になることが驚きだった。
このために成美はわざわざ一から話をさせたのかも知れない。
「なるほどね」
一通り話し終えたところで、成美が区切りをつけるように言う。
「ところで、悠斗は同性愛者が嫌いなの?」
「はい?」
どうしてそんな質問が出てくるのかわからず、素っ頓狂な声を出す。
本当に話を聞いていたのかすら疑わしくなる。
「だって、それだけアキラくんと付き合ってるって噂されるのが嫌なんでしょ?」
「いや、だからそれは前にアキラにも話したことだけど、同性愛者だって無理やり異性愛を押し付けられたら嫌だろっていう……」
「引きこもるほど?」
「それは……」
言葉に詰まる。
「大丈夫。悠斗に偏見がないのはわかってるよ。アキラくんと由紀くんのどっちと付き合うか、なんて話で本気で悩むくらいだからね。偏見があれば、そんなことで悩んだりしないでしょ」
「そ、そうだよ。同性愛とか関係なく、俺は目立つのが嫌いだから……」
「それも、引きこもる理由にはならないと思うけどね。そもそも悠斗は、私ほどじゃないけど、学校の問題児みたいじゃないか」
「成美さんの高校時代の話の方が気になる」
「機会があればおいおいね。私が言いたいのは、もともと目立っていたから、恋愛事情もそれだけ話題になったんでしょって話。今更ゲイだなんだで、引きこもるほどのこと?」
「…………」
成美の指摘はもっともだった。
そもそも天宮が目立つのを嫌うのは、力の発覚を恐れているからだ。
目立つことそのものに、忌避感があるわけではない。
(でも、じゃあなんで俺は……)
天宮の内心の自問に、成美が的確な答えを与える。
「悠斗は、由紀くんに裏切られたのが、それだけショックだったんじゃないの?」
かちりと、頭の中で歯車が噛み合うような音がする。
力に目覚めてからというもの、天宮は自分自身をコントロールできなくなった。
力はもちろんのこと、感情も思考も行動も、全てが制御不能だった。
でも初めて、感情と思考が一致し、あるべきところに収まったような感覚がする。
力に目覚めて以来、散々周りに迷惑をかけてきた。
友達は皆離れていき、教師たちですら匙を投げた。
ずっと寄り添ってくれたのは、母親の恵子と、それから由紀だけだった。
たとえダメ男好きの性癖によるところだったとしても、天宮は由紀に救われていたのだ。
その由紀が約束を破り、噂を広めた。
自分を裏切った。
それがどうしても許せなかったのだ。
天宮が引きこもっているのは、噂がどうのなんて話ではなくて、ただ由紀への当てつけでしかなかった。
もっと言えば、ただ拗ねているだけだ。
母親に叱られた幼子が、食事を放棄するようなものだ。
慰めてもらうことや、構ってもらうことを前提にした自暴自棄。
天宮は自分がどれほど由紀に甘えているのか気づき、赤面するほど恥ずかしくなった。
「すまない、本当にそろそろ行かないと」
成美が立ち上がる。
「どこ行くの?」
天宮が尋ねた。
なんてことない質問だったけれど、返ってきたのは意外な答えだった。
「これから刻路美山脈に登らなければならないんだ」
「え?」
何から何まで、想像を超えてくる人だ。
反応したのは、刻路美山脈消失事件に一家言のあるアキラだった。
「刻路美山脈は立ち入り禁止ですよ。俺も何度か忍び込もうとしましたけど、警備が厳重すぎて断念しました」
「観光や物見遊山じゃないよ。研究員として招集されたんだ」
「研究員?」と天宮。
コスプレのような白衣が、急に意味を持つ。
「なんで成美さんが……」
「Narumi Amamiya!」
天宮の呟きを遮るように、アキラが突然叫んだ。
「びっくりした……。なんで急に英語名っぽく……」
「世界的に有名なオカルト研究家じゃないですか! なんで教えてくれなかったんですか、兄貴っ」
「へえ」
「へえって……」
「俺、そういうオカルトとかダメなんだよ」
「オカルト総本山のクセに」
「誰がオカルト総本山だ。小さい頃に、成美さんに心霊スポット連れ回されたり、ありとあらゆる陰謀論叩き込まれたりして、トラウマになってんだよ」
「……もしかして兄貴が『組織』とかわけわかんないものに怯えてるのって、そのトラウマが原因なんじゃ……」
「……ありえる」
「私のこと、知っているの?」
「もちろんです。山脈消失事件に関する論文、全部読みましたよ。他にない斬新な切り口で、めちゃくちゃ面白かったです」
「ありがとう。光栄だよ」
天宮は意外に思う。
ひねくれ者で、他人を見下しがちなアキラが、こうも手放しに他人を褒めるだなんて。
「成美さんって、そんなにすごかったんだ。色物科学者だって話は聞いてたけど」
「色物は色物だよ。学界でめちゃくちゃ嫌われてるしね」
「う~ん。親戚のお姉さんが嫌われ者だなんて、知りたくなかったなぁ……」
「可愛い甥っ子が引きこもってるのも、なかなか辛いものがあるけどね」
「ぐうの音も出ん」
成美はふと思索に耽るように、視線を宙に彷徨わせた。
さっきまで会話していたのに、すでに自分だけの世界に入っている。
しばらく間があってから、
「そうだね」
と独り言のように呟いた。
「せっかくだから、三人も付いてくる?」
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