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天宮の部屋で四人が向き合う。
かなり手狭だ。
母親は不在で、成美もいるし、天宮はリビングに案内しようとした。
でも成美が、天宮の部屋を見てみたいと言い出したのだ。
基本的に天宮は成美に逆らえないので、こうして窮屈な思いをしているわけだ。
成美は興味深そうに、天宮の部屋を見回していた。
それだけでソワソワと落ち着かない気持ちになる。
「それで?」と天宮は尋ねた。「どうして突然うちに?」
由紀とアキラを連れ立っているのも意味がわからないし、聞きたいことだらけだ。
「母さんに用なら、今は遠出してるけど……」
「知ってる。温泉に行ってるんだろ」
「え、なんで知ってんの?」
「私が旅行代を出したからね。色々と悩んでるみたいだったから、リフレッシュでもしてきたらって」
「成美さんのせいだったのか……」
「何を言ってる。悠斗のせいだろ」
「いや、まあ、それはそうなんだけど……」
「それに、私は悠斗に会いにきたんだ。義姉さんがいない間にね。そのために旅行代を出したところもある」
「な、なんでわざわざ……」
「義姉さんがいたら、気軽に殴ることもできないだろ」
「気軽に殴る気なの?」
「悠斗次第だ」
ひええ、と天宮が慄いていると、
「ところで成美さんって、いくつなんですか?」
とアキラが場違いとも思える問いを投げかけた。
「私かい? 今年で二十五になるよ」
「ちょっと、いきなり失礼でしょ」と由紀が嗜める。
「いや、こうして並ぶと、姉弟みたいだなって思って」
実際アキラは、成美をもっと若く、大学生くらいだと思っていた。
「わかるけど、でも知り合ったばかりの女性に年齢を聞くなんて……」
「構わないよ。年齢に見合うものを積み上げてこなかった者が、年齢を恥じるんだ。私は私が積み上げてきたものに誇りを持っている」
「おぉ……。兄貴の叔母さん、かっこいいっすね」
「あ、馬鹿っ。お前ーー」
天宮の言葉が終わるより早く、成美のゲンコツがアキラを襲う。
「痛ぇ! いきなり何しやがんだっ」
「ふん」
「成美さんは、オバさんって言われるのが大嫌いなんだよ。だから俺も、名前で呼んでんの」
「いや、でも今のは……」
「たとえ親族関係を表してるだけでも、許せないらしい」
「えぇ……。何だったんだよ、さっきのかっこいい言葉は」
「私がまだ二十代半ばだから言えるだけだ。あと数年もすれば、多分私も実年齢を隠すようになる」
「嫌な自己分析だな……」
アキラは天宮と成美を何度か見比べてから、重いため息をついた。
「おい。なに血のつながりを実感してやがんだ」
「よく分かりましたね」
「言っとくけど、成美さんは俺なんか比じゃないくらい、マジでやばいからな」
「そんなに?」
「ああ。やばさが一周回って逆に信用できるレベル」
「やべえな」
「とにかく」と成美は話を戻した。「私も忙しい身でね。あまり時間は取れないんだ」
「ブラウン管みたいにガンガン殴りつければ、色々まともになるんじゃないですか?」とアキラが適当なことを言う。
「おい! ふざけんな!」と天宮はマジだ。
「ちょ、なんすか。ただの冗談でしょ」
「成美さんに冗談は通じねえ。物は試しで殺されかねん」
「私をなんだと思ってるんだ。手加減くらいはする」
「手加減って単語が出てくるのがおかしいって言ってんのっ」
「加減しない方がいいってこと?」
「そういう意味じゃなくてっ」
本気で焦る天宮を、アキラは興味深そうに観察する。
第三者の立場から見ると、成美の言動はあくまで冗談で、思春期の甥っ子をからかっているだけだとわかる。
でも天宮は本気で成美にビビっていた。
恐れているとまでは言わない。
微妙なニュアンスの違いだけど、そこには明確な差がある。
安全が保障されたジェットコースターと、命懸けのエクストリームスポーツの違いのようなものだ。
安心感の上に成り立った恐怖とでもいうのか。
とにかく、天宮の新たな弱点を知れて、アキラは満足だった。
「あのー」とアキラが割って入る。
天宮が助け舟を期待する目で振り返るが、もちろんそんなわけがない。
「俺たち、そろそろ失礼しますね。行きましょ、姉御」
「あ、うん」
「ちょっと待ったぁ!」
退出しようとするアキラの足に、天宮は飛びついた。
「なんでこのタイミングで帰んだよ!」
「家族の話し合いに、俺たちが同席するのはおかしいでしょ」
「だったら、そもそも何しに来たんだよ! そんな気遣いするタイプじゃねえだろ!」
「なんか面白そうだったから」
「早退できるって言われたから」
アキラと由紀が、それぞれ即答する。
天宮を気遣う気持ちなんて皆無だ。
由紀はまだわからないでもない。
成美が校長に直談判したことで、校外学習扱いになっているのだ。
学校に居場所がない由紀にとっては、願ってもない話だった。
だが問題はアキラだ。
こいつだけは生かして帰せない。
「おい、待て。面白くなるのはこれからだろ? 見逃していいのか?」
「俺が楽しみを放棄することで兄貴が困るなら、本望です」
「お前は本当に……」
「そんなに私と二人きりになるのが嫌なの?」
成美の素朴な問いに、天宮の背筋が凍る。
しかし追い詰められると一周回ってキモが据わるタイプの天宮は、
「そんなに成美さんと二人きりになるのが嫌です!」
と衝動的に答える。
すると成美はシュンとして、
「そうか……。私はそんなに嫌われていたんだな……」
「あ、いや……。嫌いとかってわけじゃ……」
「冗談だよ。悠斗は私を恐れているだけで、身内としての好意はちゃんと持ってくれていることを、私は知っているよ」
「そこまで理解しておいて、なんで……」
「人間関係は相互理解が大切なんだ。可愛い甥っ子をからかいたい私の気持ちも、理解してくれ」
「小学生男子と同じことを、含蓄ある風に話すなよ……」
成美はちらと腕時計を見る。
「正直なところ、私も二人にはこの場にいてほしいね。悠斗が引きこもってる理由と、二人は関係しているんだ。いてくれた方が、解決が早いと思うから。もちろん強制はしないし、できないけどね」
成美に言われて、二人は腰を落ち着け直した。
自分が言っても従わなかったくせに、成美の言葉にはあっさり従うのが気になったが、ひとまずホッとする。
「じゃあ、話を聞くよ」
「聞くよって言われても……。こいつらから話、聞いてないの?」
「もちろん聞いたさ。でも私は悠斗の口から、悠斗の言葉で聞きたいんだ」
「…………」
こうしてたまに真剣な顔をするから、天宮は成美を嫌いになれないのだ。




