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「悠斗が引きこもってると聞いてね。あまり干渉する気はなかったんだけど、さすがに放っておけなくて。近くに来る用事もあったしね」


 女性は来訪の意を話し始める。

 そんな成美の様子を、アキラはそれとなく観察していた。

 言われてみると、どことなく天宮と顔立ちが似ている気もする。


 由紀が成美を部室に招き入れて、椅子を勧めた。

 成美は感謝の意を言葉にし、生徒用の椅子に座る。

 第一印象ほど、冷たい人ではないのかもしれない、とアキラは思った。


「でも、どうしてここに?」とアキラは尋ねた。

「思春期の少年が、そう簡単に悩みを打ち明けたりはしないでしょ。だから先に、周囲の話を聞いておこうと思ってね。十代の悩みなんて、大抵が学校内のトラブルだから」


 効率重視の考え方は、アキラの価値観とマッチするものだ。

 なんとなく気が合いそうというか、同類の匂いを感じながらも、疑問点は他にもあった。


「そもそもどうやった校内に? もしかして、忍び込んだんですか?」

「まさか。ちゃんと許可をとったよ」


 アキラは訝しむ。

 放課後ならまだしも、昼休みに部外者を立ち入らせることなんて、あるのだろうか。

 しかも付き添い人もおらず、単独で行動している。


 到底、頭の硬い教師たちが許可するとは思えない。

 アキラの反応から、疑問を読み取ったのだろう。


「私はこの学校の出身なんだ」


 と尋ねられる前に成美が説明を加える。


「放課後だと、肝心の情報収集が難しいだろう? 顔見知りの教師が、まだたくさんこの学校にはいるからね。多少の融通は効く」

「へえ。人気者だったんですね」

「いや、むしろ嫌われていたよ」

「え?」

「私を敵に回すとどれほど厄介か、在学中の三年間で嫌というほど思い知ってるから」

「なにをやらかしたんだ……」


 教師たちの言う『あの天宮』には、『あの天宮成美の甥』というニュアンスも含まれている。


「おかげで、面白い話が聞けたよ。随分と、青春しているみたいだね」


 含みを持たせるように、アキラと由紀を交互に見る。

 こんな辺鄙な部室を訪ねてきたのは、もちろん偶然なんかじゃない。

 名前だって知られていたし、当然、二股の話は聞き及んでいるようだ。


「違うんですっ」


 と由紀が焦ったように言う。

「二股が原因じゃないし、そもそも二股なんてかけてないしっ」

「どういうこと?」


 由紀は大雑把な経緯を話す。

 ゲイ疑惑と自分の裏切り。

 挽回しようと形だけの交際を申し込んだら断られ、なぜか影も形もない二股に落ち着いたこと。


 そんな一連の出来事を、成美は愉快そうに聞いていた。

 表情の変化が少ないだけで、感情はむしろ豊かなのかもしれない。


「それはそれで、青春だね」

「他人事だと思って……」


 由紀が恨めしそうに言う。


「すまない。私は死ぬか殺すかの十代を送っていたからね。本当に羨ましく感じたんだ」

「どんな十代だよ……」とアキラが突っ込む。

「とにかく、事情はわかった。悠斗と話してみるよ。君たちも来るかい?」

「来るかいと言われても、まだ学校終わってないし……」


 由紀の言葉に、大丈夫だよ、と成美は言う。


「私の在学中から、校長は変わっていないから」


    *


 インターホンが鳴る。

 天宮は漫画から顔を上げたものの、すぐに物語の世界に戻る。

 由紀かアキラが訪ねてきたのかと思ったけれど、まだ学校が終わる時間じゃない。


 通販を頼んだりもしていないから、どうせ宗教の勧誘かセールスだろうと判断する。

 何度かインターホンが鳴った後、かちゃりと錠が開く音がした。


(あ、母さんが帰ってきたのかな)


 でもすぐに違和感に気づく。

 もし母親なのだとしたら、どうしてインターホンを鳴らす必要があったのだろう。

 扉が開く音と、複数人の足音。


(まさか、とうとう組織にバレて……)


 警戒心が高まる。

 母親が不在でよかった。

 いや、もしかしたら母親の逃避行も、組織の仕組んだ罠なんじゃ……。


 妄想が加速度的に膨らむ。

 相手に有利な状況を作られる前に、こちらから先制攻撃を……。

 なんて考えたところで、


「兄貴! いるんでしょ!」


 とアキラの声がした。


「ちょっと、そんな大きな声出さなくてもいいでしょ。近所迷惑じゃない」と由紀の声まで。

「リスクヘッジです。あの人のことだから、また暴走して厄介ごとを起こしかねないでしょ。先に潰しておかないと」


 良き理解者でありながら、悪しき友人のアキラが、的確に天宮の思考を見抜いていた。

 天宮は体の力を抜き、椅子から立ち上がる。


「お前ら、まだ学校のはずだろ。てかどうやって鍵を……」


 そう言いながら部屋から出たんだけど……。

 そこには二人の友人の他に、もう一人、見知った女性がいて……。


「やあ、久しぶりだね、悠斗」


 と成美が微笑みかけてくる。

「もしもの時のために、鍵は義姉さんから預かっているんだ」

「な、成美さん……」


 さっと血の気が引く。

 彼女は組織のような、存在が不確かな脅威ではない。

 実在する、天宮の天敵だった。

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