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天宮悠斗が力に目覚めたのは中学二年の冬だった  作者: 相上和音
第7話 脱引きこもり作戦その3
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 文芸部への道すがら、前方から見知った少女が歩いてきた。

 伸ばし放題の黒髪に、オシャレとは縁遠い銀縁のメガネ。


「インキャ女」で画像検索したら、三スクロール目くらいに現れそうな見た目だ。

 検索上位は「インキャのコスプレをした可愛い女」で埋め尽くされるのだ。

 本物のインキャは、インキャの中ですら目立たない。


 でもどうせこのタイプは、メガネを外せば美人なんでしょ?

 なんて思ったそこのあなた。

 その通りだが、その設定を今後活かすかはまだ未定だ。


 ともかく、そのインキャ女と由紀には、浅からぬ因縁があった。

 本来なら交わることのない対極の二人を繋ぐのは、同じ趣味。

 そう、由紀が天宮とアキラの関係をこっそりと伝え、広く知れ渡る原因になった同好の士こそが、彼女なのだった。


 由紀にとっては、あまり会いたくない相手だった。

 別に彼女のことを恨んでいるわけではない。

 ここだけの話、という約束を破られたのはショックだったけれど、でも悪いのはやはり由紀なのだ。


 由紀はそのことを十二分に理解している。

 それでも感情はそう簡単に割り切れるものではなく、顔を合わせたくない相手であることに違いはなかった。


 でも今はそんなことも言ってられない。

 まだ入学から日が浅いから、クラスの外にまで人脈の輪が広がっていないのだ。

 その分クラス内での立場は確固としたものだったけれど、現状がこれだ。

 たとえ裏切られた相手でも、彼女は貴重なクラスの外の友人なのだ。


「あ、久しぶり……。あのさ……」


 できるだけ心の中の蟠りを表に出さないように努めながら、由紀は彼女に話しかけた。


「チッ」


 舌打ちが返ってくる。

 予想外の反応すぎて、頭が真っ白になってしまう。


 相手は約束を破り、ここだけの話を広めたのだ。

 絶対に後ろめたい思いをしているはずで、私の方から親しげに話しかけられたことで、ドギマギしつつも喜ぶはずだ。

 由紀はそんなふうに考えていた。


 それなのに、返ってきたのは苛立たしげな舌打ち一つ。

 そしてすれ違う瞬間に、ナイフでブスリと刺すみたいに、彼女はぼそりとつぶやいた。


「薔薇の間に挟まる女は死ね」


 その一言で、由紀は自分が置かれている立場をほぼ完璧に理解した。

 由紀は衝撃のあまり、その場に立ち尽くす。

 たっぷり二分は固まってから、早足に歩き出す。


 目的地は変わっていない。

 でも心境はまるで別物になっていた。

 さっきまでは安息の地に逃げ込むような気持ちだったけれど、今では敵の根城に攻め込むような思いだ。


 文芸部の扉を勢いよく開く。

 アキラがすでにそこにいて、びくりと体を震わせた。


「なんだ、姉御か。びっくりした……。どうしたんですか、そんなーー」

「ねえ、どういうこと?」


 アキラの言葉を遮るように尋ねる。

 声を荒げたわけではないし、むしろ淡々とした声音だったけれど、それがかえって迫力に繋がっていた。


「どうって、なにが?」

「なにがじゃないわよ。なんで私が『あんたら二人と』付き合ってることになってんのよ」


 そうなのだ。

 天宮とアキラが三日三晩争った末に出した結論が、「どちらも由紀と付き合う」というものだったのだ。


「いや、それがね。どっちも平等に嫌な思いをした方が、フェアだなって話になって」

「フェアってなに? 私だけダメージデカすぎない?」


 天宮とアキラはどちらも変人認定されているものの、イケメンであることには違いなかった。

 むしろ変人であるが故に、市場価値が下がっていて、ルックスだけで言えば釣り合わない女子たちも、


(私でも付き合えたり……)


 なんて夢想したりしていた。

 なにせ天宮とアキラは、どちらも『顔だけは』いいのだ。

 高級ブランドのアウトレット品のように、


「意外と狙い目なんじゃ……」


 という意見がちらほらと出始めていた。

 二人の変人性はすでに認知されていて、周囲に受け入れられつつある。

 そのおかげで、暴落していた彼らの市場価値はじわじわと回復し、むしろ人気になりつつあったのだ。


 そんな二人を、クラスの人気者が節操なく掻っ攫っていく。

 女子たちからの反発は当然のこと、男子たちからも不評だった。

 二人ともがかなりのイケメンであるせいで、重度の面食いだと思われたのだ。

 女子に幻想を抱く年頃の男子には、その事実は大変にショックで、特に自分のルックスに自信のない男子からの反感は凄まじいものだった。


「それで、天宮は?」

「争ってるうちに『脱引きこもり』って本来の目的を忘れちゃって。『二股かけられてるって噂されるのも、それはそれで嫌』つって結局出てこなかった」

「バカなの?」


 呆れて怒る気にもなれない。

 元凶が自分にあるとはいえ、この仕打ちはあんまりだ。


 三兄弟を解き放つか……。


 一瞬そんな破滅的な考えが浮かぶ。

 追い詰められた独裁者が、核の発射ボタンを衝動的に押してしまうような……。


 窓の外、消し飛んだ山脈に視線を投げる。

 齢十六にして、追い詰められた独裁者に共感する由紀だった。


 その時だ。

 背後の扉が開かれる音がする。

 こんな辺鄙な場所に訪れる人物は限られている。


 動物的な勘で危険を察知した天宮が、慌てて駆けつけてきたのかと思った。

 でも振り返ってみると、そこにいたのは見知らぬ女性だった。


 ダウナー系の美人で、白衣を身に纏っている。

 理科系の先生かと思ったけれど、学校内で見かけた記憶がない。

 もちろん全ての教師を覚えているわけではないけれど、その不機嫌というか、気怠そうな表情は、教師のものとは思えなかった。


 女性は緩慢な動きで指を差してくる。


「君が、大沢由紀くん」


 仮想のメニュー画面でも操作するように、すいと指先をアキラに移す。


「そして君が、城島明くん。で、合ってるかな?」


 由紀とアキラは顔を見合わせ、お互い面識がないことを確認する。


「そうですけど」と由紀が答えた。

「それで、あなたは?」とアキラが尋ねる。

「失礼。自己紹介がまだだったね。私は天宮成美っていうんだ」

「天宮?」


 二人が同時に繰り返す。


「ああ」


 と、女性は相変わらず感情の読めない無表情で言う。


「悠斗は私の甥だ」

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