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なにはともあれ、由紀は三日ぶりに登校する。
教室に入ってまず目についたのは、窓際の空席だった。
どうやら天宮は依然、引きこもっているようだ。
始業時間までまだあるけれど、チャイムと同時に駆け込んでくる、なんてことはまずないだろう。
そんな期待を抱けるほど、由紀は夢みがちじゃない。
自席に座り、一息ついたところで、由紀は異変に気づいた。
誰も自分に近寄ってこないのだ。
由紀には自分が人気者だという自覚がある。
自惚れてるわけではなく、客観的事実としてそう認識しているのだ。
その人気者の自分が、三日も病欠していたのだ。
登校したと同時に、取り囲まれると思っていた。
リンゴが地面に落ちるのと同じように、それが自然の摂理だと。
教室内を見回してみると、臆病な小動物がさっと茂みに隠れるように、皆が視線をそらした。
もし誰とも目が合わなかっただけなら、ここまで奇妙には感じなかっただろう。
でもそうじゃない。
みんな由紀を意識しておきながら、目が合うことを避けたのだ。
違和感どころか、恐怖心すら湧いてくる。
由紀は子供の頃に観た短編のホラーアニメを思い出した。
ある少女が、クラスメイトたちからイジメを受ける。
昨日まで仲良く接していたのに、みんな自分を無視するのだ。
話しかけても、肩を叩いても、誰一人反応しない。
そのくせ、裏ではコソコソと自分の話をしている。
あまりの執拗さに我慢の限界を迎えた主人公は、授業中に教壇に上がってクラスメイトたちを厳しく攻め立てた。
なんでこんな仕打ちを受けなければならないのかと、私がいったい何をしたのだと、必死に訴えかける。
泣き叫ぶように、罵詈雑言を浴びせかけもした。
でも……。
やはり反応するものは誰もいなかった。
クラスメイトたちだけでなく、先生さえも。
淡々と授業が進んでいく。
先ほどの主人公の慟哭が、その静けさをさらに際立てる。
主人公は教室を飛び出し、家に逃げ帰った。
家の中は薄暗い。
まだ昼間なのに、カーテンが引かれているのだ。
そんな薄暗い居間のソファに母親が腰掛けていて、深く項垂れていた。
「お母さんっ」
主人公はそう呼びかける。
どこか、予感めいた恐怖心を内包した声だった。
その予感は当たり、母親は返事をしない。
一切の感情を失ったような無表情で、床の一点を見つめ続けている。
かと思うと、突然メソメソと泣き始めた。
そして主人公の名前を、繰り返し呟くのだ。
その時、嗅ぎなれない臭いが、主人公の鼻腔をくすぐる。
その臭いに導かれるように、隣の和室に足を踏み入れる。
部屋の隅の仏間に、仏壇が置かれていた。
そこは数日前まで、物置になっていたはずだ。
匂いの主である線香が、薄暗い部屋を淡く照らしている。
線香にそれほどの光量があるわけないのだが、演出としてそうなっていたのだ。
そして主人公は仏壇に置かれた自分の遺影を認め、自分が学校帰りに事故に巻き込まれていたことを思い出す。
主人公の悲鳴をぶつ切りにするように画面が暗転し、数秒の間があってからエンディングが流れる。
暗くゆったりとしながら、どこか明るくもある、不思議な曲調の歌だった。
そのアニメを観て以来、由紀は、
「自分はとっくに死んでいるんじゃないか」
という強迫観念に似た妄想に、しばらく悩ませられた。
そんな成長とともに忘れていった幼少期のトラウマが蘇り、由紀の全身に鳥肌が立つ。
それほどまでに、
「病み上がりの私を誰も心配しない」
という状況が異様に思えたのだ。
クソとまではいかなくとも、十分嫌な女である。
由紀はきつく目を閉じ、なんとか平静を保つ。
クラスメイトたちは私を認識していないわけではなくて、避けているだけだ。
大丈夫、私は死んでなんていない。
そう自分に何度も言い聞かせ、ようやく落ち着きを取り戻す。
それから疑問に思う。
(クラスメイトから避けられている? この私が?)
いちいち考えることが尊大だけど、あくまで客観的事実に基づいた思考であることを、由紀の名誉のために強調しておきたい。
何人かの仲のいいクラスメイトに、こちらから話しかけてもみた。
でも露骨に避けられてしまった。
無視こそされなかったけれど、迷惑がっているのは明らかだった。
その反応には、怒りや侮蔑の色も混じっていた。
(私が休んでいる間に、一体なにが……)
由紀はあたふたするばかりだ。
これまでの人生、ずっと人気者の地位に君臨してきたのだ。
腫れ物のように扱われた経験なんてあるわけもなく、耐性がまるでできていなかった。
だから天宮とアキラに邪険にされた時、由紀はあれほど取り乱したのだ。
仲間外れにされている誰かに手を差し伸べたことは何度もある。
でも自分が仲間外れにされた時の対処法は心得ていなかった。
戸惑っているうちに時間だけが過ぎていく。
十分休みはまだよかった。
トイレや次の授業の準備で時間を潰せたから。
でも昼休みはそうはいかない。
昼食というぼっち泣かせの強制イベントが発生するのだ。
でも幸いなことに、由紀には居場所があった。
校舎の隅。問題児の巣、文芸部の部室だ。
性癖を満たすために通っていたことが、こんな形で役に立つとは。
由紀はあえて緩慢な動作で弁当箱を取り出す。
それから「最初からこのつもりでしたけど?」と言わんばかりの悠然とした足取りで教室を出た。
いわゆる「ノーダメージアピール」だ。
インキャが自然と身につける技を、由紀はたった半日で取得していた。
そして由紀は、文芸部の部室へと向かった。




