表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天宮悠斗が力に目覚めたのは中学二年の冬だった  作者: 相上和音
第7話 脱引きこもり作戦その3
30/41

 なにはともあれ、由紀は三日ぶりに登校する。

 教室に入ってまず目についたのは、窓際の空席だった。

 どうやら天宮は依然、引きこもっているようだ。


 始業時間までまだあるけれど、チャイムと同時に駆け込んでくる、なんてことはまずないだろう。

 そんな期待を抱けるほど、由紀は夢みがちじゃない。


 自席に座り、一息ついたところで、由紀は異変に気づいた。

 誰も自分に近寄ってこないのだ。

 由紀には自分が人気者だという自覚がある。

 自惚れてるわけではなく、客観的事実としてそう認識しているのだ。


 その人気者の自分が、三日も病欠していたのだ。

 登校したと同時に、取り囲まれると思っていた。

 リンゴが地面に落ちるのと同じように、それが自然の摂理だと。


 教室内を見回してみると、臆病な小動物がさっと茂みに隠れるように、皆が視線をそらした。

 もし誰とも目が合わなかっただけなら、ここまで奇妙には感じなかっただろう。


 でもそうじゃない。

 みんな由紀を意識しておきながら、目が合うことを避けたのだ。

 違和感どころか、恐怖心すら湧いてくる。


 由紀は子供の頃に観た短編のホラーアニメを思い出した。

 ある少女が、クラスメイトたちからイジメを受ける。

 昨日まで仲良く接していたのに、みんな自分を無視するのだ。

 話しかけても、肩を叩いても、誰一人反応しない。


 そのくせ、裏ではコソコソと自分の話をしている。

 あまりの執拗さに我慢の限界を迎えた主人公は、授業中に教壇に上がってクラスメイトたちを厳しく攻め立てた。

 なんでこんな仕打ちを受けなければならないのかと、私がいったい何をしたのだと、必死に訴えかける。

 泣き叫ぶように、罵詈雑言を浴びせかけもした。


 でも……。

 やはり反応するものは誰もいなかった。

 クラスメイトたちだけでなく、先生さえも。


 淡々と授業が進んでいく。

 先ほどの主人公の慟哭が、その静けさをさらに際立てる。

 主人公は教室を飛び出し、家に逃げ帰った。


 家の中は薄暗い。

 まだ昼間なのに、カーテンが引かれているのだ。

 そんな薄暗い居間のソファに母親が腰掛けていて、深く項垂れていた。


「お母さんっ」


 主人公はそう呼びかける。

 どこか、予感めいた恐怖心を内包した声だった。

 その予感は当たり、母親は返事をしない。

 一切の感情を失ったような無表情で、床の一点を見つめ続けている。


 かと思うと、突然メソメソと泣き始めた。

 そして主人公の名前を、繰り返し呟くのだ。


 その時、嗅ぎなれない臭いが、主人公の鼻腔をくすぐる。

 その臭いに導かれるように、隣の和室に足を踏み入れる。

 部屋の隅の仏間に、仏壇が置かれていた。


 そこは数日前まで、物置になっていたはずだ。

 匂いの主である線香が、薄暗い部屋を淡く照らしている。

 線香にそれほどの光量があるわけないのだが、演出としてそうなっていたのだ。


 そして主人公は仏壇に置かれた自分の遺影を認め、自分が学校帰りに事故に巻き込まれていたことを思い出す。

 主人公の悲鳴をぶつ切りにするように画面が暗転し、数秒の間があってからエンディングが流れる。

 暗くゆったりとしながら、どこか明るくもある、不思議な曲調の歌だった。


 そのアニメを観て以来、由紀は、


「自分はとっくに死んでいるんじゃないか」


 という強迫観念に似た妄想に、しばらく悩ませられた。

 そんな成長とともに忘れていった幼少期のトラウマが蘇り、由紀の全身に鳥肌が立つ。

 それほどまでに、


「病み上がりの私を誰も心配しない」


 という状況が異様に思えたのだ。

 クソとまではいかなくとも、十分嫌な女である。

 由紀はきつく目を閉じ、なんとか平静を保つ。


 クラスメイトたちは私を認識していないわけではなくて、避けているだけだ。

 大丈夫、私は死んでなんていない。

 そう自分に何度も言い聞かせ、ようやく落ち着きを取り戻す。

 それから疑問に思う。


(クラスメイトから避けられている? この私が?)


 いちいち考えることが尊大だけど、あくまで客観的事実に基づいた思考であることを、由紀の名誉のために強調しておきたい。

 何人かの仲のいいクラスメイトに、こちらから話しかけてもみた。


 でも露骨に避けられてしまった。

 無視こそされなかったけれど、迷惑がっているのは明らかだった。

 その反応には、怒りや侮蔑の色も混じっていた。


(私が休んでいる間に、一体なにが……)


 由紀はあたふたするばかりだ。

 これまでの人生、ずっと人気者の地位に君臨してきたのだ。

 腫れ物のように扱われた経験なんてあるわけもなく、耐性がまるでできていなかった。


 だから天宮とアキラに邪険にされた時、由紀はあれほど取り乱したのだ。

 仲間外れにされている誰かに手を差し伸べたことは何度もある。

 でも自分が仲間外れにされた時の対処法は心得ていなかった。


 戸惑っているうちに時間だけが過ぎていく。

 十分休みはまだよかった。

 トイレや次の授業の準備で時間を潰せたから。


 でも昼休みはそうはいかない。

 昼食というぼっち泣かせの強制イベントが発生するのだ。

 でも幸いなことに、由紀には居場所があった。


 校舎の隅。問題児の巣、文芸部の部室だ。

 性癖を満たすために通っていたことが、こんな形で役に立つとは。

 由紀はあえて緩慢な動作で弁当箱を取り出す。


 それから「最初からこのつもりでしたけど?」と言わんばかりの悠然とした足取りで教室を出た。

 いわゆる「ノーダメージアピール」だ。

 インキャが自然と身につける技を、由紀はたった半日で取得していた。


 そして由紀は、文芸部の部室へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ