表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天宮悠斗が力に目覚めたのは中学二年の冬だった  作者: 相上和音
第7話 脱引きこもり作戦その3
29/41

 天宮家を飛び出した由紀は、そのまま帰ることはせず、団地の階段に座り込んでいた。

 泣きまねをしながら、天宮とアキラが追いかけてくるのを待つ。


 しばらくして、人の気配に顔を上げると、通りかかった主婦と目があった。

 怪訝な顔をされ、由紀は咄嗟に愛想笑いをする。

 主婦は怯えたように目を逸らした。


 無視すると逆上されるとでも考えたのか、主婦は会釈だけして、来た道を引き返していった。

 想定外のダメージを受ける由紀。

 かまってちゃんムーブなんてする自分が悪いのだが、そんなふうに考えられる精神状態ではなかった。


(それもこれも、あいつらが……)


 由紀は勢いよく立ち上がると、天宮家にとって返した。


「ちょっとあんたたち! どうして追いかけてこないーー」

「ふざけんじゃねえ!」


 突然の怒号に、由紀はビクッと体を震わせた。

 二人は激しく言い争っているようだ。


 どんがらがっしゃん! と騒々しい音までする。

 由紀は恐る恐る、扉の隙間から部屋の中を覗いた。


「なんで俺が由紀と付き合わなきゃいけねえんだよ!」

「それはこっちのセリフですよ。姉御は兄貴と付き合う提案をしたんですよ。なら兄貴が付き合うのが筋でしょ」

「そんな筋はねえ」

「なんと言われようと、俺はごめんです。そもそも兄貴が引きこもってるのが悪いんだから、自分の尻くらい自分で拭け」

「次、正論言ったら殺す」

「たとえ殺されようと、姉御とは付き合いません」

「なら終わりだわ。俺は死ぬまで引きこもることになるわ」


 二人の男、それも両方イケメンの同窓生が、自分を巡って激しく争っている。

 字面だけを見れば夢のような状況だけど、取り合っているのではなく押し付けあっているのだから、転じて悪夢だ。


 由紀は扉をそっと閉じる。

 同時に部屋の中がしんと静まり返った。

 二人が争いの場を亜空間に移したのだ。


 あとほんの一瞬、扉を閉じるのが遅ければ、由紀も天宮の特別な力を知ることになっていただろう。

 そうなれば、この後に待ち受けている凄惨な出来事も、また違うものになっていたかもしれない。

 でも由紀は天宮の力に気付きそびれてしまった。

 静寂の違和感に気づける心の余裕も、この時の由紀にはなかった。


 どばっと涙が溢れる。

 かまってちゃんムーブの嘘泣きではなく、ガチのやつだ。

 由紀は今度こそ天宮宅を飛び出し、自宅に駆け込んだ。


 そして三人の兄に泣きつく。

 由紀はまるで二人の男に辱められたような熱量で、どっちも私と付き合うのを嫌がるの! なんて支離滅裂なことを話す。

 クソ女とメンヘラ女は、薄い壁を隔てて隣り合っているのだ。


 普通の神経をしていたら、適当に宥めるか逆に説教でもしそうなところだが、三兄弟は誰一人として普通の神経をしていなかった。

 妹と離れるのが嫌だからと、頑なに実家暮らしをやめない筋金入りのシスコンどもなのだ。


 長男は通勤に片道二時間をかけている。

 次男はシスコンが困じて婚約者に逃げられた。

 三男は給料の大半を妹に貢いでいる。


 中でもやばいのが三男だ。

 由紀は散財癖があるわけでも、ブランド志向があるわけでもないから、小遣いなんて月に一万もあれば十分なのだ。

 でも三男の貢ぎ癖はその程度じゃ満たされない。

 妹のために金を使うことに、快感が生じてしまっているのだ。


 由紀がやめてと何度頼んでも、給料が入るたびに高額なプレゼントを送ってくる。

 しかも三男のセンスはなかなかに酷く、由紀は送られたプレゼントに苦い顔をするしかなかった。

 妹に喜んでもらうためではなく、貢ぐことそのものが目的になってしまっているのだ。


 妹の好みなどは二の次で、とにかく値が張るものであればそれでよかった。

 由紀にも世話好きの一面があるから、ある意味似たもの兄弟とも言えるのだけど、それにしたって三男のそれは異常だ。異常性癖だ。


 これは注意しても無駄だと悟った由紀は、毎月三男の給料日前に、欲しいものリストを作り提出することにしていた。

 そのほうが、三男の貢ぎ癖が満たされ、結果的に少額で済むことがわかったからだ。


 最近は、現金をそのまま要求することも増えた。

 三男から受け取ったお金は、そのまま口座に放り込んでいる。

 由紀には自分のお金という認識はなく、あくまで三男の金をダメな兄に代わって管理してあげているつもりだった。


 その辺りは、由紀のダメ男好きと相性がよく、共依存的な関係が結ばれていた。

 ただ三男としては、現金を贈るよりも物を贈る方が癖を満たせるようで、その辺りのバランスは由紀がうまいこととっていた。


 とにかくなにが言いたいかと言うと、三人の兄はそれぞれダメなのだった。全滅だ。

 冷静に由紀の話を聞けば、由紀が勝手に騒いでるだけだと気づけるのだが、誰一人そのことに気づかない。


 いや、真実は関係ないのだった。

 可愛い妹を泣かした。

 その事実だけでギルティだ。


 三兄弟は、真剣に天宮とアキラの殺害計画について話し合う。

 三人とも屈強な男なので、高校生二人を殺めることを、それほど困難だとは考えていなかった。

 実際は、アキラは喧嘩もクソ強く、三人がかりでも油断していたら返り討ちに合うほどの格闘スキルを有している。


 天宮に至っては、言わずもがな。

 空き缶を放る気軽さで山脈を消し飛ばしてしまう超越的な力を持つのだ。


 ただそのことを三兄弟は知らないから、殺害は前提で、いかに妹を泣かした罰を与えるか、つまりどう苦しめて殺すかの話し合いをしていた。

 ミスミソウも枯れるレベルの残虐な拷問方法を検討する三兄弟。

 だがある程度煮詰まったところで、長男が疑義を呈す。


「俺たち三人が捕まったら、そのあと誰が由紀を守るんだ?」


 その発言をきっかけに、議論の方向性が変わる。

 殺害することは揺るぎないままに、完全犯罪を検討し始めたのだ。


 しかし普段は聰明叡智な頭脳を持つ三兄弟だが、妹が絡むとIQがチンパンジー並みに下がるので、完全犯罪など思いつくはずもない。

 完全犯罪は諦め、実行犯を絞る方向で話が進む。


 三兄弟の絆は厚く、三人ともが実行犯に名乗りをあげる。

 話し合いは並行線で、泣きながら殴り合った。

 最終的に、実行犯は長男と次男の二人に決まる。


 二人にとって、三男は弟なのだ。

 妹には到底及ばないものの、月とスッポン、太陽とチリメンジャコほどの差があるものの、三男が守るべき対象であることには代わりなかった。


 ターゲットは二人。

 それもどちらも未成年だ。


 まず間違いなく、極刑になるだろう。

 これが今生の別だとでも言うように、三兄弟はひしと抱き合い滂沱の涙を流した。


 さすがの由紀もドン引きだ。

 由紀がクソ女化しなかったのは、兄たちの影響も大きい。

 自分より混乱している人を見ると不思議と冷静になる、なんてことはよくあるけれど、メンヘラにも同じことが言えるのだ。

 幼い頃から三人の狂人と生活を共にしていたら、かえって真人間にもなってしまう。


 由紀は一転して、三人の兄を宥める立場になった。

 しかし実兄弟のくせに桃源の誓いを立てやがった兄たちは聞く耳を持たない。


 すぐにでも天宮宅に襲撃をかけそうだったので、止めるのが一苦労だった。

 学校も休み、ほとんど不眠不休、説得するまでに丸三日かかった。

 最後は説得なんて呼べるものじゃなく、


「これ以上は、嫌いになるよ」


 と脅した。

 シスコンの中でもやばい部類の三兄弟には効果抜群だ。

 昔から、この一言で大抵かたがつく。


 ならなぜもっと早くその一言を使わなかったのかというと、理由は単純で、効果が抜群すぎるのだ。

 この一言を言ったが最後、三兄弟のメンタルは打ち砕かれて、立ち直るまでに三ヶ月はかかる。

 その間メソメソと泣きじゃくり、「嫌わないで~」とすがってくるのだ。


 鬱陶しいことこの上ないが、邪険に扱うとさらに面倒臭さに拍車がかかるので、メンタルが復活するまでの期間、ひたすご機嫌を取らなければならなかった。

 特に酷かった時は、アイドルみたいなフリフリの服を着て、三人それぞれに自作のラブソングを全力ダンス付きで披露して、ようやく事なきを得たこともある。


 だからこれは最終手段で、できれば使いたくなかったのだ。

 しかも三日粘った挙句、結局最終手段を使わざるを得なかった由紀の徒労感は筆舌に尽くしがたい。


 こんなことなら初日にこの手を使っておけば……。

 詮無い仮定が、余計にやるせなさを生む。

 何はともあれ、由紀は暴走する兄たちをなんとか止めることができた。


 でもこれで終わりではない。

 今後しばらくは、兄たちの心のケアに体力を使わなければならないのだ。

 世話好きダメ男好きとは言っても、さすがに限度がある。

 これからの生活を想像するだけで気が滅入った。


 兄たちがメンヘラで……。

 なんて本当のことは言えないので、学校には普通に病欠の連絡をしておいた。

 両親も兄たちの奇行には慣れっこなので、その辺の口裏合わせにはいつも協力してくれる。


 兄たちに振り回された三日間で、由紀はかなりやつれたので、病欠の信憑性も十分だ。

 誰がどう見ても病み上がりみたいな見た目なのだ。

 そもそも由紀は天宮やアキラと違って優等生なので、誰も疑ったりしないんだけど。


 なにはともあれ、由紀は三日ぶりに登校する。

 三兄弟から解放され、ようやく一息つけると思いきや……。

 三日ぶりの学校で由紀を待ち受けていたのは、更なる試練だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ