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天宮悠斗が力に目覚めたのは中学二年の冬だった  作者: 相上和音
第6話 脱引きこもり作戦その2
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 インターホンを押すと、ややあって扉が開かれた。

 天宮の母、恵子が顔を覗かせる。


「こんにちは」

「あなたがアキラくんね。どうぞ、あがって」


 アキラは軽く会釈をして、天宮家に足を踏み入れた。


「悠ちゃんの部屋はそこだから。あとでクッキーを持っていくわね」

「ありがとうございます」


 アキラは扉をノックする。

 寝起きのような気怠気な返事があった。

 アキラは部屋に入り、開口一番に言った。


「悠ちゃんって呼ばれてるんですね」

「!」


 ベッドに横になっていた天宮が、脇腹でも突かれたようにびくりとした。

 顔が瞬間的に赤くなる。


「……お前、そういうことには触れるなよ。やけに恥ずかしいんだぞ」

「承知の上です」

「相変わらず、いい性格してんな」

「はぁ?」

「普通にキレんな。『ありがとうございます』『褒めてねえよ』までがテンプレだろが」

「ふん。相変わらず、いいセンスしてますね」

「しばくぞ」


 アキラが座卓の前に置かれたクッションに腰を据えると、天宮もベッドから降りて向かいに座った。


「由紀は?」

「姉御がいると話がややこしくなると思って誘ってません」

「英断だな」


『天宮、脱引きこもり作戦』の二回目の話し合いだ。

 前回は食い逃げして警察に追われ、なんやかんやあって由紀が木から落ちた。


 わけがわからないし、なんの実りもなかったように思えるけれど、こうして部屋に招き入れてくれるようになったわけだから、あれはあれで意義のある出来事だったのだろう。

 とはいえ、問題はまるで解決していない。


「学校の様子からして、本気で俺たちが付き合ってるって思ってる奴は、ほとんどいないですよ。ただ噂を楽しんでるだけで」

「でも一部は信じてるわけだろ?」

「……まあ」

「じゃあ嫌だ。行かない」

「そんな駄々っ子みたいな……」


 こうして天宮に取り付く島もないのだから、問題が解決するわけもない。


「一応、姉御と色々話し合ってはみたんですよ」


 アキラは鞄からファイルを取り出した。

 第一回『天宮、脱引きこもり作戦』の議事録だ。


「でもいい方法は思いつかなかったんだろ?」

「まあそうですけど」


 アキラはファイルを机の上に投げ出した。


「でも俺に考えがあります」

「聞こうじゃないか」

「結局のところ、俺たちが付き合ってるって噂が原因なわけでしょ? だからその噂を、綺麗さっぱりなくしちゃえばいいんですよ」

「どうやって?」

「そこで、兄貴の力の出番なわけです。全校生徒の頭に指を突っ込んで脳みそを弄り回し、記憶を改竄して回ればーー」


 天宮はアキラの眼窩に指を突っ込んだ。


「ぐああ! 目がぁああ!」

「真面目に考えろ」

「ぐぅ……。だからって目に指を突っ込むなよ……」


 痛みがあるのに無傷だった。

 天宮は、現実でアニメ的表現を実演できてしまうのだ。


「てかさぁ……」


 アキラはゴシゴシと、袖口で涙を拭きながら言う。


「なんだよ」

「この件に関しては俺も被害者なのに、その態度はおかしくね?」

「…………」

「俺、兄貴のために色々やってんだぜ? それなのに……」


 天宮はバツが悪そうに、そっと目をそらした。


「俺を姉御の手下かなんかだと思ってただろ」

「……これに関してはマジですまん」

「敵は姉御だけだ。覚えとけ」

「はい。すみません」


 アキラはふと立ち上がる。

 怒られるのかと思い、ビビる天宮。

 不安そうな上目遣いでアキラを見る。


「すみません、ちょっとトイレ借りてもいいですか」

「あ、うん。部屋を出て左手の扉」

「どうも」


 アキラが部屋を出ていくと、天宮は手持ち無沙汰になった。

 なんとなく、座卓の上に置かれたファイルに手を伸ばす。

 数枚のルーズリーフを取り出し、ざっと目を通した。

 途端に、天宮の顔が綻んだ。


「あいつら……」


 そこには、字がびっしりと書き込まれていた。

 議論は堂々巡りをしていて、要約すれば、


「付き合っている噂が、引きこもりの原因」

「その噂をなくせばいい」


 の二行にまとめられる。

 それでも二人が真剣に、自分のことを考えてくれていることがわかった。

 その事実が、嬉しかった。

 天宮は胸が温かくなるのを自覚する。


 気恥ずかしさを誤魔化すように、なんとなくルーズリーフを裏返してみた。

 そこに描かれた可愛らしいイラストの数々。

 デフォルメされたキャラが、右往左往しながら狂乱していた。


 なんか見覚えがあるな……と思ったら、それは過去の自分だった。

 過去の自分の醜態が、ルーズリーフを埋め尽くしている。

 すっと胸が冷め、開きかけていた心の扉が固く閉ざされる。


「ただいま戻り……。あっ」


 トイレから戻ってきたアキラは、一瞬で状況を理解した。

 警察に追われたりしたせいで、イラストのことをすっかり忘れていたのだ。

 アキラの頭に、いくつかの選択肢が浮かぶ。


 A、謝る。

 B、逆ギレする。

 C、論点をずらす。

 D、人のせいにする。


 アキラの明晰な頭脳は、すぐに最適解を導き出した。


「いやぁ、ほんと姉御って困ったものですよね。そんなイラストを描いたりして」

「Dを選ぶか、普通」

「ぐっ……。ち、ちょっと。心読むのやめてくださいって、何度も言ってるじゃないですか。それってプライバシーの侵害……」

「今度はCか」

「…………」


 先回りをするように、逃げ道を塞がれる。

 それでもしばらく逡巡したが、すぐに面倒臭くなる。

 アキラは「チッ」と舌打ちした。


「じゃあAで」

「Bだよねそれ?」

「え、なんすか? ちゃんと謝ったじゃないですか」

「謝ってないよね。お前『A』って言っただけじゃん」

「なに、土下座すればいいの? は?」

「だからBだよねそれ?」

「うるせえ! Aだっつってんだろクソが!」

「うわっ。なんだテメェ! やんのかこの野郎!」


 アキラが天宮に殴りかかり、どんちゃん騒ぎの喧嘩になった。

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