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海沿いの雑木林に逃げ込む三人。
遠くの突堤に幾人かの釣り人がいるが、こちらに気づいている様子はない。
耳をそばだてて、追っ手を巻いたことを確認する。
三人そろって安堵の息を吐いた。
「……お前ら、何してんだよ」
「天宮が逃げ出したのがいけないんでしょ」
「そうですよ。なんで逃げるんですか」
「お前らが追いかけてきたからだろが」
「いや先に天宮が逃げた」
「そうだそうだ。兄貴が悪い」
しばらく責任を押しつけ合ってから、また三人揃ってため息。
「……ちょっと飲み物買ってくる」
「コーラ」
「水」
背を向けた由紀に、天宮とアキラは遠慮なく注文する。
由紀は、
「うい」
と雑に返事をして、自販機を探しに行った。
残された二人は、同じ木の幹に背中を預け、地面に腰を下ろした。
アキラが天宮に金を渡す。
「これ、さっきの店に払っといてください」
ATM扱いされる天宮。
金は引き出せないが、振込機能は備えている。
天宮は金を受け取ると、喫茶店のレジ内に飛ばした。
「釣りは?」
「いいです。迷惑料としてそのままにしてください」
「レジ内の金が合わない方が、迷惑かかると思うけど」
「そんなこと言ったら、食い逃げされたはずの代金がレジ内にある時点で、十分迷惑でしょ」
「だからこれ以上迷惑かけんなって言ってんの」
「じゃあ、どっかの慈善団体にでも募金しといてください」
「おっけ」
「てか、なんで出歩いてるんですか」
今更のようにアキラが尋ねる。
「……コンビニでジャンプ立ち読みしようと思って」
「じゃあそのまま脱引きこもりしましょ」
「やだね。漫画雑誌の立ち読み意外では、絶対出歩かない」
「毎週月曜?」
「あと水木と十日と二十五日。それから第二と第四金曜日」
「結構出歩くなぁ。引きこもりの風上にも置けない」
「なら風下にでも置いとけ」
「てか普通、そういうのって夜中に行くもんじゃないんですか?」
「夜中に出歩いたら、母親に心配かけるだろ」
「その気持ちがあるなら、そもそも引きこもるなよ」
「てかそっちこそ、なにしてたんだよ。あんなとこで」
「兄貴に脱引きこもりさせる方法について話し合ってたんですよ」
「なんかいい案あった?」
「できるだけ刺激しないでおこうって結論になりました」
「食い逃げの共犯にされたんだけど?」
「人生って、ままならないっすよね」
「そうだな」
二人は揃って、水平線の向こうに視線を投げた。
それからはたと思い出したように、天宮は当たりを見回す。
「どうしたんですか?」
「いや、由紀のやつ遅いなって」
「確かに」
「自販機が見つからないのかな」
「あの人のことだから、その辺の木にでも登って、俺たちのこと観察してたりするんじゃないですか」
「いくらあいつでも、そこまでアホじゃないだろ」
「ですよねー」
乾いた声で笑い合う。
会話が途切れ、カモメの鳴き声がやけに目立った。
日はとっくに傾いていて、海面に夕陽がキラキラと反射している。
「あっ」
天宮が唐突に、沈黙を破った。
「どうしたんですか?」
「なんだ、簡単なことじゃんか」
「なにが?」
「俺たちが仲いいから、付き合ってるって噂に信憑性が生まれてるわけだろ?」
「まあ」
「だからさ、俺たちがもう二度と関わらなきゃいいんだよ。そしたらさ、付き合ってるなんて噂、すぐになくなるだろ。な? いい考えだろ?」
「は? 普通に嫌なんだけど」
「え? なんで?」
「なんでって……。俺、兄貴以外に友達いないし」
「え、あ、そう?」
「兄貴はそれでいいんですか?」
「え? あ、いや……。まあ、俺もまともに話せる相手、お前しかいないし、俺も嫌だけど……」
「そっすか」
「うん」
バサバサバサ! と近くの樹木が揺れ、どさりと根元に何かが落ちた。
「お、おい由紀っ」
二人は驚いて立ち上がり、横たわる由紀に駆け寄った。
「な、なにやってんだよ、お前……」
「だ、大丈夫だから、続けて。あ、これ飲み物」
鼻血を垂らした由紀が、横たわったまま二人に飲み物を差し出した。
とっくにぬるくなっていて、結露がポタポタと滴っていた。
「……なぁ。こいつ、なんも反省してなくねえか?」
「殺しましょう」
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