表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天宮悠斗が力に目覚めたのは中学二年の冬だった  作者: 相上和音
第5話 脱引きこもり作戦
23/41

 それから三日後の放課後。

 アキラと由紀は喫茶店のテラス席で向き合っていた。


『天宮、脱引きこもり作戦』の会議のためだ。


 喫茶店も天宮の自宅からほど近いところを選んだ。

 とりあえず飲み物を注文し、アキラはルーズリーフとボールペンを取り出した。 


「じゃあまずは」


 由紀が切り出す。


「天宮が引きこもった原因からいきましょう」

「原因もなにも……」


 アキラがぼやくと、由紀がキッと睨んできた。


「なによ。言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ」

「姉御が全部悪――」

「やめて! 聞きたくない!」

「情緒」


 由紀は耳をパタパタと叩きながら「あーあー」と変な声を出す。

 ここぞとばかりに、アキラは由紀に対して暴言を放った。

 ガッツリ禁止用語だ。

 隣の席の老婦人が顔をしかめるほどの。


 特に意味はない。

 今回の件で怒っているわけでもなくて、本当にただの悪ふざけだ。

 アキラはこの手の、無意味でリスキーな行いが好きだった。

 だから天宮とも友達でいられるのだ。


「そうじゃなくて、原因はあんたたちが付き合ってるって噂が広まってることでしょ。広めた私を裁くのは、天宮を部屋から連れ出してからでも遅くないでしょ」

「ま、そっすね」


 アキラは素っ気なく言い、ノートに、


『原因。俺と兄貴が付き合ってると学校中に広まっていること。』


 と書いた。

 今さらだが、とんでもない状況だ。


「というか、元はと言えば、あんたたちが私をからかったのが悪いんじゃん」


 由紀に関しては、すでに誤解を解いていた。

 そこでも一悶着あったのだが、説明すると長くなるのでまたの機会に。


「まさか広められるとは思ってなかったんで」

「ぐっ……」


 この一言で、簡単に由紀を黙らせることができる。

 相手の弱点を見抜き的確に突く技術を、アキラは小三の時にはすでに身につけていた。


 由紀は本気で申し訳なく思っているのだ。

 天宮やアキラに対しては当然のこと、そして何より天宮の母親である恵子に対して。


 天宮が引きこもるのはこれで二度目だ。

 一度目は、一年と少し前。

 事情も話さず部屋から出てこなくなった天宮に、母親の恵子はどう接していいかわからず困り果てていた。

 その時、救いの手を差し伸べたのが由紀だった。


 由紀は根気よく天宮と対話し、そして脱引きこもりさせることに成功したのだ。

 同じクラスの委員長だから、というのは建前で、本当のところは由紀の「困った男を放っておけない」という性癖によるところが大きかった。

 それでも恵子が由紀に心から感謝し、全幅の信頼を寄せるには十分すぎる出来事だった。


 その由紀が、天宮が引きこもる原因を作ったのだ。

 明確な裏切りであり、恵子が知れば、きっとショックを受けるだろう。

 由紀を責めたりはせず、ただただ悲しむのだ。

 その姿を想像するだけで、由紀の心は痛んだ。


 そういう事情もあって、由紀は恵子に真実を告げられなかったのだ。

 できることなら、原因がバレる前に問題を解決し、全てを無かったことにしたかった。


「とにかく、天宮を連れ出す方法を考えるわよ」

「俺も被害者なんだけど?」

「それはマジでごめん」

「いいよ」


 アキラはあっさりと由紀を許した。


「ちなみに前回は、どうやって脱引きこもりさせたんですか?」

「特別なことはしてないよ。頻繁に会いに行って、少しずつ仲良くなって、外に連れ出しただけ」

「でも今回は、そもそも会ってくれすらしない」

「そうなんだよね……」


 由紀は重いため息をつく。


「私は仕方がないにしても、なんであんたとも会わないのかな」

「俺と付き合ってるって噂されてるんだから、思うところがあるんじゃないですか」

「うーん……。でも他の人に頼むわけにもいかないもんね」

「兄貴がまともに話せるのって、家族を除けば俺たちだけでしょ? で、片方は付き合ってるって噂されてる相手で、もう片方はその噂を流した張本人。……詰んでません?」

「あ、諦めるのはまだ早いわよ! なにか方法があるはず!」


 力強く言ってから、由紀は肩をがくっと落とした。


「噂を流した私が言うのもなんだけど、そこまで気にすることかなぁ? 噂なんて、ほっとけばいいだけじゃん」

「仕方ないですよ。あの人のメンタル、そぼろ豆腐ですから」

「柔らかい以前に最初からボロボロじゃん……。あんたは平気なの?」


 アキラは、ふんと鼻で笑う。


「俺が入学式でやらかしたことに比べりゃ、ゲイ疑惑の一つや二つ」

「あんたはもう少しナイーブになった方がいいんじゃない?」


 由紀の忠言を聞き流しつつ、アキラはルーズリーフをひっくり返し、そこにイラストを描いた。

 布団にくるまり、ガタガタと震えている天宮の絵だ。

 可愛らしくデフォルメされている。


「上手ね」


 褒められて気をよくしたアキラは、


『こわいよぉ~』


 なんて吹き出しも付ける。


『うんこメンタル』と書いて矢印も飛ばした。


「あはは。ねえねえ、中学時代のあいつも描いてよ」

「いいですよ」


 由紀のリクエストに応え、天宮の奇行の数々をイラストにしていった。


 三階の窓から飛び降り、そして無傷で生還する天宮。

 川にぷかぷかと浮かぶ天宮。

 体育の時間、横から飛んできたボールに驚き失神する天宮。

 運動会の騎馬戦に遺書を残して参加する天宮。


 などなど……。

 気づけばルーズリーフの片面が、絵で覆われていた。


「いやいや、こんなことしてる場合じゃないんですよ」


 我に返ったアキラがルーズリーフをまたひっくり返す。


「そうね。ちゃんとしよう」


 それから二人は真面目に話し合った。

 どうすれば天宮を部屋から連れ出すことができるのか。


 二人はさまざまな意見を出したけれど、結局同じところで壁にぶつかった。

 そもそも、会ってもらえないことには話にならない。

 説得も交渉も脅迫もできない。

 会議はすぐに行き詰まり、由紀は少しやけっぱちになって言う。


「もういっそ、力づくで引っ張り出してみる? 昔の熱血ドラマみたいに、扉をぶっ壊して、思いっきりビンタしてさ」

「約束破って噂広めた上に、それはヤバい」

「じゃあ、あんたに任せる」

「無理無理。二億倍返しにされるわ」

「なによ二億倍って。小学生か」


 天宮の力を知らない由紀は、アキラの発言をジョークだと受け止める。

 それからも議論を続けたけれど、やはり名案は出てこなかった。

 結局のところ、


「あまり刺激をしないように、少しずつ距離を詰めていく」


 なんて毒にも薬にもならない結論が出ただけだった。

 最初は飲み物だけで粘るつもりだったのだけれど、話し合っているうちに小腹が空いてきて食事も取った。

 高校生の二人にはなかなかの出費だ。

 その割に得られたものは少なく、二人の間に徒労感だけが残る。


「はぁ……」


 アキラは一つため息を吐く。

 ルーズリーフをファイルにまとめ、鞄に詰めた時、由紀が小さく、


「あ」


 と言った。

 視線はアキラの背後に向けられている。

 その視線を辿るように振り返ると、テラスの外、歩道を歩く天宮と目が合った。


「げっ」


 一瞬の間の後、三人は同時に動き出した。

 脇目も振らず逃げる天宮。

 柵を飛び越え追う二人。


「食い逃げだー!」


 料理をひっくり返しながら店員が叫ぶ。


 足がもつれ、天宮は何度も転びそうになった。

 焦っているせいもあるけれど、理由はそれだけではなかった。


 天宮はその気になれば、音速を超える速さで走ることができるのだ。

 だからこそ「常識的な速さ」で走ることが難しかった。

 ジェットエンジンを積んだ自転車で徐行するようなものだ。


 今にも追いつかれるんじゃないかと焦りながらも、力が露見することを恐れて速く走れない。

 夢の中での逃走劇みたいに、空回りするようなもどかしさがある。


 天宮は肩越しに背後を振り返った。

 アキラと由紀は、二メートルの距離にまで迫っていた。

 そしてそのさらに後ろに、立ち漕ぎで迫ってくる制服警官と、轢き殺さんばかりのパトカーの姿。


「えぇっ⁉︎」

「そこの三人! 止まりなさい!」

「俺もっ⁉︎」


 アキラと由紀は、天宮を追い抜き、そのまま走り去った。


「お、おい待て! 俺を置いていくなっ」

「おい! 止まれっつってんだろ、そこの三人! 聞いてんのかコラァ!」


 拡声器のひび割れた声が、のどかな街を掻き乱す。


「ち、ちょっと。おい、アキラ! 由紀! 待てって……。本当に待ってっ」


 天宮は半泣きになり、末っ子のような必死さで二人の背を追いかけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ