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天宮悠斗は唯一無二の存在だった。
その気になれば三日で世界を征服でき、滅ぼすだけなら二分とかからない。
そんな超越的な力を有していた。
彼の身に何が起きたのか。
誰にもわからない。
彼自身にも、あるいは神様にさえ。
それは当然のこととも言える。
彼は神に近似したのだ。
その彼にわからないことが、誰に理解できるというのか。
しかし当人にはまるで自覚がなかった。
力に呑まれたのではない。
あくまで目覚めただけなのだ。
人格や性格に変化はなく、神に近似するほどの強大な力を唐突に得た。
例えるなら自転車を魔改造してロケットエンジンを積んだようなものだ。
それも中学二年という、ただでさえ多感な時期に。
そんな歪なものが、まともに動作するわけもなく……。
暴走は必至。
世界は滅亡の危機に……。
とはならないのが天宮の面白いところだった。
「ねえ、悠ちゃん。大丈夫?」
部屋の扉をノックしながら、母親が心配そうに尋ねる。
しかし天宮は応じない。応じる余裕がない。
さならがホラー映画鑑賞後の小学生のように、羽毛布団にくるまってガタガタと震えていた。
しかし文明の利器は、そんな羽毛布団の要塞など意に介さない。
それこそ呪怨のように、布団という聖域をやすやすと犯してみせる。
「先日起こった、刻路美山脈消失事件について、首相が記者会見を行いました。その時の映像がこちらです」
「そ、総理大臣が、俺がやらかしたことについて、めちゃくちゃ遺憾の意を表してるんだけど……」
真実を知るのは、この世に天宮ただ一人。
その天宮でさえ、自分の身に何が起きたのか理解していないのだから、世の中の混乱っぷりは相当なものだった。
幸い死人どころか怪我人すら出なかったけれど(天宮が無意識のうちに人を傷つけることを避けたのだが、本人はそのことにすら自覚がなかった)、それでも突如山脈が消し飛ぶというセンセーショナルな事件はあっという間に世界中に広まり、連日のようにニュースに取り上げられた。
核攻撃や隕石、政府が極秘で進めていた陽子衝突実験によるブラックホールの生成など、多くの憶測が飛び交ったものの、どれも怪我人がでなかったことや二次災害が全く起こらなかったことの説明ができず、それが余計に人々の関心を誘った。
天宮は小学生のころを思い出す。
学校の窓ガラスを過って割り、全校集会が開かれる。
誰にも見られていないはずだけれど、
「もしかしたら……」
という思いが頭から離れない。
先生たちは、
「心当たりがある者は名乗り出なさい」
と言うけれど、本当はとっくに犯人がわかっていて、自首する機会を与えてくれているだけかもしれない。
今ここで名乗り出た方が、罰は軽く済むのではないか。
仮にまだバレていなかったとしても、これから特定されるかもしれないし……。
そう悩んでいるうちに、自首が情状酌量の余地として認められるタイミングを逃してしまう。
結局、天宮は名乗り出ることができず、いまだに罪悪感を引きずっていた。
あの時と状況が似ている。
でも今回は、窓ガラスを割ったなんて可愛い話じゃない。
山脈を消し飛ばしたのだ。
相手も全校どころか全世界。
比喩でもなんでもなく、世界中の人間が、自分を付け狙っているような気がした。
妄想は悪い方向にばかり転がっていく。
まだ社会経験のない天宮の想像を支えるのは、漫画や映画といった創作物だけだった。
ある日突然、力に目覚めた男。
彼が辿る運命……。
天宮は元々ネガティブな性格で、しかも創作物に出てくる『ある日突然、力に目覚めた男』は、必ずといっていいほど悲惨な目にあっていた。
謎の組織に捕らえられ、検査と称して拷問を受ける……。
天宮の想像は、トラウマのように鮮明だった。
力に目覚めたことで、想像力も強化されてしまっていたのだ。
でも自覚のない天宮は、自らの想像にダメージを受けて神経をすり減らしていった。
天宮の妄想が事実であれば良かった。
政府にしろ、秘密結社にしろ、悪の組織にしろ、天宮を付け狙う存在が本当にいれば、簡単な話だったのだ。
超越的な探知能力を用いて、敵の存在をすぐに看破し、そして取るに足らないことを知る。
敵が強大であればあるほど、自分を脅かす存在など、この世に存在しない証左になる。
だが天宮がどれだけ周囲を警戒しようと、返ってくるのはアンノウン。
敵の影すら見えない。
本体がどこにもないのだから当然だ。
でもだからこそ天宮の頭の中で、敵の脅威が無尽蔵に膨れ上がっていった。
理屈は幽霊と同じだ。
得体が知れない。
実体がない。
だからこそ恐ろしいのだ。
次第に、周りの人間が全て敵に見えるようになる。
そうして彼は徐々に精神のバランスを崩していった。
常にいもしない脅威に怯え、異常行動が増える。
一時期は不登校になり、部屋から一歩も出られない時期すらあった。
母と友人の献身的なサポートで、なんとか脱引きこもりは出来たものの、それでもやはり問題を起こしてばかり。
その気になれば三日で世界を征服できる唯一無二の存在でありながら、天宮の言動は異常者のそれだった。
時が流れ……。
中学の卒業式で、母親が号泣したのは言うまでもない。
だが天宮の母、恵子の心労は、これからもまだまだ続く。
むしろますます増していく。
天宮は、今年から高校生になるのだから。
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