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天宮悠斗が力に目覚めたのは中学二年の冬だった  作者: 相上和音
第4話 少年の夢と少女の妄想
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「夢なんです」


 窓の外、消し飛んだ山脈を見ながら、アキラはつぶやく。


「俺はあの事件の真相が知りたいんです。だって、突然山脈が消し飛んだんですよ? そんなの、絶対になにかあるじゃないですか。普通じゃないんですよ。俺は人生をかけて、あの事件について調べるって決めたんです。あの跡地は、立入が禁じられていますけど、いつかきっとなんとかしてみせます。そして、誰にもわからなかったあの事件の真相を解き明かす。それが俺の夢なんですよ」


 夢を追う少年のようでありながら、でもその瞳には、年齢にそぐわない悲しさが滲んでいた。

 彼が見捨てたもの。

 その重さと、彼の覚悟。 


「……」

「ん? どうしたんですか?」

「……いや」


 アキラは天宮の様子がおかしいことに気がついた。

 どこか気まずそうな顔をしていて、視線を合わせようとしない。

 アキラはとても頭がいい。

 山脈と天宮を何度か見比べる。

 それだけで、すぐに答えに辿り着いた。


「あ、え? もしかしてあれって、兄貴がやったんですか?」

「え? いや、その……。まあ」

「あ、へえ。そうなんだ……。そ……。ふうん、そっか……。あー、なるほどね。そっかそっか……。そ……。ふうん、なるほど……。あはは。いや、でもよかったですよ、真実が知れて。それが、俺の夢だったんですよ。俺の、人生をかけた……」


 アキラはシャッとカーテンを閉める。

 席に戻り、もそもそとパンを食べ始めた。


「こ、これも食えよ」


 天宮は自分の弁当をアキラの口に詰め込んでいく。

 アキラは遠い目をしながら、されるがままになっていた。


 パン三つと弁当一つを平らげ、アキラは立ち直る。

 天宮と違って、アキラのメンタルは異常に強いのだ。


「それにしても、なんで山脈を消し飛ばしたりしたんですか?」

「わざとじゃないんだよ。なんか急にぐわわって力が沸いてきて、なんとなく遠くの山脈目がけてぶわんってしてみたら、どかーんって」

「えぇ……。そんな感じなのかよ。俺が中二病を患うきっかけも、あの事件なんだぞ」

「……すまん」


「いや、まあいいですけど(弱味も握れたし)」

「おい、なにが弱味だこの野郎」

「あ! だから、人の心を勝手に覗くなって言ってんだろ! このクソ野郎!(クソ野郎!)」

「心の声とハモってんじゃねえ! この腹黒クズ野郎(この腹黒クズ野郎)!」

「あんたこそ、一人でハモりやがって――えっ? 今のどうやったの?」


 天宮にかかれば、一人でハモることなど造作もない。

 なんなら一人合唱だってできる。

 周囲の空気を操る方法と、分身を行う方法、あと他にも肛門を声帯代わりに使う荒技もあるにはあるが、天宮はまだ自分の肛門の可能性に気づいていなかった。


「なにやってんのよ」


 もみ合う二人に声をかける人物が現れる。


「姉御」

「誰が姉御だ」

「あ、そのやりとり、もうさっきやったんで大丈夫です」

「よくわかんないけど、腹立つわねあんた」


 部室に入ってきた由紀が、アキラの足を軽く蹴る。

 それから近くの椅子に腰掛けた。


「私は本読んでるから、普通にしてていいよ」


 由紀は最近、昼休みや放課後に、こうして部室に居座ることが増えていた。

 目的はわからない。

 なにをするでもなく、ただ時間を潰しているようにしか見えないのだ。

 天宮はアキラに顔を寄せ、耳打ちする。


「なんかあいつさ、最近様子、変じゃない?」

「俺が姉御と仲良くなったの最近なんで。でも確かに変ですよね。俺たちと違って、姉御には友達たくさんいるはずなのに、昼休みにわざわざこんなとこに来るなんて。友達と上手くいってないんですかね」

「それはない。クラスでのあいつの人望、半端ないから」


「じゃあなんで……」

「それがわかんないから、変だなって」

「うーん……。あ、もしかして俺に嫉妬してるとか」

「嫉妬?」

「ほら、少し前まで姉御が兄貴の唯一の理解者だったでしょ。それが、最近はずっと俺と一緒にいるから」


「ああ、友達を奪われた的な?」

「そうそう」

「でもなー。確かに俺にとって由紀は掛け替えののない友達だけど、由紀にとって俺は大勢いる友達のうちの一人に過ぎないからな。嫉妬するほど、俺が由紀の大事な部分を占めているとは思えん」

「しれっと悲しいことを……」

「でもそれが事実だから……」


「兄貴……。いや、意外とあれかもしれませんよ。シンプルに、兄貴のことが好きだとか」

「はぁ? 由紀が俺を? そんなわけないだろ」

「わかんないじゃないですか。そもそもクソ面倒臭い兄貴と、なんのメリットもないのに友達やってんですよ? 恋愛感情くらいあっても不思議じゃないでしょ」

「おい。クソ面倒臭いのは認めるけど、なんのメリットもないは言い過ぎだろ」

「じゃあどんなメリットがあるんですか?」


「……友達はメリットデメリットでなるものじゃないだろ」

「友達こそメリットデメリットですよ。『話が合う』とか『一緒にいて楽しい』がすでにメリットなんだから」

「いやでも……」

「じゃあなんで中学時代の友達は、兄貴から離れていったんですか?」

「……」


「まあ、友達だけじゃなくて恋人や家族もそうなんだけど」

「さすがに家族は違うだろ」

「許容量はね。だから、友達以上の感情を兄貴に持ってるんじゃないかって言ってるんですよ」

「そんなこと言われても、あいつに限ってそんな……」


 ちらっと背後を振り返ると、由紀とばっちり目が合った。

 彼女はさっと視線を逸らす。

 頬が少し赤らんでいた。


「え、嘘だろ……」

「やっぱり、間違いないですよ。兄貴の近くに少しでもいたいから、わざわざここに来てるんですよ」

「でも……」

「そこまで疑うなら、心を覗いてみればいいじゃないですか。一発ですよ」

「馬鹿。そんなの出来ねえよ。プライバシーの侵害じゃんか」


「俺の心は覗くくせに」

「覗かねえよ」

(嘘だぁ)

「本当だって」

「今の声に出してないですからね」


「あ、ハメやがったなテメェこの野郎!」

「うるせえ! この覗き魔!」

「なんだと!」

「やんのか!」


 もみ合いになる二人。

 背後でゴホゴホと由紀が咳き込む。


「……ちょっと、暴れないでよ。埃が立つでしょ」

「ああ、すまん」


 咄嗟に謝る天宮に、


「二人きりにしますんで、姉御の気持ちを確かめてください」


 とアキラがボソリと耳打ちする。


「え? いや、ちょっと……」

「じゃ、俺、用事があるんで先に失礼しますね」

「おい、待てよ」


 アキラは天宮の制止を無視して部室から飛び出していった。


「あっ」


 その後ろ姿を由紀が残念そうな顔で見送った。

 それから重いため息を吐いて立ち上がる。


「私も戻ろ」

「え、さっき来たとこなのに」

「もういる意味ないし」

「いる意味?」


 由紀は自分の失言に気づき、顔を真っ赤にした。


「あ、いや、違うの。その……」


 しどろもどろになりながら、また椅子に腰を下ろした。


「……なんか、お前って最近変だよな」


 不穏なものを感じながら天宮は尋ねた。


「いや、あの、実は、前から気になってて……」

「なにが?」

「城島くんのことなんだけど……」

「……へぇ?」


「ほら、最近二人ってすごく仲がいいでしょ。この前まで、天宮は私としかまともに話ができなかったのに、今じゃ私なんかより城島くんの方がずっと天宮と親しいし。すごいなって。どうやって天宮に心を開かせたんだろう。きっと心が広くて、なんでも受け入れてしまえるんだろうなって。そんなこと考えてたら、ドキドキしてきてさ」


 由紀はますます顔を赤くし、早口になっていく。


「え、ちょっと待って。そういう展開?」

「だってすごいでしょ。ここ最近、あんたがまともに話せる相手なんて、他にいた?」

「いや、いなかったけど……」

「でしょ? 誰にも、ずっと近くにいた私にだって出来なかったことを、城島くんは簡単にやってのけたのよ。そんなの、超ドキドキするじゃん。城島くん超美形だし、そういうのも、私好きだし、そんなの、もう、こう……」


 由紀は悶えるように言葉を詰まらせる。


「落ち着けって」


 そう言いながらも、天宮の心中も穏やかではなかった。

 由紀は友人であり恩人であって、今までそういう目で見たことがなかった。

 でも「好きなのでは?」なんて言われれば、ちょっとは意識してしまう。


 それがどうだ。

 蓋を開けると、なんともくだらないオチだ。

 こんなことで傷ついてしまう自分が嫌だった。


(あの野郎……。適当なこと言いやがって……)


「さっきも、私に聞こえないように二人でこそこそ話してたし、なんかそういうの見てると癒されるっていうか。天宮だってかなりのイケメンだし、そういう二人がイチャイチャしてるのとか、すごい尊いっていうか」

「……ん?」


 なんだか話がさらに明後日の方向に向かっている。


「だから、だからね。ずっと気になってたの」


 由紀は天宮を上目遣いに見る。

 まるで恋をする少女のように。


「もしかして、この二人、付き合ってるんじゃないかなって」

「…………は?」


「だから、その……。天宮と城島くんって、付き合ってるの?」

「……いいや?」

「あ、うん、そうだよね。やっぱり正直には言えないよね。でも私は、そういうのに理解があるから。悩みがあったらなんでも相談してね! じ、じゃあ」


 由紀は顔を真っ赤にしたまま、部室から飛び出していった。

 しばらくして、チャイムが鳴り響く。

 けれど天宮は、動くことが出来なかった。


「えぇ……」


 両手で顔を覆って、そう呟くのがやっとだった。

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