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天宮悠斗が力に目覚めたのは中学二年の冬だった  作者: 相上和音
第4話 少年の夢と少女の妄想
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「お前、なにやってんだよ」


 家を出ていく日。

 両親とはすでに致命的なほど仲違いしていて、玄関に見送りに現れたのは、弟のタクトだけだった。

 使用人たちも、父親の命で現れない。


 そのタクトも、好意的とはとても言えず、視線も声も冷たかった。

 そもそもタクトがアキラのことを、「お前」なんてぞんざいな呼び方をするのは、これが始めてのことだった。


「なにってなんだよ」


 靴紐を結ぶ手を止めないまま、アキラは肩越しに振り返った。

 アキラは上り框に腰掛けていて、タクトは廊下に立っている。

 どうしても視線に高低差が生じてしまうけれど、それにしたって、タクトの見下すような目はアキラの感情を逆撫でした。


「お前、家から出てってどうする気だよ」

「お前には関係ないだろ」


 対抗するように、冷たい言葉を返してしまう。

 タクトの顔が、より険しくなった。

 アキラとタクトは、もともとは仲のいい兄弟だった。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん」とタクトはいつもアキラの後ろをついて回っていた。


 アキラもそんな弟を、誰よりも可愛がった。

 両親が厳しかったぶん、二人は寄り添うように兄弟仲を深めていった。

 その関係に亀裂が入り出したのも、皮肉なことに、やはり両親が原因だった。


 タクトは優秀な子供だった。

 勉強も運動も、人並み以上にできた。

 秀才と呼んでも、誰も否定しないだろう。


 でも兄のアキラは、誰もが認める天才だった。

 どれだけ努力をしても、兄の背中は遠く離れていた。

 それだけなら、タクトも兄を嫌ったりはしなかっただろう。


 むしろ尊敬し、兄を誇りに思ったはずだ。

 でもそんな仲のいい兄弟を、両親は常に比較し、タクトを不出来だと責めたのだ。


「どうして兄のようにできない」


 何度その言葉をぶつけられたことか。

 悲しみはやがて屈辱に変わり、いつしか兄を憎むまでになっていた。

 二人は喧嘩をしたわけではなかった。


 ただ自然と距離ができて、気づいた時には取り返しのつかい軋轢を抱えていたのだ。

 だから、仲直りもできなかった。

 そもそもまともに会話すること自体、ずいぶんと久しぶりなのだ。


「城島家の跡取りじゃなくなったお前に、なんの価値があるんだよ」


 タクトは吐き捨てるように言う。

 アキラは苦笑した。

 久しぶりの会話が、そしてもしかしたら最後になるかもしれない会話が、これかと。


「俺はやりたいことを見つけたんだ。城島グループは、お前に任せるよ」

「……ふざけんなよ」


 怒気を孕んだ声。


「なにがだよ。お前にとってもよかっただろ? 目の上のたんこぶがなくなって、将来が約束されたんだから。城島グループの次期総裁だぞ? はは、よかったな」

「……」


 タクトの返事はなかった。


「じゃあな」


 靴を履き終えたアキラは、振り返りもせずに言う。

 扉を開け、外に一歩出た時だった。

 ボソリと、背後から声がする。

 さっきまでの棘のある声音ではなく、今にも泣き出しそうな、弱々しい声だった。


「行かないで……」


 アキラの脳裏に、幼い弟の姿が浮かぶ。

 二人がまだ仲がよかった頃の、「お兄ちゃん、お兄ちゃん」とずっと背中を追ってきた弟の姿を。

 そして、両親に罵倒されて涙を流す弟の姿を。


 アキラは足を止め、振り返った。

 タクトは深く項垂れていて、表情は見えなかった。

 でも肩がかすかに震えていて、その姿には悲壮さが漂っていた。


 アキラは反射的に、弟に声をかけようとした。

 でも言葉は出てこなかった。

 どんなに優しい言葉だろうと、どんなに正しい言葉だろうと、行動が伴わなければ無価値あることを、聡明なアキラはすでに知っている。


 長い逡巡の末に、


「ごめん……」


 とだけ言って、アキラは弟に背を向けた。

 パタンと扉が閉じ、兄弟の間に、致命的な隔たりを作った。

 それ以来、二人は顔を合わせていない。

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