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天宮悠斗が力に目覚めたのは中学二年の冬だった  作者: 相上和音
第4話 少年の夢と少女の妄想
16/41

 爆心地から離れようとする車ばかりで、道はかなりすいていた。

 パトカーや消防車と肩を並べるように、リムジンは爆心地に向かう。

 山の麓に着くと、運転手の制止も聞かず、アキラは山に踏み行った。


 何か確信めいたものが、アキラの胸中にはあった。

 自分の退屈な人生が一変しそうな、そんな確かな予感が……。

 心臓がバクバクと、信じられない速度で脈打っていた。


 山登りだけが原因ではない。

 アキラは身体能力も心肺機能もずば抜けて高く、この程度の運動では、本来息さえ乱れない。

 ならなぜこれほどまでに心臓が高鳴っているのか。


 言うまでもなく、彼は興奮しているのだ。

 これまでの人生で、一度も経験したことがないほどの興奮を。

 自然と口角が上がり、笑みが溢れる。


 唐突に木立が途切れ、アキラは危うく転落しそうになった。

 崖に行き当たったのかと思ったけれど、そうじゃなかった。

 爆心地に着いたのだ。


 目測で直径一キロにもわたる、巨大な円柱状の穴があった。

 底は見えない。

 どうすれば、こんな形の穴ができるのだろう。


 仮に隕石が衝突したとしても、こうはならない。

 爆弾や噴火でも同様だ。

 すり鉢状の窪地になるはずなのだ。

 綺麗に地層が露出した穴は、この世のものとは思えなかった。


(まるで、ドリルで穴を開けたような……)


 アキラはパッと上を見た。

 地球を片手に持ち、ドリルを押し付ける超越的な存在が、そこにいるような気がしたからだ。


 全身に鳥肌がたつ。

 そもそも円柱状の穴が、そのまま残っていることがおかしいのだ。

 断面が穴の中に崩落し、結局はすり鉢状になるはずなのだ。


 なのにアキラが立つ穴の淵は、特別な力に守られでもするように、崩れる気配がまるでなかった。


「あり得ない……。こんなこと、絶対に……」


 混乱した口調とは裏腹に、アキラの顔には、喜悦の色が浮かんでいた。


 それからのアキラの生活は、刻路美山脈消失事件一色に染まった。

 厳しい情報規制が敷かれ、一般人は情報規制が敷かれていることを知ることすらできなかった。

 でもいわゆる上流階級に属するアキラは、特殊なツテを使って、出きる限りの情報を集めた。


 世界中の専門家の見解を調べ、ありとあらゆる科学論文を読み漁った。

 それでも答えに辿り着くことはできなかった。

 それがかえって、アキラの好奇心に火をつけた。


 もちろんアキラはラプラスの悪魔などではないから、この世の全てを知るわけではない。

 何百年も解かれていない数学の問題や、憶測で塗り固められた歴史など、むしろ知らないことの方が圧倒的に多かった。

 でもアキラは、その手の事柄にはまるで関心がなかった。


 それを知ってなにになるんだ。

 それがアキラの本音であった。

 自分とは何の関係もない、知ったところで価値のない情報だ。


 でも刻路美山脈消失事件は違う。

 本来、自分はあそこで死んでいたはずなのだ。

 自分はあの事象の当事者だ。

 その思いが、アキラを刻路美山脈消失事件に縛り付けた。


 事件から十日ばかりが過ぎた、ある日の夜中。

 睡眠と食事をおろそかにしていたせいで、アキラは卒倒するように床に寝転がっていた。

 正確には、床に散らばった大量の書籍や論文の束の上にだ。

 専門書の固い表紙が背中に刺さって痛かった。

 それでも体勢を変える力すら湧いてこない。


(不思議な気分だ……)


 自分の理解が及ばないことに対する苛立ちと恐怖。

 そしてそれ以上に、心の底から湧いてくる高揚感。

 どの学問にも、どのスポーツにも、どの芸術にも、こんな感情を抱いたことは一度もなかった。


 アキラは思う。

 これだ、と。

 これこそが、俺が一生をかけて情熱を注ぐべき事柄だ。

 そのために、俺はこの世に生まれてきたのだ。


 厭世的なところがあったアキラは、生きる意味をようやく見つけた。

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