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「ねえねえ、城島くんって雰囲気変わったよね」
「あ、わかるー。前は髪の毛のせいでほとんど顔が見えてなかったけど……」
「すっごい美形だよね。今の髪型、チョー似合ってるし」
放課後の教室。
三人組の女子生徒がきゃいきゃいと騒いでいる。
話題は最近イメチェンしたクラスメイトの男子について。
「前は言動が変だったし、どん引きだったんだけど、今は落ち着いてるし」
「入学式のとか意味分かんなかったよねー。でもよく考えたら、新入生の挨拶をするってことは、入試の点数が一番よかったってことだよね? チョー頭いいじゃん」
「運動神経も抜群らしいよ。サッカーもバスケも、部活でやってる人よりも上手いんだってー」
「しかも親は大企業の社長でチョー金持ちらしいよ」
「えー、なにそれ。チョーハイスペックじゃん!」
「……実は私、前から城島くんのこと気になってたんだよね」
「うわずっる!」
「絶対嘘じゃん!」
「本当だって! みんなは悪く言うけど、私は前からいいなって思ってたし。……私、ちょっと話しかけてくる」
「あー、抜け駆けずるい!」
「自分一人だけ!」
「仲良くなったら、二人のこともちゃんと紹介するから」
「そう? ……まあ、それなら別にいいけど」
「ヤッチ! 約束だからね!」
「わかってるって」
ヤッチと呼ばれた女子生徒は、友達の元を離れ、窓際の席で本を読む男子に近づいていった。
(紹介だって? ふざけるな。そんな都合のいい話があってたまるか)
同じクラスだからなんとなく仲良くしていたけれど、あの二人とは前からソリが合わないと思っていたのだ。
素敵な彼氏を作り、それを機にあの二人とは距離を置こう。
そう心に決めるヤッチであった。
「ねえねえ、なにを読んでるの?」
「ん? これ?」
男子生徒は本から顔をあげて答える。
近くで見る彼は、益々イケメンだった。
声は聞き心地のいいテノールで、耳にするだけで痺れるような快感がうなじの辺りに生じた。
もしベッドの中で愛をささやかれたら……。
なんて、経験もないのにリアルな想像をしてしまう。
その時にはもう、半ば本気で彼のことを好きになっていた。
「マキエンドの受難って作品なんだけど」
「へえ、おもしろいの?」
「面白いよ。自惚れていた主人公が現実を知り、夢を諦める話なんだけど、どこか自分と重なるところがあってさ」
もしこれが不細工な男子なら、
「暗、キモ、死ね」
となっているところだけど、イケメンだと、
「理知的! 格好いい!」
と感じるのだから不思議なものだった。
ただヤッチは本に興味がない。
自分から振った話題だけれど、これ以上掘り下げることが出来なかった。
あくまで興味があるのは「本を読むイケメン」であって、本そのものではないのだ。
これ以上食いついて、
「じゃあ貸すよ」
とか言われても困る。
彼が持つ本は分厚く、とても人が読んでいいものとは思えなかった。
しかも表紙には、外国人の名が書かれている。
もしこれが不細工な男子だったら、
「暗過ぎ、キモ過ぎ、二回死ね」
となっているところだけど、イケメンだと、
「抱いて!」
と思うのだから不思議なものだった。
「ところでさ、城島くんって、ちょっと前まで変だったよね」
読書習慣のない彼女らしい、直裁的な言葉選びだった。
だがその分、核心を突いていた。
確かに彼は、少し前まで変だったのだ。
「や、それは、まあね」
彼は赤面して視線を泳がせる。
恥ずかしがるイケメン。
恥ずかしがるイケメンだ。
それはいわゆる恥ずかしがるイケメンであって、なにが言いたいかというと、つまり恥ずかしがるイケメンだということだ。
ヤッチは反射的に口元に手をあてる。
よかった、鼻血は出ていない。
「そのことは、出来れば忘れて欲しいんだけど……」
「えー、なんでー?」
くどいようだが恥ずかしがるイケメンだ。
ここで話題を変えることなんて出来るはずもない。
「すごくよかったよ。続ければいいのにー」
「いや、そんな……」
「ねえねえ、なんで変なことやめたの?」
「なんでって、それは……」
彼は遠い目を窓の外に向け、どこか儚げに笑った。
暮れなずむ町を見つめながら、彼はぽそりと呟く。
「本物ってやつを、知ってしまったからな」
「……え?」
「自分のしていることが、ただのごっこ遊びに過ぎないことを、痛いほど思い知らされたんだよ」
「あ……。へえ、そうなんだ」
「それはもうショックだったさ。なぜ俺は本物じゃないんだろうって。なんであの人のような力が自分にないんだろうって。何度も枕を濡らしたさ。でも俺が凡人なのは変えようのない事実なんだ。俺は現実から目を背けず、このチンケな自分のまま生きていくしかないんだ。俺はあの人みたいには……。はっ! し、しまった! この話は秘密なんだった。た、頼む。今のは聞かなかったことにしてくれ。こ、殺されてしまうっ」
「あ、うん。わかった」
ヤッチは友達二人の元に戻っていった。
「ダメ、全然治ってない」
「「……あー」」
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