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五、六時間目。
天宮は殺気を周囲にまき散らしていた。
ダークサクリフェスとの決闘に思いを馳せ、神経を研ぎ澄ませていく。
目は据わり、今この瞬間にも、ここら一帯を灰燼に帰してしまいそうな雰囲気だ。
その迫力に、教師すら天宮に話しかけることが出来なかった。
一人の女子が、恐る恐ると言った様子で手を上げる。
「あ、あの……。ちょっと体調が悪くて……」
それを皮切りに、俺も私もとクラスメイトたちが次々に体調不良を訴える。
クラスの大半が手を上げたところで、
「実は私も……」
と先生が申し訳なさそうに手を上げた。
保健室は満員御礼。
高校設立以来の大繁盛だ。
教師陣は大慌てだった。
授業中だから、職員室にいる教師の数は限られていた。
それでも学年主任などの立場ある教師は、受け持ちのクラスに自習を言いつけ、職員室に駆けつけた。
そしてまた、緊急の職員会議が開かれる。
「まさか集団食中毒とか?」
「でもうちは給食じゃないですし……」
「弁当が腐るような時期でもないですからね」
「じゃあまさか、ガスとか……」
「ガス? どこから?」
「たとえば、空調のダクトからとか」
「一年四組だけがですか?」
「それは……」
「まさか、テロ……」
「テロ?」
「ほら、アメリカの高校とかであるじゃないですか。イジメを受けていた生徒が、学校で銃を乱射するような事件って」
「銃って、ここは日本ですよ?」
「だから、それこそガスですよ。有毒な物質を教室に撒いたとか……」
その仮説に、教師陣の緊張が一気に高まった。
「で、でもまだ入学から二ヶ月も経ってないんですよ? イジメだなんて……」
「多感な時期ですからね、我々には理解できない理由なのかも」
「…………」
想定していたよりも重い方向に話が進み、全員が黙り込んだ。
そのタイミングで、扉がノックされる。
養護教諭の杉田翠が職員室に入ってくる。
「生徒たちの容体はっ?」
学年主任が代表するように尋ねた。
彼女の返答次第で、今後の対応がガラリと変わってくるのだ。
すぐに全校生徒を避難させ、警察や救急に連絡しなければならないかもしれない。
教師陣は、翠の言葉を固唾を飲んで待った。
「えっとですね……。その、実は私もよくわからないんですけど……」
翠の返答は煮え切らないものだった。
彼女はまだ養護教諭になって三年目で、経験に乏しかったのだ。
仮に大ベテランだったとしても、混乱せずにいられたかは微妙なところだけど。
「どういうことですか」
学年主任が焦れたように尋ねる。
「それがですね……。みんな口を揃えたように『天宮が怖い……』って言ってて……」
意外な返答に、教師陣は一瞬呆ける。
そして、
「またあの天宮か……」
と納得した。
集団食中毒やテロまで疑われた事態が、「あの天宮」の一言で片付いてしまう。
まだ入学から二ヶ月も経っていないのに、ある意味で天宮は、教師陣から絶大な信頼を得ていた。
この一件を機に、クラスメイトたちから一目置かれていたはずの天宮は、ただただ物理的に距離を置かれ、完全に孤立するようになった。