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ある昼休みのこと。
「最近、人に見られてる気がする……」
「でた、被害妄想」
天宮の言葉に、由紀がすかさず突っ込みを入れる。
「いやまじなんだって」
「はいはい」
そんなやりとりをしながら、二人は弁当箱を取り出した。
神に近似した天宮には、本来食事は必要なかった。
でも天宮は、一般人のふりをするために、三食きちんと取るようにしていた。
味覚はちゃんとあるから、それほど苦にはならないけれど、空腹を感じない分やはり味気ない。
好物をたらふく食べた二時間後、みたいな状態を常に保っているのだ。
甘味などを除けば、天宮はほとんど義務感から食事を取っていた。
「じゃあね」
「うん」
由紀は天宮に声をかけ、友達の元に向かう。
テスト後に行われた席替えで近くになっただけで、二人は昼食を共にするわけではないのだ。
天宮は母お手製のお弁当を開く。
(相変わらず、豪華だな……)
天宮の母はとても料理が上手だった。
弁当にも手を抜かない。
味だけではなく見栄えも綺麗で、中学生のころは、昼休みが待ち遠しかったものだ。
友達が、母お手製の弁当を、よく褒めてくれたのだ。
「うわ、スッゲーうまそう。なぁ、その唐揚げくれよ」
「仕方ねえな。じゃあそのハンバーグと交換な」
「おい、こっちのメインじゃんか」
「嫌なら別にいいけど?」
「ぐっ……」
天宮はオカズのトレードを常に有利な立場で進めていた。
それが、とても誇らしかったのだ。
「いいよなぁ、天宮は。うちの両親は共働きだから、冷凍食品ばっかなんだよ」
「十分マシだろ。俺なんて毎日、購買だぞ」
「……はは」
でも同時に、心苦しくもあった。
友達にわざわざ話したりはしなかったけれど、天宮家は母子家庭なのだ。
母は普通に働きに出ていて、朝はとても忙しそうだった。
そんな母を気遣って、
「無理して弁当を作らなくてもいいよ。購買でパンとか買うし」
と言ってみたこともある。
すると母は、困ったように笑って、
「お弁当くらい、作らせてよ」
と言った。
「ユウちゃんには、色々と我慢させちゃってるし」
申し訳なさそうに、眉尻を下げて。
それ以来、天宮はいただきますとご馳走様の挨拶を欠かしたことがなかった。
そんなことを思い出しながら……。
天宮は窓際の席で一人、お昼休みの喧騒をバックに、もそもそと弁当を食べていた。
(美味しい……)
色々な感情が込み上げてきて、鼻につんとした痛みが生じる。
超越的な力をもっていようと、メンタルは豆腐だ。それも絹ごし。
たまには泣きたくなることもある。
天宮は目尻にたまった涙を袖口でぬぐった。
自分が悪いことはわかっているのだ。
ちょっとしたことに過剰に反応して、すぐに挙動不審になる。
周りも警戒して近づいてこなくて当然だ。
変わらなきゃ、と天宮は思った。
いや、変わってしまった結果がこれなのだから、正確には「戻らなきゃ」だろうか。
天宮だって、このままではいけないと思っているのだ。
普通に友達だって欲しいし、高校生活も謳歌したい。
母親に対して、申し訳ない気持ちもある。
(とにかく、力のことがバレさえしなければいいんだから……)
それに天宮は自覚がないだけで、あの一人芝居の一件以来、周りからは一目置かれているのだ。
話しかけると彼が取り乱すので、みんなそっとしているだけだ。
それはむしろリスペクトからくるもので、彼の方から歩み寄れば、みんなすぐに受け入れてくれるだろう。
天宮は弁当を食べ終え、視線を走らせる。
いきなり派手なグループに話しかけるのは、さすがにハードルが高い。
まともな友達付き合いを、かれこれ一年以上はしていないのだ。
かといって、教室の隅で黙々と読書している大人しそうなタイプにも、話しかけることはできなかった。
天宮の妄想の中では、そういう大人しそうなタイプこそ、逆に危険だったりするのだ。
散々悩んだ結果、派手でも大人しくもない少人数の男子グループに狙いをつける。
そして覚悟を決めて立ち上がりかけた時、ガラッと大きな音を立てて教室の扉が開け放たれた。
教室は静まり、皆の注目がそちらに向く。
完全に出鼻をくじかれた。
闖入者は、背の高い男だった。
ぼさぼさの長い黒髪。
ブレザーの裾に腕を通さず、肩に羽織っている。
指なしのレザー製手袋と、髑髏をあしらった派手な腕時計。
男は教室中の視線を集め、満足そうに微笑んでいた。
そして天宮の姿を認め、闊歩するように大股で歩み寄ってくる。
「お前が天宮悠斗か」
高い位置から見下ろしながら、居丈高に言う。
天宮はテンパって咄嗟に返事が出来なかった。
クラスメイトたちが、天宮に同情する。
(天宮のやつ、厄介なのに絡まれたな……)
闖入者は、天宮に次ぐ有名人だったのだ。
クラスメイトたちは呆れながら、いざとなれば天宮に助け舟を出そうと、二人の動向にそれとなく注意を向けていた。
「あ……。えっと……。誰?」
天宮はやっとのことで尋ねた。
男は鼻を鳴らし、意味深な笑みを浮かべた。
「俺の名はダークサクリフェス。闇の世をすべし者。いやそれよりも、お前の秘密を知る者、と言ったほうがわかりやすいか?」
(また始まったよ……)
苦笑するクラスメイトたちをよそに、天宮は椅子をガタつかせながら立ち上がった。
「……っ! な、なぜそれを!」
(え⁉︎ 乗るのっ⁉︎)
天宮の意外なノリの良さに、クラスメイトたちも驚く。
「ま、まさか、組織の人間か」
「ふふ、なかなか鋭いな」
「くっ」
「そう怯えるな。組織はまだお前の存在には気づいていない」
「……どう言うことだ」
「お前は俺の獲物だからな。他の連中に渡すわけがないだろう。放課後、東橋の下で待つ。そこで決着を付けようじゃないか」
「もし断ったら」
「当然、お前のことを組織に報告する。そうなれば、お前は……」
「……わかった」
「ふふ、楽しくなりそうだ」
男はブレザーをマントのように翻し、教室を後にした。
その背中を見つめながら、天宮は決心する。
(殺すしかねえ)
天宮は追い詰められると、一周回って肝が据わるタイプだった。