第8話 美少年と犬の決意
「え……犬、なのか?」
館に戻った俺は、人化の途中経過を見ないと信じて貰えないと思い、リアムの前で神代佑真の姿に戻った。
もちろん、シーツを巻いて全裸対策はしている。
リアムの前で全裸になり、『飼い犬が変態に早変わりする』というトラウマを与えるわけにはいかないからな。
しかも、暖炉の前だから寒くない。
まあ、神獣だから風邪をひく心配はないけどね!
……というか、俺も最初は気がついていなかったのだが、完全に神代佑真に戻ったのではなく、犬のときの耳と尻尾が残っている姿だった。
髪も白地に黒のメッシュが混じる長髪になり、目の色も金色。
でも、姿かたちは元のままなので、獣人コスプレをしている神代佑真に仕上がっていた。
正直、この姿は痛すぎる。日本の知人に見られると病む自信がある。
でも、この姿だとリアムと話せる!
「そうだよ。リアムと話したかったから、人の姿になったんだ」
「そんなことができるんだ? すごい! その姿、かっこいいね!」
「そ、そうかな?」
キラキラとした目で見てくれるリアムは、間違いなく天使である。
気持ち悪いと言われないでよかった……心の俺が泣いた……。
あ、そうだ。話せるようになったらまず、言いたかったことは――。
「俺の名前は……いや、リアムが俺に名前をつけてくれよ」
「え? 僕が? 犬の名前を?」
「それ! もう犬! って呼ぶのは、やめてくれよ」
「わ、分かった……えっと……じゃあ、考えるね? 何にしよう? うーん……」
俺の言葉を聞いて、真剣に悩み出したリアムを見守る。
眉間に皺を寄せて考えている様子が可愛い。
俺の名前、何になるかな~と、人化しても尻尾をぶんぶん振って待つ。
「……決めた! 『レオ』。お母さんがレオニーって名前なんだ」
「そんな大事な名前をつけて貰っていいのか?」
「うん! 君も僕の家族だから。大事な名前を受け継いでくれたら嬉しいなと思ったんだけど……嫌?」
かっこいい名前だし、お母さんの名前の一部をくれるなんて、本当に家族として受け入れて貰えたようで嬉しい!
「嫌なわけがないだろ! すごく気に入ったよ! いい名前だ」
「よかった。改めて……よろしくね、レオ」
「おう! ……ってそうだ! リアムに大事なことを伝えないと!」
これも人化したら言わなければいけないと思っていた、大事なことだ。
「よく聞け、リアム……俺は犬でも魔物でもない……神獣だ!!!!」
これでもっとリアムは敬われるようになるぞ! とドヤッたのだが……。
「しん、じゅう?」
リアムは神獣を知らないようで、きょとんとしている。
まあ、俺も知らなかったけど!
「神なる獣の王、聖獣よりも格上だぞ?」
全部鳥からの受け売りだが、再びドヤって話す。
「アベルの聖獣よりも格上の神獣!? ……すごい……本当に?」
「ああ!」
「!!!!」
リアムの目が、これでもか! というほど輝いていく。
俺のことは気に入ってくれていたが、やっぱり優秀な聖獣を望んでいただろう。
復讐するかはともかく……自分のパートナーがすごい奴だと嬉しいはずだ。
リアムの嬉しそうな顔を見られて嬉しい。
「ねえ、神獣ってどんな力があるの!」
前のめりで興奮した様子で聞いてくる。
えーと……まだほとんど分かっていなくて、修行中なのだが……。
「動物や精霊と話ができるんだ。だから、畑も成功したんだよ」
「おお!」
「すべての聖獣は俺には逆らえないし、聖獣ができることはなんでもできるぞ」
「ええ!? そこまで!? すごい~!」
「ふふ……お前の神獣を誇るといい!」
……なんてドヤりつつ……自分が調子に乗っているのが分かる。
いざとなった時、できなかったらどうしよう!
いや、それはその時に考えればいい。
今は『すごい俺を召喚したリアムがすごいんだ』ということを伝えるのが大事だ。
俺はリアムに自信を持って欲しい。
「神獣ってレオだけなの?」
「そうだぞ? 俺は本当にレアですごいんだ! だからリアム。俺と狩猟大会で周りの奴らを見返してやろう!」
「見返す……?」
無難にやり過ごすつもりでいるリアムには寝耳に水だろう。
またきょとんとしている。
「とにかく、まずは狩猟大会の概要を教えてくれ」
「あ、うん……狩猟大会は――」
リアムの説明をまとめると、狩猟大会と言っても狩るのは魔物。
魔物駆除を兼ねて、毎年魔物の被害が多い場所で開催されるらしい。
今年の会場は、城がある王都から少し離れたところにある大湿原――。
倒すのが難しい魔物ほどポイントが高く、最も多くポイントを得た者が優勝なのだそうだ。
今年は炎の聖獣と契約したアベルが最有力となっているという。
「そんな狩猟大会でお前が優勝するんだ。こんなに気持ちいいことはないだろ?」
「僕が……?」
「ああ。なんたってお前が召喚したのは、神獣の俺だからな!」
ここで説得力を持たせるため、魔法でパフォーマンスをすることにした。
大丈夫、上手にできる……はず!
まず、蝶の形の炎を出した。
「炎の蝶だ! 触ったら熱い?」
「ああ。火傷するから気をつけろ」
「うん!」
掴みは上々のようで、リアムは嬉しそうに炎の蝶を目で追っている。
次は炎の蝶を氷の小鳥に変えた。
「蝶が鳥になった! 氷なのに飛んでる!」
鳥が飛んだあとには、キラキラと輝く氷の軌跡ができて綺麗だ。
そして、俺が指を出すと、氷の小鳥は手にとまった。
「レオ、いいなあ! 僕のところにも来て欲しい!」
リアムが指を出してきたので、小鳥をそちらに移動させる。
「冷たいっ! 不思議だな……わっ」
リアムの手から飛び立った小鳥が、羽ばたいて部屋を一回りすると俺の手に戻ってきた。
その瞬間、小鳥が氷の薔薇に変わった。
「今度はお花になった!」
「これ、食えるぞ?」
「え! 食べたい!」
受け取ったリアムが花びらを齧ると、アイスクリームのように溶けていった。
「本当に普通の氷だ……。レオ、すごいよ!」
「だろう? だから、俺達のざまあ! も必ず成功する」
「ざまあ?」
「ああ。アベルめ、ざまあみろ! の、ざまあ! だ」
「アベルめ、ざまあみろか……あははっ」
リアムが無邪気に笑う姿を見ると癒される。
ほっこりしていると、リアムの顔つきが真面目なものに変わった。
「今まで僕は、聖獣召喚に賭けるばかりで、自分で頑張ることはせずに諦めていたけど……。これからは僕も頑張って、強くなろう……かな」
「リアム……!」
俺が願っていたことは、リアムに自信を持ち、前向きな目標を見つけること――。
今リアムが口にしたことは、まさしく俺が望んだことになる。
「僕、決めたよ。騎士団長に頭を下げて、特訓して貰うことにする」
「リアム!」
なんて頑張り屋さんないい子なんだ!
感動して俺はリアムに抱きしめた。
「えらいぞ、俺は嬉しい! 一緒に頑張ろうな? 二人でアベルをぎゃふんと言わせてやろう!」
「うん! ……ねえ、レオ。シーツ落ちそうだよ? 寒くない?」
「! うおっ、ごめん!」
危ない! 変質者に抱きつかれるという本気のトラウマをつくるところだった!
リアムママ、息子さんに不快な思いをさせて申し訳ありません! と、心の神代佑真が土下座した。
「ねえ、これからはずっと人の姿でいるの?」
「いや、犬の方が便利だし、しばらくはリアムの前だけで必要があるときに……って感じかな」
「そっかあ。でも、今日は朝まで人でいてくれる? いっぱい話そう!」
「そうだな。そうしよう」
――と安請け合いしたのだが……。
シーツ一枚、体に巻いただけの男が、リアムと添い寝することになったので、繰り返しになるが、リアムママには心の神代佑真が再び土下座したのだった。