狂った法律を信じる愚民達
それからしばらく経ったある日、優美は非番で街に出ていた。
最近仕事が忙しく、今日は久々の美容院に行ける日だからだ。
──蓮さん、確かストレートが好きって言ってたよね。
優美が蓮の事を想いながら街を歩いていると、街頭ビジョンに政府からの広告が連続で流れているのが目に入ってくる。
『貧困と飢餓を失くし、クリーンなエネルギーで綺麗な世界へ。SBTsで持続可能なみんなの社会』
『綺麗で優しく、一人一人の多様性を育てる社会へ。LJXP法でなくそう。性別の壁を』
道行く人達はこういった広告を快く眺めているが、優美はこんなクソ広告には吐き気がしていた。
もちろん、言ってる事は分かるし出来たらいいに違いない。
ただ、その裏側で途轍もない利権がうごめいているし、むしろ、その利権の為にこんな思想を広めている事を優美は分かっているからだ。
──会社が社員に目標を課す時や、企業が客へサービスを行う時に言う事が綺麗事だとみんな分かってるハズなのに、なんで国が言う事はそうでないと思ってしまうんだろう……
優美がそう憂いていると、優美の気分をさらに陰鬱にする広告が流れてきた。
『PDY検査』のCMだ。
──うわっ、最悪だ……
優美がそう思う中、街頭ビジョンの中で首相は大根役者のように話をしている。
「えー『雨天時傘不所持根絶法』は雨に濡れる事によって、風邪を引かないようにする事が目的であります。それが皆様の健康も守る事になります。それは自分だけでなく、周りの人達の為でもあるのです」
──しらじらしい。本当は利権が絡んでるくせに。
優美の思惑は最もで、これも健康を守る為なんかではなく全く別の目的で動いているのだ。
もちろん首相は、それをおくびにも出さず話を続ける。
「また、雨による風邪を引く可能性があるかどうかの、定期的な検査が必要です。なので、半年に一度必ず『PDY検査』を行ってください。後は、傘です。傘はパイダー製とデテルナ製の相互所持を推奨致します。自分と、何より自分の周りの大切な人達を守る為に、今日も傘を差しましょう!プット、アップ、アンブレラ♪」
聞いてるだけでうんざりするCMだが、ここ数年ずっと流れてるCMだ。
種類もまあ豊富だし、芸能人や有名インフルエンサーを使ったよくもまあと思うバージョンもある。
ただ、優美がこの件に関して憂鬱なのは、少し考えればオカシイと分かるこの茶番を、日本中の大勢の人達が未だに信じている事だ。
一時期は傘が不足したり、それにより都市封鎖まで行われた事もあった。
「はぁ……バカバカしい。でも蓮さんは……」
優美がそう言ってため息をついた時だった。
突然ポツポツと雨が降り出してきた。
今では国民の約9割以上が折り畳み傘を持ってる為、優美もカバンから折り畳み傘を出すとサッと差した。
正直、これぐらいの雨なら濡れても構いやしないのだが、警察官である自分がそんな事になったらスキャンダルも甚だしい。
なのでオカシイとは思っていても、組織にいる以上は従うしかないのだ。
そんな時、駅の改札の入り口で泣きそうになりながら、キョロキョロしている小さな男の子がいたので、優美はその子を見つけると、どうしたのかと思って話しかけた。