行き場のない想い
長らく滞っていましたが、ぼちぼち更新していきます。
「ヴィオラ様、軽食をお持ちしました。魔力の回復を高めるためにも、少しでもいいので食べてください」
「……今は食欲がないの。ごめんね、カリナ」
「……ヴィオラ様」
ルカディオとの念願の再会から、ヴィオラは無気力になっていた。何もする気が起きない。
入学式が週末だった為、今は休日で学園を休まずに済んだが、もう明日からは新しい週が始まる。
学園に行けばルカディオに会えると思って、今までどんなに寂しくても耐えてきた。
顔を見て言葉を交わせば、元の二人に戻れると思っていた。二人の想いは簡単に消えはしないと、何の根拠もなく信じていたのだ。
それなのに、再会したルカディオは別人のように変わり果て、ヴィオラの話を聞こうともしなかった。
そして終始軽蔑するような目で自分を見ていた。
目を閉じるとあの冷たい瞳を思い出し、胸が痛くて体が震える。一番大事なものを失くしてしまった喪失感に、ヴィオラは身を縮めて耐えるしかなかった。
ドクドクと心臓から血が噴き出ているかのように、痛くて痛くて仕方ない。
(ルカ───……どうして?)
声を殺して泣いていると、頭まで被っていた掛布を誰かに剥ぎ取られ、突然の光に目が眩む。
「ヴィオラ」
優しい声音に目を凝らすと、ノアが心配そうな顔で自分を見下ろしていた。
「……ノ、ア……様?」
「ヴィオラ、眠れないなら俺と話をしよう」
「ノ、ノア様!無断で未婚女性の掛布を剥ぐなんて!」
カリナが慌てて駆け寄るが、ノアがそれを手で制する。
「カリナは暖かいミルクにハチミツを混ぜたモノを持ってきてくれ。飲み物ならヴィオラも飲めるだろう」
「…………わ、わかりました。でも扉は開けたままにさせてもらいますよ」
「ああ。わかっている。それから一口でつまめるフルーツでも持ってきてくれ」
「かしこまりました」
ヴィオラは虚な目でノアを見上げた。どうして彼がここにいるのかわからない。傷ついて、泣きすぎて、ヴィオラはもう考えることに疲れていた。
そんなヴィオラをノアは唐突に抱き上げた。
「……っ!?」
さすがのヴィオラもこれには驚き、横抱きにされた反動で思わずノアの首に捕まる。
「ノア様!?……や、離してください……っ」
「いつまでベッドの上で丸まってるつもりだ?明日から本格的に学園生活が始まるんだぞ。それとも初日から休むつもりか?」
ヴィオラを抱えてスタスタと歩きながらソファに近づき、横抱きにしたまま腰を下ろす。
完全にノアの膝の上に座っている体勢だった。
「ノ、ノア様!下ろしてください!皇弟殿下の上に座るなんて……っ」
突然の横抱きに正気に戻ったヴィオラは、今の自分の状況が恐れ多すぎて顔を赤らめたり青くなったりと忙しない。
「ダメだ。ベッドの芋虫と化して食事も取らない悪い子は、師匠が直々に指導してやらなきゃな」
「い……芋虫?悪い子?」
「部屋に篭って魔法訓練サボっただろ?」
「う……」
「魔法士は魔力を大量に使用するから体が資本だ。だから自己管理が何よりも大切なんだよ。それなのに、ヴィオラは丸一日何も食べてないだろう。これじゃいつまでたっても魔力は回復しないし、体調が悪くなっていくだけだ」
ノアの指摘にヴィオラは俯く。
そんなことを言われても、何もやる気が起きない。食欲もない。思い出したくないのにあの時の冷たいルカディオが脳裏に浮かぶたびに、叫び出したくなるのだ。
もう何もかも放り出して逃げたいとさえ思う。
「ヴィオラ……、周りを見てごらん?精霊たちが心配してる」
「……?」
ノアの言葉に、周りに視線を向けると、小さなホタルのような光がポワポワと浮かんでいる。
数年の魔法特訓を受けて魔力量が増えたヴィオラ達は、下級精霊の姿が見えるようになっていた。
よく見てみると小さな子供の姿をした精霊たちが、悲しそうな表情でヴィオラの周りを飛び回っている。
小さくも暖かい光に、ヴィオラは胸が詰まった。入学式から帰宅後、すぐに部屋に篭り、兄や父の声にも答えず、ずっと自分の殻に閉じこもっていた。
精霊にまで心配をかけていたことに、今この時まで気づいていなかったのだ。
それでも、開いてしまった傷口が塞がらない。今も血を流し続けて、辛くて仕方ないのだ。他を気遣う余裕がない。
どうしたらこの苦しみから逃れられるのだろう。
また思考が闇に呑まれそうになった時、ノアの胸に頭を引き寄せられた。旋毛にノアの息がかかる。
「辛かったな、ヴィオラ」
「…………」
頭上から優しい声が降ってきた。
「俺のせいで話が拗れてしまってすまない。俺はお前を守る為にここにいるのに、今すぐ助けてやれないのが歯痒くて仕方ないよ」
ヴィオラが求めてるのはアイツだもんな──……と小さく呟き、その大きな手でヴィオラの頭を撫でた。
「でもな。辛い時は一人で抱えないで誰かを頼れ。クリスも、エイダン殿も、俺も、カリナも、精霊たちも、皆がお前を心配してる。助けてやりたいと思ってる」
そう言うとノアは両手でヴィオラの頬を包んだ。そして瞳を覗き込まれる。綺麗な琥珀の瞳に自分のやつれた姿が映った。
「こんなに涙で目を腫らすほど、ヴィオラはルカディオが好きなんだな」
「…………」
子供に言い聞かせるような声音と、自分の頬を包む温かい手の温度に絆され、自然に頷いた。そして散々泣いたのに、再び目尻に涙が滲む。
「我慢しなくていい。辛い、苦しいと泣き喚いてもいいんだ。お前はずっと頑張ってきたんだから、あんな風に貶される謂れはない。だから全部吐き出せ、ヴィオラ」
「……っっ」
現実逃避したいほどの胸の痛みが、ノアの言葉で枷を失い、ドロドロした悲しみと苦しみ、怒りが溢れ出る。
「うああぁぁぁぁっ」
なんで。
好きだって言ってくれたのに。
守ってくれるって言ってくれたのに。
結婚しようって言ってくれたのに。
離れたくないって、ずっと一緒にいたいって、何度も言ってくれたのに──
ルカディオは、ヴィオラを拒絶した。
「嘘つき……ルカの嘘つき……!!」
(私はまだ、こんなに好きなのに──)
二人のかけがえのない思い出が、今のヴィオラを苦しめていた。
幸せだった頃を思い出すほど、心が壊れていく。
前にも後ろにも進めず、行き場のない想いをノアにぶつけ、ヴィオラは声をあげて泣き続けた。
それは、聞いた誰もが苦しくなるような、悲痛な声だった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!面白い、続きが気になると思って頂けたら★評価をいただけると執筆の励みになります(^^)




