8歳 祝福できない sideクリスフォード
「お兄様、果物持ってきたから少しでも食べて」
「ありがとう、そこに置いといて」
「お兄様。食後じゃないと薬が飲めないんだから食べないとダメ」
「はいはい。わかったよ」
「はい、あーん」
8歳にもなって妹に食べさせてもらうなんて恥ずかしいと思うが、最近誰かのせいでヴィオラとの時間が減っているので、クリスフォードは甘んじて奉仕を受ける事にした。
親に愛されない、可哀想な妹。
いつまでも自分が守ってあげる存在だと思っていたのに、その守る役割を奪う奴が現れた。
ルカディオ・フォルスター。
なんでも隣に住んでる奴で、侯爵家で、父親が騎士団長で、自分も騎士を目指す為に毎日庭先で剣の稽古に励んでいるんだとか。
(────気に入らないなぁ)
嫌味かと思うくらい自分と正反対の男。
明朗快活で、運動神経が良くて、あと何だったか。
爽やかとか優しいとか、いろいろヴィオラが言っていたような気がするが、腹立たしいので聞き流した。
今までずっと、クリスフォードとヴィオラ2人の世界で完結していた。家に寄り付かない薄情な父親、息子を溺愛している気の狂った母親は全く頼りにならない。
母親に関してはむしろ目障りでしかない。
そんな環境の中でクリスフォードとヴィオラはお互いが唯一の家族で、支えあって生きてきたのだ。
他人から見たらきっと共依存の関係だろう。
親から得られない愛を兄に乞う妹。
病弱で役立たずな嫡男でも、妹を守るという大義名分で存在価値を得ている兄。
親に限らず、子供達も既に歪な関係だった。
それでも、2人は一緒にいるだけで安らいだ。
2人でいれば辛い事も乗り越えられた。
2人で一緒にいられたら、それで充分だったのに。
ルカディオが現れてからヴィオラはクリスフォードの前であまり泣かなくなったし、笑顔が増えていった。更には恋をしているらしい。
今まで双子同士の特性でお互いの考えがよく分かっていたが、最近は共感できない事が増えた。
心に芽生えた黒い種が、少しずつ成長していく。
ヴィオラが自分から離れていくかもしれないという不安が膨れ上がっていく。クリスフォードにとってそれは、自分の存在価値が無くなると同義なのだ。
健康な体のヴィオラは、自分を置いて家を出ようと思えばできるのだから。誰かと結婚して兄がいなくても生きて行けるのだから。
じゃあ自分は?
クリスフォードは生まれてからほとんどの時間ベッドの住人で、外に出るのもままならない。結婚どころか爵位を継げるかどうかも現時点では怪しい。
(────ヴィオがいなくなったら、あの母親と2人きりで暮らすのか?)
考えた瞬間、クリスフォードはゾッとした。
それからは、ルカディオを交えて3人で会うように仕向けた。なるべくルカディオとヴィオラを2人きりにしないように。
最初の方は、ルカディオへの嫉妬が抑えられなくて悪態つきまくっていたが、3年も付き合うと流石のクリスフォードもルカディオが善人である事は理解した。
ただ盲目的で、無駄に正義感が強く、鈍感そうな所が、危うい感じがしている。
つまり、脳筋バカなのだ。
単純で素直なのは美徳であり、人を惹きつける魅力にはなる。だが高位貴族としては素養が足りないように思う。
クリスフォードも社交界デビューを果たしていないため、貴族社会については家庭教師からの聞き齧りだが、ルカディオは何とも頼りない感じがする。
そんな悶々とした思考を繰り返してる間に、突然ルカディオとヴィオラが婚約した。
(人が寝込んでいる隙にルカの奴っ)
クリスフォードは猛烈な怒りが込み上げるが、ヴィオラが本当に嬉しそうに、全身で幸せオーラを滲ませている姿を見て何も言えなくなった。
兄としては、祝福するのが当然なんだろう。
(でもこんな足りないだらけの奴に、ヴィオラを任せられるのか?)
ルカディオのヴィオラへの想いはクリスフォードも疑っていない。本当に好きなのだと見ていればわかるし、バレバレだからむしろ隠せとすら思う。
それでもクリスフォードは2人の婚約を手放しで喜べなかった。逆に不安を煽った。
あの母親が、更なる悪意をヴィオラに向ける気がしてならない。現に今、あの女のヴィオラを見る目は殺気めいている。
母親が実の娘に向ける目ではない。
何かが起こる。そんな気がしてならない。
そしてその予感は、すぐに当たった。
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