堕ちる② side イザベラ
「お父様、お義姉様とエイダン様はどうやらうまくいってないみたいなの。最近お義姉様も気を病んで体調が悪いみたいだし、やっぱりオルディアン家に嫁ぐのは私の方が良いんじゃないかしら?」
ここ数カ月、マリーベルは幻覚草の影響ですっかり気が滅入り、エイダン本人にも直接婚約者変更の申し出をしているらしい。うまくいって良かったとイザベラはほくそ笑んだ。
「お前はまだ諦めてなかったのか。ダメだと言っているだろう。何度も同じ話をするな」
「お父様!?お義姉様が不幸になっても構わないんですか!?」
「貴族の結婚なんてそんなものだ。政略結婚に愛情なんて必要ない。マリーベルがオルディアン家で魔法を使い、事業を発展させて主権を得る事に意義があるのだ。大体お前はあんなに王子と結婚したがっていたのに何で急にそんなバカげたことを言いだすんだ。我儘も大概にしろ。これは政略の話なのだ。家と家の契約なんだよ。色恋や幸せ等関係ない」
「・・・・・・っ」
いつもイザベラに優しい父が、この話題だけは断固として厳しい対応をしてくる。
なぜオルディアン家に土属性の魔法が必要なのかは話してくれなかった。一体父は義姉に何をさせたいのだろうか。
それはイザベラでは無理な役目なのだろうか?
時間が経つにつれ、2人の結婚式が近づいていく事に不満と焦りが募っていく。
(このままじゃ2人が結婚しちゃうじゃない!)
イザベラは2人の結婚までの期間、マリーベルをダシにエイダンに近づいたが全く相手にされず、それどころか冷たい視線まで向けられるようになってしまった。
豊満な体に色香の際立つ美しい顔立ちは社交界の男共を虜にするほどの評判だというのに、エイダンは全く靡かないどころか、彼の視界に映る事すら困難を極めた状況が続いた。
その状況は、ますますイザベラのエイダンに対する執着を強める結果となった。
そして、イザベラの成す術なく2人は結婚し、激しい嫉妬に苦しむ。
「なんで!なんで!なんでなんでなんで!!どうして私のものにならないの!」
部屋にある小物や花瓶を壁に投げつけて憂さを晴らすが一向に気が晴れない。
壁際で侍女やメイドが青い顔で怯えているのが視界に映り、それがイザベラの苛立ちを更に煽った。
「この役立たずども!!」
テーブルにあるティーポットを侍女達に向け、中身を彼女達にぶちまける。お茶の熱さに悲鳴が聞こえるが、イザベラにとってはどうでもいいことだ。
今までイザベラの望むものは何でも手に入った。
父は自分を溺愛してくれて欲しいものは何でも与えてくれたのに、エイダンだけはどんなに頼んでもイザベラにくれなかった。
「こうなったら、あの二人を離縁させてやるわ」
イザベラは、マリーベルと共にオルディアン家に向かった侍女に接触した。
彼女は以前買収した侍女だ。男爵家の長女で年の離れた幼い弟と、あまり体が丈夫ではない両親の為に侍女として公爵家で働き、仕送りをしていた。
彼女に再びお金を握らせ、幻覚草をオルディアン伯爵家の皆に飲ませろと命じた。
最初は抵抗していたが、以前幻覚草をマリーベルに飲ませた実行犯として父に訴えると脅したら黙りこんだ。
彼女を溺愛している公爵に、一介の使用人に過ぎない自分がイザベラの命に従ったと言った所で、公爵は信じないだろうと諦めてしまった。
彼女はもうイザベラの言いなりになるしか家族を守る方法がなかったのだ。
それからイザベラは侍女にオルディアン家の内情を探らせ、逐一報告をさせた。
手始めに、エイダンを除いた全員に幻覚草の紅茶を飲ませる。
方法は、侍女に公爵家からマリーベルへの仕送りの品として高級菓子と一緒に持たせ、侍女にもてなしをさせた。
幻覚はもちろんイザベラとエイダンが愛し合っている光景。
それを続けた所エイダンが邸内で孤立し、養子のアルベルトとの間に確執が出来始めた。
イザベラはそれも利用し、エイダンにはアルベルトとマリーベルの不貞現場の幻覚を見せた。
これでエイダンはマリーベルを糾弾し、不貞で離縁を切り出すはずだった。
しかし、エイダンの反応はイザベラの予想を大きく外した。
不貞の幻覚を見せたにも関わらず、ますますマリーベルに執着し、囲い込み、抱き潰すようになったのだ。
(どうしてよ!なんでこうなるの!?イヤよ・・・他の女なんか抱かないで!)
イザベラは再び身を焦がすような嫉妬に狂わされ、更にマリーベルへの憎悪を滾らせた。
そして皮肉な事に、イザベラが手を回したせいで結婚して1年も経たずに、マリーベルはエイダンの子を身籠もったのである。
イザベラにとって、存在するだけで憎らしい、
2人の血を受け継いだ双子がこの世に誕生した。
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