父と息子 / 束の間の逢瀬
「ロイドとケンウッドが完全にお前に付いたな。2年前、領地に帰る際に俺を脅してケンウッドを連れていったのはこの為か?何か、気づいていたのか?」
───エイダンの執務室。
父は執務机で書類を手にしながら。
息子は机の前の応接セットでお茶を飲みながら。
それぞれの近況を報告をする。
「まさか。ただの結果論ですよ。子供にそこまで分かるわけないでしょ」
「・・・・・・そうか」
2年半前、イザベラに領地に帰る事を告げられたクリスフォードは、父親にオルディアン家に忠誠を誓う使用人を同行させないと『社交界に虐待の事実をリークする』と脅しをかけた。
王族の専属侍医である父親が、実子の虐待を黙認しているなんて話が社交界に流れたら、エイダンの地位剥奪は免れないだろう。医師生命すら危うい可能性が高い。
そう息子に脅され、仕方なくエイダンはケンウッドを領地に向かわせた。
「大体、そうでもしないと僕らに関心のない父上は全部母上に丸投げしてたでしょう?もしそうなった場合、領地の使用人は公爵家の息のかかった者で溢れかえり、商会も製薬工場も公爵家に乗っ取られ、僕ら2人は魔力判定の偽証を隠蔽する為に毒殺か虐待死させられていたでしょうね。そしてその後は闇取引の隠れ蓑にされて荒稼ぎされ、バレたら罪を着せられて一族極刑。そんな結末だったと思いますけど?」
「・・・・・・・・・・・・」
実際にあり得る話なだけに、エイダンは何も言い返せない。実子だと知らなかったと言った所で親を放棄していた事実は変わらない。
「まあ、当初はヴィオを守るのに味方が欲しかっただけですけどね。貴方がケチってケンウッドしか寄越さなかったせいで、結局ヴィオを守れませんでした。あの時に影を沢山領地に寄越してくれてたらヴィオも守れてペレジウムを作らせないで済んだかもしれませんね」
「・・・・・・そうだな」
10歳の息子に当主対応の不備を指摘され、エイダンはただひたすらに受け止める。
当主としての務めも親としての責任も放棄していた自分に反論の余地などないのだ。息子の言っている事は全て事実であり、それが今現在のオルディアン家を危機に陥れているのだから。
「グレンハーベルの魔法士団長でしたっけ?なんか胡散臭くないですか?他国の中位貴族の子供にすぎない僕らの鑑定を、2つ返事で引き受けてくれるなんて下心があるとしか思えないんですけど。一歩間違えれば教会の絡んだ外交問題に発展しかねないんですよ。それがわからない地位の人ではないですよね」
「はあ・・・・・・本当に、お前と話していると子供相手にしているとはとても思えないな・・・。まあ、お前の言う通りアイツも何かしら俺に用があるんだろう。今回はたまたま利害が一致しただけだ。入国するなり捕らえられるという事はないと思うぞ」
「ペレジウムのこと、あっちも把握してるんじゃないですか?だとしたら問答無用で捕まる可能性は捨てきれないですよね」
「まだ売り先がグレンハーベルと決まったわけではない。それに、万が一捕縛されるような事があればお前達だけでも逃がすから安心しろ」
「全然信用なりません。何を根拠に信じてもらえると思ってるんですか」
「それができるくらいの魔力を持っているということだ」
「だから何?って感じなんですけど」
「・・・・・・もういい。とにかく、隣国に行くしか選択肢はない。そういう事だ」
正直、今の伯爵家の現状はクリスフォードも想像の上をいくものだった。大人達の謀略に、隣国へ渡る事に、怖くないと言えば嘘になる。
何より、死にたくない──。
自分はどうやってもまだ子供で、大人のやり取りを実際には見てるだけしかできない。結局父の言う通りにしなければならないのだ。
その不安の一番の原因は、クリスフォード達を守ると言う父の事を、かけらも信用できないせいだろう。この人に親の愛情なんて無いのだから───。
「ところで母上の様子は?」
「・・・・・・今のところ大人しくしている」
「僕らが隣国に行ってる間にやらかさなきゃいいですけどね」
「数人監視を付けているから何かあればすぐ報告がある」
2日後、クリスフォード達はグレンハーベルへ旅立つ。
オルディアン家はもう後がない。
今この現状で縋れるのはその胡散臭い隣国の魔法士団長だけ。この男との出会いが吉と出るか凶と出るかは、
まだ誰にもわからない───。
*********************
「2日後にもう行っちゃうんだな」
「うん・・・・・・」
邸の裏手にある、昔からの2人の逢瀬の場所でヴィオラとルカディオは寄り添い、壁を背にして座っていた。
2人手を握り合いながら。
「グレンハーベルってまだ国が荒れてるんだろ?そんな所に子供のヴィオラ達が行って大丈夫なのか?」
「魔法士団の人達と一緒だから護衛の人が沢山いるし、お父様がする事は現地の医者と魔法士への指南だけだから、危険はないって聞いてるけど・・・。」
「それでも、心配なのは変わりないよ。俺も一緒に行けたらいいのに」
ルカの握る手に力が篭もる。
ヴィオラを離したくないと思ってくれているようで胸がキュンとする。そんな彼の行動や仕草の一つ一つが、どうしようも無く好きだなと改めて思う。
「心配してくれてありがとうルカ。でも私、隣国に行くの楽しみなの。将来ルカのいる騎士団の皆を支えられるような人になる為に、医療の勉強頑張ってくるね」
「俺がいる騎士団?」
「うん。だって騎士団の人達は民と国を守る為に命をかけて日々戦っているでしょう?そんな人達の中に、将来の私の旦那様がいるのよ。支えたいって思うのは当然でしょ?」
「ヴィオ・・・」
「私ね、将来薬師になりたいの!今その為の勉強してるんだ。それで、大人になってルカと結婚したら、奥さんとしても、薬師としても、騎士のルカを支えられる人になりたいの」
「・・・・・・そっか・・・」
「うん、だから応援してね!私もルカのこと応援してるか───わっ!」
笑顔で将来の夢を語るヴィオラに、ルカディオは堪らなくなって彼女を腕の中に閉じ込めた。
愛しくて抱きしめる腕に力が篭もる。
「ありがとうヴィオラ。大好きだ」
「うん。私も大好き」
ヴィオラもルカディオの背に手を回し、ギュッと彼を抱き締める。
しばらく抱き合った後、ルカディオは体を離し、額同士を合わせ、至近距離でヴィオラを見つめた。
近すぎる距離にヴィオラの心拍数が急上昇し、顔が沸騰したように真っ赤になった。
「ヴィオ・・・・・・可愛い」
「る・・・ルカっ!ちょっと近・・・んっ」
言い切らないうちに、ヴィオラの唇はルカディオのそれに塞がれた。ただ唇を押し付けるだけの拙いキス。
「ヴィオラ・・・・・・」
「ちょっ・・・ちょっとルカ!」
喋ろうとする度にチュッとリップ音を慣らして唇を押し付けられる。ミオの記憶があるにも関わらず、ヴィオラは10歳の男の子に翻弄されていた。
でも、ヴィオラは拒むことは出来ない。
大好きな彼に触れられて、嬉しくないはずがないのだ。
2年半の隙間を埋めるように、幸せを噛み締めながら
2人は拙いキスを繰り返した。
ギリギリギリギリ・・・ッ
布の軋む音が、鳴る。
カーテンの布を握りしめた手が、力の入れ過ぎで白く色を変えていた。そしてそのまま、力任せにカーテンを引きちぎる。
ビリビリビリッ!──と布切れの音をさせ、女の唸り声が部屋に響いた。
イザベラは、
抑えきれない怒りに震えていた。
遠く、窓から見える、義娘とその婚約者。
子供のクセに、恋人の真似事をしている。
「ふざけるんじゃないわよ・・・っ」
なぜ、義娘だけが婚約者と幸せになっているのか。
自分は、あの人に一度も触れてもらった事がないのに。
母である自分を差し置いて、何故あの子供だけが先に幸せになっているのか。
「忌々しい・・・っ!!」
近くにあった花瓶を床に投げつける。
陶器の破片と飾っていた花が無惨に床に散らばった。
姉のマリーベルは死んだのに、
いつまで経ってもその亡霊が自分の邪魔をする。
死んだクセに、彼の心を捕らえたまま、離さない。
姉は死んで、この世から消えてくれたのに、
あの女の血を引く息子と娘が、イザベラを苦しめる。
「許さないわよ。ヴィオラ・・・っ」
窓越しに見える、小さな恋人達を憎々しげに睨んだ。
怒りがとめどなく溢れ、
火属性の魔力が漏れて部屋の温度が上がる。
(アンタだけが愛する男と幸せになるなんて・・・)
絶対に許さない──────。
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