愛を乞う女
「あの女がずっと、10年間父上を求めていた事を、当然知っていましたよね?」
「・・・・・・・・・・・・」
クリスフォードの気迫に押され、エイダンは頷くしかなかった。
「一応一緒に暮らしてたんでね。あの女が僕らに情は無くても、父上を本気で愛していた事くらいは子供の僕らでも知っていましたよ」
クリスフォードの発言にヴィオラも頷く。
側から見て父を求める執着は怖かったが、エイダンを前にした母親はずっと切ない目で見ていた。全身で、夫の愛を希っていた。
「応えられないなら何故さっさと離縁しなかったんです?貴方が向き合う事を逃げ回ってたせいであの女は貴方に愛を乞う事をやめられなかった。いつか・・・と期待する事をやめられなかった。貴方は愛する伴侶に10年も無視されて、狂わずにいられるんですか?」
冷静な口調が逆にクリスフォードの怒気を強調し、誰も口を挟めない。
10年──。
そんなに長い時間、愛する人に顧みられない生活を送るというのは、どれ程の苦しみを伴うのか。
きっと結婚したばかりの頃は、こんな生活になるとは夢にも思っていなかっただろう。父に愛されて、父の子を産んで、自分達の家族を作る事を夢見ていたはずだ。
でも現実は残酷だった。
もし自分なら──と想像すると身震いがする。
2年ルカディオと離れただけで涙が出る程恋しいのに、それが10年も続いて、ましてや相手に邪険にされ続けたなら、私なら壊れてしまうかもしれない。
母がバレットと愛人関係になったのも、寂しさゆえだったのだろうか。
だからといって、母親のした事を許せるわけじゃないけれど──。でも、虐待の理由は父が言うよりももっと根深く、複雑なものなんじゃないかと思った。
そしてクリスフォードが言うように、母を凶行に走らせたのは間違いなく父なのだ。
それを本人は理解しているのだろうか?どうも自覚が足りないように思えてならない。そこはかとなく被害者意識を感じる。
「僕らが貴方の謝罪を受け入れられないのは、貴方がまだ僕らの身に起こった事実の本質を理解していないからだ。言葉の端々に透けて見えてるんですよ。被害者意識が」
「・・・っ」
クリスフォードの鋭い指摘に父の顔が苦痛に歪む。
「結局僕らは夫婦関係の不和のとばっちりを受けただけだ。父上の愛を得られない苛立ちを理不尽にぶつけられただけ。父上の気を引く為に利用されただけ。いつでもあの女の行動理由は父上、貴方なんですよ。そして、そんなクソつまらない事で傷つけられてきた僕らの無念さが、貴方にわかります?」
───すべての始まりは、父が選択を誤ったせいだ。
愛せないなら結婚するべきではなかった。
愛せないなら結婚生活を続けるべきではなかった。
愛せないなら、愛せないと母に伝え、想いを断ち切らせなければならなかった。
そうすれば、帰ってこない相手に10年も愛を乞い続け、その愛によって狂ってしまう女は生まれなかった。
「父上はこの10年、邸に残された僕らがどんな思いで暮らしてきたか、表に見えてる結果だけ見て経緯を知らないでしょう?だから貴方の謝罪は底が浅いんですよ!聞くに値しない。あの女を庇うつもりは毛頭ないですけど、あの女だけを悪とするのは都合が良すぎやしませんか?」
そうだ。
それはとても、
──────ズルい。
1人だけ自己保身に走る事は許さない。
たからヴィオラも動く。
「貴方はきっと・・・・・・、魔力の件がなかったら私達と向き合う事をしなかったと思います。───私達が死ぬまで」
─────貴方はそういう人間。
と、ヴィオラがトドメを刺す。
『何もしてないから、自分は悪くない』
そういう心情が、透けているのだ。
何もしてないからこそ、罪だというのに。
クリスフォードとヴィオラは、冷めた目で父を見つめた。その間も兄は怒気を隠しもしない。
静まり返る室内で、父の声が、震えた。
「──────全て、お前達の言う通りだ。全ての元凶は俺だ。俺がお前達の母親であるマリーベルも、イザベラも、お前達も、不幸にしてしまった」
弱々しい声だったが、まっすぐにヴィオラ達の目を見返し、父は言葉を続ける。
「イザベラの事は俺がケリをつける。お前達にこれ以上迷惑はかけない。だから全てに方が付くまでは、しばらく領地にいてくれ。その間は自分達の好きに生きればいい。ロイドとケンウッドがお前達を支え、守ってくれる」
「お役に立てるよう今後も尽力させていただきます」
ロイドが胸に手を当て、ヴィオラ達に頭を下げた。
───きっと、父は離縁するつもりなのだろう。
10年も焦がれ続けた人に断ち切られて、あの人は正気でいられるのだろうか。
もし自分がその立場だったら・・・・と思うと、感情移入して胸が張り裂けそうになる。
今10年という、長い片思いが終わろうとしている。
決して、あの人の事は許せないけれど、
あの人の恋はとても、
悲しいと思った─────。
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