見えない罠 sideエイダン
エイダンはその日、見てしまった──。
伯爵家の庭園で、エイダンの義弟であるアルベルトの胸の中で涙を流しているマリーベルを。
その場を立ち去りたいのに足がすくんで動かない。
見たくないのに目を閉じる事ができない。
ふと、アルベルトと目が合った。
自分と同じ色を持つその男の瞳には、怒りが宿っていた。
─────なぜ?
アルベルトは子爵家からオルディアン伯爵家の養子に入ったエイダンの3歳下の従弟である。
エイダンが王族の専属侍医に指名された為、爵位はエイダンが継ぐが、領地経営と薬産業の運営はマリーベルとアルベルトに委任することになっていた。
王都のタウンハウスではマリーベルが、領地にはアルベルトが着任して伯爵家を支えていく。
仕事内容が同じなので、母から教えを受ける時は2人一緒だった。同じ教育を受けるうちに自然と2人は仲を深め、姉弟のように過ごしていた。アルベルトの腕の中で泣いているマリーベルを見るまでは、本当に姉弟のようだと、そう思っていたのだ。
「兄上」
失意の日々を過ごしていたある日、廊下でアルベルトに呼びかけられた。
「なんだ」
嫉妬から、アルベルトを見る視線と物言いがキツくなってしまう。だが同じ視線をアルベルトも返してきていた事に違和感を感じた。
(何だ・・・?何でそんな目を向けられなければならない。むしろこっちの方が殴りたいくらいだ!)
「なぜ、義姉上を泣かせるのです?兄上の為にあんなに努力して尽くしてくれている人がいるのに、義妹のイザベラ嬢と浮気するなんてどういうつもりなんですか?」
───────は?
「お前は何を言っている?俺は浮気なんてしてない。愛しているのはマリーベルだけだ」
「ハッ、浮気する人間の常套句ですね」
「ちょっと待て!本当に何を言ってるのか分からないんだが?」
(誰があんな女と浮気なんかするか!)
「義姉上が何度か2人が逢引している所を見たと言っていました。可哀想に、あんな憔悴して・・・。それに、僕も2人が口付けている所を見た事がありますよ」
「はあ!?人違いだ!俺はそんな事してないし、イザベラ嬢にも会っていない!」
「でも使用人達も見ている人が何人かいますよ」
何を言ってもアルベルトの目には浮気を認めない卑怯な男に映っているようで、こっちの言い分を信じる素振りが一切なかった。
───どういう事なのか。
本当に言いがかりでしかない。最近使用人達のエイダンを見る目が冷たい気がしていたのはそういう理由か?
でもエイダンは本当に浮気などしていなかった。でも周りは現実に浮気があったようにエイダンを責めたような目で見ている。父と母にも何度か注意され、潔白を訴えたが響かず、マリーベルにも自分はずっと王宮にいるから人違いだと何度も言っているが、信じてくれているのかわからなかった。
まるで邸の人間全てが洗脳されているかのような、底知れない恐怖を感じる。
ケンウッドに探らせたが、イザベラが邸に出入りしている様子はないし、怪しい人物も見つけられなかった。洗脳魔法も疑ったが魔力残滓は見つからなかったし、そもそも精神を操る魔法は闇属性の魔力を持つ魔法士にしかできないはず。闇属性の魔法士はこの国にはいないから、可能性は低いだろう。
そうなると、残る可能性は邸の人間が口裏を合わせて次期当主の自分を陥れる算段を立てている。ということになるが、邸内の使用人達は古くから代々仕えてくれている者が多く、信頼関係を築いてきた者達ばかりなのでその線は考えたくなかった。でも彼等のエイダンを見る目が厳しくなっているのも事実だった。
(一体この邸で何が起こっているんだ──?)
何もわからないまま、月日が流れ、
次第にエイダンも、マリーベルとアルベルトの逢瀬を目撃するようになった。
時には涙するマリーベルを慰めるアルベルト。
時には2人寄り添い、笑い合っている姿。
問い詰めても2人とも否定し、使用人も2人の味方なのかエイダンの言葉を言いがかりとした。ケンウッドに見張らせたが2人の逢瀬の現場は押さえられなかった。
それでもエイダンは、2人一緒にいるのを見かけるのだ。
その時は決まって言葉が出てこない。2人を引き剥がしたいのに足が動かない。
(どうなっている。俺の頭がおかしいのか?)
なぜこうして自分は現場を見ているのに、自分以外の人間は誰も見ていないのか。庭園の様子は邸内の窓からでも見えるはずだ。
やはり皆で自分を騙そうとしているのか?
この頃から、エイダンもゆっくりと病んでいった。
嫉妬に狂い、毎夜マリーベルを抱き潰す日々。
縋っているのは自分の方なのに、閨の時にマリーベルはいつも「私を捨てないで」と涙を流しながら何度も懇願してくる。
それも何故なのかずっと気になっていた。でもすぐに深く考えられなくなり、懇願される度に「愛している」「誰にも渡さない」と呪文のように繰り返しマリーベルに囁きながら、ひたすらに自分の愛をマリーベルの身体に注いだ。自分の女だと、その身体に自分の魔力を纏わせた。
アルベルトを牽制するために。
父と母に相談し、マリーベルとアルベルトの教育を分け、教育のペースを上げて早々に領地に飛ばすことを決めた。
その準備が整い始めた頃、朗報が届いた。
マリーベルが懐妊したのだ。
これで正真正銘マリーベルは自分のモノになったのだと、嬉しさのあまりマリーベルの顔中にキスを送って喜んだ。そんなエイダンの様子を見たマリーベルも涙を浮かべて喜びを露わにした。
とても、幸せだったのだ。
難産で大変だったが、無事に男女の双子が誕生して、自分達の色を引き継いだ子供達は本当に可愛くて、そんな幸せな日々がこれからもずっと続くと思っていた。
双子が魔力無しだと判定されたあの日までは―――。
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