そばにいて side クリスフォード
彼女は他の奴らと違うかもしれない。
クリスフォードがそう感じたのは、カリナがヴィオラを庇い、継母に鞭で打たれて怪我を負った時。
自分も背中の皮膚が破けて血が出ているのに、侍医が来るまで意識が戻らないヴィオラをずっと看病していた。
そして不安で泣きじゃくるクリスフォードのことも慰めてくれたのだ。震える手を隠して──
あの頃のクリスフォードたちはまだ十歳で、カリナは十三歳。三人とも、まだ子供だった。
悪魔のような女がいるあの邸で、三人で身を寄せ合って生きてきた。どんな時もカリナはヴィオラとクリスフォードの味方で、発作で苦しむクリスフォードの看病もよくしてくれたのだ。
だからクリスフォード自身も、彼女を信頼できるようになるまで、そう時間はかからなかった。
ルカディオの仕打ちに悲しむヴィオラを、ずっと二人で支えて、ノアたちが護衛についてくれてからも、それは変わらなかった。
カリナはヴィオラにとっても、クリスフォードにとっても一番の理解者だ。
ただ、それだけだと思っていたのに──
ノアやジルがカリナと話しても、何とも思わなかった。
だが、セナがカリナの名を呼び、笑顔を交わしている姿を見て、腹の底にドス黒い感情が湧いた。
ヴィオラに指摘されてそれが嫉妬だと自覚する。
ノアやジルがカリナの側にいても腹が立たなかったのは、お互いに恋愛対象にならないとわかっていたからだ。
ノアはヴィオラしか見ていないし、ジルは魔法のことしか頭にない。
根本はジルもセナも大差ないが、セナはジルと違って女性を尊重する。出会った当初は明らかにリリティアに傾倒していたことからも、女性に興味がないわけではない。
だからこそ、心に引っかかった。
二人並ぶその立ち姿が、違和感なくお似合いだと思ってしまったのだ。それが腹が立つほど気に入らなかった。
セナは侯爵令息で、魔法士団長の息子で、魔法士としての才能もあって、エリートコースに乗ることが決まっている。そんな男に懸想する女は多い。
なら、カリナもセナに惹かれるかもしれない。
嫉妬が芽生えたのは、無意識にその危険を感じ取ったからだろう。
ヴィオラの言葉でぐちゃぐちゃになっていた自分の感情の名前が明確化し、口をついて出る。
『ダメだ! カリナが僕以外の男と結婚するなんて許さない!』
カリナへ向ける感情が、信頼だけでなく恋情も含まれていたと気づいた今、彼女を手放すなど考えられなかった。
今までもこれからも、当たり前に側にいるものだと、なんの根拠もなく思い込んでいた。
だが彼女は使用人なのだ。それなら主人であるヴィオラについて帝国に行くのは当然なのに、なぜそこまで思い至らなかったのか──
(僕にとっては、カリナはただの使用人なんかじゃない。ずっと側にいてほしい唯一の女性だ)
そしていま、クリスフォードに試練が立ちはだかる。
恋心に気づいて数分後、落ち着く暇もなくカリナと二人きりにされてしまった。
自分とヴィオラの会話をどうやらカリナは聞いてしまったらしく、先程から無言のままそわそわしている。
ちょうど休憩の時間帯だったことを失念していた。それほどにヴィオラの言葉に動揺したのだ。
あの会話を本人に聞かれるなど、公開処刑のようなものだ。恥ずかしすぎてクリスフォードの顔は赤く染まる。
ヴィオラが部屋を出る前、セナと共にさっさと求婚しろと眼力で訴えてきたことを思い出す。
(いくらなんでも無茶振りすぎるだろ……さっき自覚したばかりなんだぞ……!?)
あの様子からして、セナにも自分の気持ちがバレていたのだろう。この数日、あの男が自分を見てニヤニヤしていた理由がわかり、クリスフォードの眉間に皺が寄る。
するとカリナがビクッと体を揺らし、真っ赤だった顔が真っ青に変化した。
「カリナ……?」
「も、申し訳ありません……っ」
「どうして謝るの?」
「わ、私は休憩用のお茶をお持ちしただけで、シーケンス侯爵令息様には、たまたま扉の前で声をかけられただけなんです。一緒に行動していたわけではなくて、決してオルディアン伯爵家に泥を塗るような真似は……っ」
真っ青な顔で手を震わせているカリナを見て、クリスフォードは先日セナに暴言を放ったことを思い出した。
(ああ……僕の機嫌を損ねたと思っているのか)
今思えば、あんなのはただの八つ当たりだ。
仲良さげに二人で帰って来たことに腹が立っただけで──
(あー……もう、かっこ悪……好きな子を怯えさせて、何をやっているんだ僕は……)
その場に蹲りたい気持ちを押し殺して、カリナを真っ直ぐに見つめる。
(ちゃんと言葉にして伝えなきゃダメだな)
「カリナ……さっきの僕とヴィオラの話、聞いてたよね?」
問いかけると、カリナはボッと顔を真っ赤にさせる。
「あ、あの、盗み聞きするつもりはなくて──」
「好きだよ、カリナ」
「……っ」
「この数日、セナにカリナを盗られるんじゃないかって気が気じゃなかった。二人が話しているのを見かけるたびに嫉妬してたんだ。ねえ、カリナ。お願いだから僕以外の男を見ないでよ」
「え……え?」
クリスフォードの告白にたじろぎ、カリナは一歩後ずさる。それを追いかけ、彼女の顔の横に両手をつき、扉と自分の間に閉じ込めた。
「ク、クリスフォード様……っ」
(顔真っ赤……どうしよう……すごい可愛い)
この反応は、期待してもいいのだろうか?
年上で大人びたカリナが、自分に翻弄されてあたふたする姿は新鮮で、胸の鼓動が早くなる。
なんでこんなにも大きな気持ちに今まで気づかなかったのか──
「ヴィオラが結婚する時、君まで帝国に行ってほしくない。そんなの耐えられない。カリナが好きなんだ。ずっと僕のそばにいて。離れていかないで」
懇願するように、気持ちを伝える。
するとカリナの瞳に涙が浮かんだ。
「わ、私も……クリスフォード様の婚約者の話を聞いて……とても胸が苦しかったです。でも私はただの使用人だから……貴方をお慕いすることも……胸を痛める資格もない。それがずっと悲しくて……だから……いずれヴィオラ様についていって、貴方を忘れなきゃいけないって──……んっ」
涙を流して想いを吐露するカリナに、クリスフォードは我慢ができなかった。
その想いを捨ててほしくなくて、引き止めるようにカリナにキスをする。
夢みたいだった。
好きな人に好かれていた。
その奇跡に胸が震えて、夢中で彼女にキスをした。
可愛くて、愛しくて、切なくて。
他の男なんかに見せたくなくて。
今までの自分はまだ、ヴィオラやノアの感情を本当の意味で理解していなかった。わかったつもりでいた。
今この身に降りかかって、その熱さを知る。
激しく胸を打つ鼓動と、締め付けられるような胸の痛みと、たった一人を求める渇望を知る。
恋がこんなに衝動的なものだったなんて、初めて知った。
「カリナ、僕と結婚して。ずっとそばにいて」
「……私でいいんですか? 私は使用人ですよ?」
「カリナがいいんだよ。他の女なんか要らない」
クリスフォードがそう言い切ると、カリナはその胸に顔を埋めた。肩が震えて、泣いているらしい。
「私も、ずっと前から貴方をお慕いしていました。これからも、貴方のそばにいたいです」
「カリナ……っ」
彼女を強く抱きしめる。
泣きたくなるような愛しさを、今知った。
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