兄の婚約事情①
「ヴィオラ嬢! 出来たよマジックバッグ!」
ジルが制作した新しい魔道具を、サロンにいた皆と一緒に早速使用してみる。
「数日で作ってしまうなんて、本当にジル様はすごいですね」
「へえ、これならいちいち詠唱しなくても使えるからいいな。空間の大きさも手荷物にちょうどいいし」
「ホントだ! あ~これを商会で売れないのが悔やまれるね」
「いいなぁ。私は精霊と契約してないから、バック開けてもなんの反応もしませんよ。使ってみたかった!」
皆がそれぞれに感想を述べ、新しい魔道具を絶賛する。
「いやあ、ホント毎回思うけど、ヴィオラ嬢の魔道具の閃きは冴えているよね。実に理にかなっている。前世の知識って奴でしょ? いいなぁ。僕も来世はその世界に生まれ変わりたいなぁ」
「ふふ。ジル様が日本に生まれ変わったら、科学者になってそうですね」
「かがくしゃ?」
「魔法に変わる技術です。あちらの世界には魔法がないかわりに、科学者や発明家が便利な道具を作って民の暮らしを豊かにしているんです」
(さすがにマジックバッグはないけれど)
「何それ楽しそう! もうちょっと詳しく──」
「ストップ! ストーップ!! それ以上は企業秘密なのでノーコメントで!」
日本の話で盛り上がりそうになった時、兄クリスフォードが割って入り、会話を中断させた。
「お兄様」
「ヴィオ、乗せられたらダメだよ。ヴィオの日本の知識は宝の山なんだから、その知識は僕たちの商会だけで生かしてね。うっかりジルに漏らしたらすぐ商品化してアイディアを盗られちゃうから!」
「ちょっとクリス君、師匠に対して偏見が過ぎない?」
「じゃあ、もしそのマジックバックが万人向けの商品だったら、利権に一枚噛ませろとか言わなかった? そんなことはないと誓える?」
「…………」
「ジルはこう見えて金に汚い男だ。絶対に言うと俺が誓おう」
「私も誓います」
「何で本人じゃなくてノア様とジャンヌが誓うのさ! 金に汚いってただの悪口だからな! 研究には金がかかるんだよ。研究熱心な男と言ってほしいね」
確かにジルが一緒に研究してくれたおかげで、医療鑑定魔法を実用化することができた。これからも日本の製品を魔道具化するなら、これからもジルの力は必要かもしれない。
「お兄様、ジル様が了承して下さるなら、正式に共同開発者になっていただいたらいいんじゃないかしら」
「ヴィー、そんなこと言ったらこの守銭奴の思つぼだぞ?」
「そうだよヴィオ、甘い顔を見せたが最後、財布認定されて、地獄の底までお金をせびりに追いかけてくるよ」
「…………ねえ、ジャンヌ。僕、最近あの二人になんかやらかしたかな? なんで薄汚い守銭奴みたいにディスられてるんだろう……」
ノアと兄の後ろで膝を抱えて落ち込むジルの肩を叩き、「先輩ドンマイ」と言いながら慰めているジャンヌの姿が見える。流石に気の毒な言われようだ──
「で、でも、魔法陣の構築はジル様以外に相談に適した人はいませんし、結局今後も相談することになると思うんです。それなら共同開発者、もしくは監修者として費用をお支払いするのは義務だと思います。貴重なお時間をいただいて教えを乞うんですから」
彼の膨大な魔法知識は、血の滲むような努力の上に培われた宝であり、他国民の自分たちが気軽に搾取していいものではない。
ましてや自分たちの商品にその知恵を借りるなら、きちんと敬意を払い、それに見合った報酬を提示するのは商人の基本だとクリスフォードを説得する。
「そうか……まあ、ヴィオがそう言うなら僕は構わないよ」
「え……やだ、天使がいる。ヴィオラ嬢、やっぱり僕のお嫁さんになる?」
「ジル先輩、そういうところですよ。ノア様、この人ジョークのセンスないの知ってるでしょう? いちいち反応して殺気を飛ばさない。無視しとけばいいんですよ、こんなやつ」
「酷い! ジャンヌは僕の味方じゃないのか!?」
「上司を揶揄って遊ぶ部下のどこを味方しろと?」
「ヴィーは俺の嫁だ。誰にも渡さん」
収めるつもりが結局騒がしくなり、ノアの『俺の嫁』発言にヴィオラの顔はまたボッと沸騰し、収拾つかなくなったところで扉がノックされた。
タイミング良く侍女のカリナがお茶を持って入り、手際よくセッティングしていく。
そして、そこでノアが切り出した話題にヴィオラは固まった。
「そういえばエイダン殿からの手紙で、クリスに返事をよこすよう声をかけてくれって頼まれたぞ。婚約者候補を決めるよう言われてるみたいだな」
(婚約者!? お兄様の!?)
ヴィオラは驚いて思わずクリスフォードとカリナを交互に見てしまった。
カリナの気持ちを知っているヴィオラとしては居た堪れない話題だ。それならクリスフォードに想いを寄せているカリナはもっと辛いだろう。
でも彼女は動揺している素振りは一切なく、淡々と給仕の仕事をしている。
「え? クリス婚約するの?」
ジルの質問に、兄はため息をついた。
「ヴィオがノアと婚約したからね。僕もいい加減に婚約しろって。父上の仕事に支障が出るくらい釣書と面会申込が殺到してて、僕だけでも一度王都に戻って来いって言われてるんだよね」
(釣書がたくさん来てるとは聞いてたけどで、お父様の仕事を邪魔するほどだったとは知らなかったわ……)
ヴィオラとしては義姉になるならカリナが良いが、こればかりは父エイダンと次期当主のクリフォードが決めることであり、嫁いで家を出る予定のヴィオラには口出しできない。
(でも……打算も何もなく、本物の愛情でお兄様を支えられるのは、カリナだけだと思うんだけどな)
自分たちが継母イザベラに虐待されていた時から、ずっと自分たちの味方で側にいてくれた。
クリスフォードがまだ病弱だった頃は、ヴィオラと一緒に兄の看病をしていたのだ。彼女の献身を兄も知っているはず。
「あのクソジジイに口出しされてるらしくてね……だから王太子殿下からも早く婚約するよう言われてるらしいよ」
「あー……なるほどな。それで俺にも頼んできたのか」
祖父のマッケンリー公爵の横槍に腹を立てる兄とノアを見ながら、ヴィオラはどうにかできないかと思案する。
(後でノア様に相談してみよう)
部屋の隅で話を聞いていたカリナは一見いつも通りだったが、前で組んでいたその手は微かに震えていた。
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