バタフライエフェクト
現在、母が外出した隙を狙ってヴィオラはロイドの執務室にいた。彼と向かい合わせのソファに座っている。
「お嬢様、我が領地の薬草の収穫量と、現在流通している薬のリストになります。・・・あの、何故急に領地産業にご興味が?」
ロイドが訝しげに書類を手渡す。
きっと10歳の子供に理解できる内容ではないと思っているのだろう。後継者教育を受け、全ての家庭教師に優秀と言わしめているクリスフォードならともかく、淑女教育しか受けていないヴィオラには到底わかるものではないはずだ。
だがヴィオラにはミオの医学知識、薬剤師の知識がある。
「ありがとうロイド。私もお兄様を支える為に領地の勉強がしたいの。・・・私はもう傷だらけでお嫁にいけるか分からないから、念のためにお兄様の元で働ける知識を身につけたいの」
母の虐待を知っているロイドは痛ましそうに顔を顰める。
こうして良心を突けばヴィオラに協力する気になってくれるだろうか。クリスフォードとヴィオラには絶対的な味方が必要だ。ロイドがそれになり得るか見極める必要がある。
『ロイドは父上付きの使用人だ。この邸の様子を逐一父上に報告している。だから今のこの状況を父上は知っているんだよ。知っていて、顔出さないの。薄情な男だよね』
冷気を纏った黒いオーラを漂わせて話していたクリスフォードの言葉を思い出す。
父親は母イザベラの虐待を知っていて、領地に帰る事を許した。これはきっと体のいい厄介払いなのだろう。
ルカディオと婚約したばかりの時期にそんな決定を下せるのだ。父も子供の事なんかどうでもいいと思っているに違いない。
「お嬢様・・・傷ならいずれきっと、旦那様がキレイに治して下さいます。ですからお嫁にいけないという事はないと思いますよ」
「なら、どうして今、お父様は助けにきてくれないの?今までだって片手で数える程しか会ったことないのよ。ケガしても一度も治してもらった事なんかない。お父様はきっと、私達がお嫌いなのよ」
「それは違います・・・っ、旦那様はいつもお二人の事を気にかけておいでです」
「信じられない」
「お嬢様・・・」
「ねえロイド、この事はお母様には内緒にして欲しいの。私もバレないように気をつけるから。バレたらまたきっと叩かれるわ。だから私の味方になって?私、お父様なんかよりロイドなら信じられるわ。だってこの間お母様の鞭を止めて助けてくれたもの。ねえ、お願い。私にも領地経営について指南して」
ヴィオラはロイドの罪悪感をわざと突く。
代行で領地経営と薬産業の運営を任されているロイドは、
普段視察や商談で邸を空けている事が多く、母の虐待を防ぎきれていないのだ。
今までもロイドの采配で、ロイドが邸にいる間はクリスフォードと2人でヴィオラへの体罰を防いでいたらしい。
でもロイドが外出する隙を狙った母の行動を体の弱いクリスフォードが1人で止めるのは無理があり、この2年母の独壇場と化していたのだとか。
護衛などをつけて表立ってヴィオラを庇えばイザベラが逆上するのは明らかであり、既に精神的に狂いかけているので何をするのかわからないらしい。
それならばもういっそ、離縁すればいいのでは?
と思うが、イザベラの夫に対する執着心は凄まじいのだ。
もともと高い魔力保持者のため、離縁して野放しにすれば確実に伯爵家に害を持たらすのが分かりきっているので、王家の目や政争の懸念などもあり、あえて追い詰め過ぎず現在の軟禁プラス監視対応で留まっているのだとか。
ミオの感覚で言えば全ての対応が生温くて腹立たしい。オルディアン家の醜聞により国内貴族のパワーバランスに影響が出る可能性がある以上、下手に動けないのが現状らしい。
そのとばっちりを受けているのがクリスフォードとヴィオラなのだというから、2人が大人達を軽蔑し、人生に絶望を感じても無理はない。
でもヴィオラは変わった。
もう今までのように人生を悲観し、悲劇のヒロインのように不幸に酔いしれながら、ただルカディオが迎えに来てくれることだけを夢見るのはやめたのだ。
そんな事に時間を使っている場合ではない。
クリスフォードの命が懸かっているのだ。
クリスフォードが居なくなれば、ヴィオラも虐待死する可能性は大いにある。ついこの間、母親に殺されかけたばかりなのだ。
今までのやり方では、私達は殺される。
だから、成人まで私達2人は力を付けなければならない。
クリスフォードとあの日、決めたのだ。
ヴィオラがクリスフォードの病を治療しながら、私達2人で商会を立ち上げ、資金と後ろ盾を独自に持つこと。
それらを実行するための味方を得ること。
目の前のロイドをじっと見つめる。
正直、ロイドを味方につけなければこの計画は早々に頓挫する。だから絶対に、ロイドを仲間に引き入れなければならない。
───深い、ため息が聞こえる。
ロイドの溢したため息だ。
「・・・お嬢様。お目覚めになられてから少し変わられましたね」
「そうかな」
「はい。何だか、お強くなられた気がします」
「──────だって私、死にたくないの」
息を飲む音が聞こえる。
ロイドの深い部分を抉ったのだ。
「守ってくれる人がいないなら、私達は自分で自分の身を守るしかない。倒れたあの日、そう思ったの」
ロイドは苦しそうに眉を寄せ、思案するように瞳を閉じている。そして部屋は静寂に包まれた。
ヴィオラはひたすら待つ。
真っ直ぐロイドを見つめながら。
ロイドがこちら側へ来ることを祈る。
そして、再び視線が合わさり、沈黙が破られる。
ロイドは立ち上がり、胸に手を当て、頭を下げた。
「わかりました、お嬢様。このロイド、持てる知識を全てお嬢様とクリスフォード様に捧げ、忠誠を誓います」
────来た。
ようやく一歩、踏み出した。
母イザベラを失脚させるために、
ヴィオラ達は動き出す。
見捨てられたのは、ヴィオラ達ではない。
2人が親を捨てるのだ。
親のためではなく、
自分の為に、生きたいから。
この選択が、後に国を動かす事態に繋がるとは、
誰も予想していなかったけれど。
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