秘密を打ち明けた日、兄の悲しみを知る
────幸せな、夢を見た。
大好きな、大好きな男の子の夢。
王都を出てからもう、2年も会えていない。
寂しくて、恋しくて、目尻から涙が溢れ落ちる。
「───さまっ、・・・お嬢様!」
強く体を揺すられて、意識が急浮上する。
そっと目を開けると、そこには心配した顔のカリナの姿があった。
「・・・カリナ。おはよう、そんなに慌ててどうしたの?・・・あ、もしかして私寝坊しちゃった?」
「いえ、大丈夫ですっ、ただ起こしに部屋に入ったらお嬢様が泣いていらしたので、傷が痛んでいるのかと思って・・・」
「大丈夫。ちょっと懐かしい夢を見ただけ。これは嬉し涙だから。起きたのが残念なくらい、すごく幸せな夢だったの」
「それは・・・起こしてしまい申し訳ありません」
しょぼんとするカリナの手を握り、笑顔を送る。
「心配してくれてありがとう。ううん、いつもいつも、私に尽くしてくれてありがとう。カリナが専属侍女で、私すごく嬉しい」
前世を思い出した日から、ヴィオラの中でいろんな変化が生まれた。それは間違いなくミオの28年分の記憶と知識のおかげだった。その影響で精神年齢が上がったのもある。
人の優しさに、気づけるようになった。
自分の置かれている状況を冷静に見る事が出来るようになった。
「私も、お嬢様にお仕え出来て光栄です。これからもずっと、お支えしていきますからっ」
瞳に涙を滲ませながら、笑顔で忠誠を誓ってくれるカリナに、ヴィオラは胸が暖かくなる。
(──大丈夫。私は負けない)
ヴィオラは今、決意した。
力を与えてくれたミオに、心から感謝を。
(───私が、お兄様の病気を治してみせる)
**********
コンコン。
「お兄様。ヴィオラです」
「どうぞ」
秘密を打ち明けるために、ヴィオラはクリスフォードの部屋を訪れた。
今から荒唐無稽な話をするため、緊張が走る。
ベッドの上で枕とクッションを背に座っている兄の横に椅子を用意し、ヴィオラはそれに背筋を伸ばして座わった。
「背中の傷は大丈夫?」
「大丈夫。まだ少し痛いけど、自分でこうして動けるくらいにはなったよ」
「そう。良かった。・・・出来たら傷跡も消してあげたいんだけどね・・・」
クリスフォードは憎らしげに眉を寄せて顔を顰めた。
領地に来てから、母イザベラは気に入らない事があるとヴィオラや使用人達に手をあげたり、鞭で打つようになった。
王都のタウンハウスとは違い、広大な領地の中にある邸は隣接する建物がないため、虐待しても外部に情報が漏れる事はない。そのため、イザベラの独壇場だった。
ヴィオラの体は母につけられた傷が無数にある。2年も体罰が続けば、色素沈着して消えない傷になってしまったのもあった。
これを綺麗に治すには治癒魔法が必要になる。それも聖女並みに高い魔力保持者が使う高位の治癒魔法でなくては無理だ。
今この国で、高位の治癒魔法が使える魔法士のトップにいるのはヴィオラの父親だ。優秀な治癒魔法士でありながら医療知識も高い事が王族に買われ、専属侍医になったのだ。
生まれてから片手で数えられる程しか会った事のない父が、わざわざ娘の為に領地まで治療しにくるとは思えないし、体罰の事実を隠蔽する為に、母が絶対治療を許さないだろう。
───調べてみないとわからないが、ヴィオラの予想ではこの国の医療事情は、ミオの世界よりかなり劣っていると思う。少なくとも手術という概念がなく、命に関わる怪我や毒による病は主に治癒魔法で治療していた。
治癒魔法は水属性であり、主に回復・修復がメインだ。
自然治癒力を高めて怪我を治したり、毒を解毒して血液を正常に戻すことができる。
でも、治癒魔法は万能ではない。
唯一治療が難しいのは毒以外の命に関わる病の場合。これは治癒ではなく、光属性の浄化魔法が必要になる。体内の病んだ部分を浄化して正常に戻すのだ。
ただ、光属性の魔法士は貴重な存在で世界でも数人しかいない。この国にはいなかったはず。
つまり、薬も効かない重い病に罹った場合、ほとんどが助からないのだ。それがこの国の現実だった。
「・・・ヴィオ?黙り込んでどうしたの?なんかすごい緊張してるけど。また母上に何か言われた?」
「違うの。お兄様に、話したい事があって・・・、でも信じてもらえるかどうか・・・」
「信じるよ」
「え?」
「だって、それがヴィオが変わった理由なんでしょ?」
「───やっぱり、気づいてたの?」
「そりゃ、双子だからね」
ふふっと笑いながら、クリスフォードは優しくヴィオラの頭を撫でる。その温もりが大丈夫だと言ってくれているようで、緊張が解れた。
「この前、私が高熱で寝込んでた時にね、夢を見て、思い出したの。───前世の記憶を」
ピタっと、頭を撫でていたクリスフォードの手が止まる。下に向けていた視線を上げると、目を見開いて驚いているクリスフォードの顔が見えた。
(やっぱり、にわかには信じ難い話だよね──)
そんな不安が再び胸の中を占めた時、
「続けて」
クリスフォードがヴィオラの手を握り、不安をかき消してくれる。きっとヴィオラの不安が伝心したのだろう。
頷いて、話を続ける。
「前世の私は、こことは違う異世界の、日本という国で生まれ育って、28歳まで生きたの」
何故死んだのかは覚えてない。
わかるのは、死ぬには早い人生だった事。
寂しかったけど、やりがいのある仕事についてこれからっていう時に命を落とした。
きっとミオの意志ではなかったはず。
「前世の私は医者一族の家系に生まれたけど、能力が足りなくて医者にはなれなかったの。でも新たに薬師の道を見つけて、やりがいを持って働いていた。───今の私は…前世の、神崎ミオの28年分の記憶と知識があるの」
真っ直ぐ、クリスフォードを見つめる。
普通なら、頭の狂った女と思われても仕方ない。でも双子のクリスフォードなら、きっと・・・
「なるほど。意識が戻ってから、ヴィオの印象が変わってしまったのはそういう事か」
「信じてくれるの?自分でも荒唐無稽な話だという自覚はあるんだけど・・・」
「信じるよ。だって今のヴィオラは以前のヴィオラとは別人みたいだし」
「え?」
「10歳なのに、妙に大人びた話し方をするようになったし、今までずっと悲壮感漂わせて母上に怯えていた様子だったのに、今は母上の名前だしても他人事のように捉えているでしょ」
「あ・・・」
「何より、僕を拒絶しなくなった」
「・・・・・・っ!?」
───クリスフォードは気づいていたのだ。
母イザベラの仕打ちに身体も心もボロボロになって、ヴィオラの中に芽生えてしまった歪みを。
──兄だけが母に愛される。兄のせいで大好きなルカディオと離れ離れになった。なぜ私はこんな目に合わなければならない。
領地に来てからの擦り切れる生活の中で、兄に対する嫉妬と恨む気持ちが生まれるのを、ヴィオラは抑えきれなかった。でもそれを悟られてクリスフォードまで敵に回ってしまっては、きっと自分は耐えられない。
だから悟られないよう必死に隠し続け、兄想いの仮面を被り続けた。
双子なのだから、その歪みに兄が気づかないはずがないのに。ヴィオラに芽生えたその思いが、今までどれほどクリスフォードを傷つけたのだろう。
知らないフリをしてくれた兄の優しさに心が痛む。
泣き出しそうな、悲しげな笑顔を浮かべるクリスフォードの姿に、ヴィオラは兄の愛を感じた。
「弱くてごめんなさい。お兄様っ・・・」
「弱いのは、僕も同じだよ。ごめんねヴィオラ」
兄の感情が伝心する。
寂しさと悲しみが。
たった1人の家族への愛が。
失う事、拒まれる事を恐れる怯えが。
兄もこの2年、ずっと辛かったのだ。
ヴィオラと同じように、クリスフォードもまた、ヴィオラの存在に縋っていた事を、今知った。
「大丈夫だよ。お兄様」
重ねられたクリスフォードの手に、己の反対の手も乗せてギュッと握りしめて、
フワリと、昔のような笑みを見せる。
(これからは、私が守るから────)
その笑顔は、誰もが花の妖精と見違えそうな程、可憐で美しい笑顔だった。
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