俺の妹が強すぎる件
創世の時代、天地創造と同時に2つの命が誕生した。それぞれの名をお兄ちゃんと妹と言った。
お兄ちゃんは自身の眷属として魔族を生み出した。妹は眷属として人族を生み出した。最初こそお互いは親しく接していたが、時が経つにつれ次第に険悪な仲となり、ついには世界の端と端に住居を構え、会うことすらしなくなった。
そうなってから、早1億年。
今では魔族と人族が世界を二分し、お兄ちゃんと妹の不仲を代弁する様に、種族間の領土の境に巨大な壁が建造されている。それを隔て、種族間で不気味な沈黙、そして均衡が保たれていた。
★
その日、魔族たちは思い出した。長い年月を経て、忘れていた人族への恐怖を。壁の向こう側の脅威を。
魔族領デモニック地区に隣接する壁、ウォールデモニックは、突如として粉々に砕かれ、その破片の舞い散る向こう側で、長身の女が1人佇んでいた。
その女は一振りの剣を担ぎ、漆黒の衣に身を包み、その衣服の背中には、金文字で夜露死苦という刺繍がある。
デモニックの住民は恐怖する。
「シャバ僧がっ、消えろ」
デモニックの住民はパニックになる。
「魔苦怒奈流怒いきてぇ」
デモニックの住民は我先にと逃げ出す。
「仏恥義理ぃい」
その女が声を発して剣を降るたびに、ゴミのように同胞が打ち捨てられる。
子供も大人も関係なく、ただ無惨に。
その日、今までの生活が嘘だったかのように、あっという間にデモニック地区は壊滅した。
後に畏怖を込めて、この人族の女は勇者と呼ばれた。
お兄ちゃんは、デモニック地区陥落の報を受け、大いに慌てた。いくら魔族を生み出せると言っても、その強さや個体数には制限がある。理屈はわからないが、魔族を生み出す時、生命力が吸い取られる感覚があるのだ。ちょっと吸いとられるぐらいなら翌日には回復しているが、強い個体を生み出すならしばらくヘロヘロのままになってしまう。
だがそうもいってられないようだ。
こちらも勇者に対抗できるだけの存在を生み出さねば。
みょんみょんみょん〜。
そうしてお兄ちゃんは最近だらけて蓄えていた力も合わせて、とびっきりの魔族、魔王を生み出す。
う、く、まだまだいけるぞ。
みょみょんみょん〜。
直属の四天王を生み出すことにも成功する。
よし、駒は揃った。妹め、今に見てろよ。
お兄ちゃんはこの世界をチェスボードに例え、魔王や四天王といった自分の強い駒をどのように配置し、妹に打ち勝つか、考え始めるのであった。
立てば砲台、座ればたむろ、歩く姿はサイヤ人とは勇者のことである。
この別格な存在が、人族の快進撃を後押ししている。
お兄ちゃんは考えた。勇者の予測侵攻ポイントに魔王を向かわせようと。そしてその日はやってくる。
「私は魔王、勇者さんよ、ここから先には進ませないぜ」
「魔王か、夜露死苦ぅ〜」
そんな気の抜けたやりとりとは対照的に、一瞬にして辺りの建物、木々、舗装や街灯、全てが吹き飛ぶ。
即座にぶつかる両種族の最高戦力は、互いに白い歯を見せてニカッと嗤った。
勇者と魔王がぶつかる様を、上空の偵察用魔族、ブラザーアイからの映像で見ていたお兄ちゃんは、不細工に嗤う。
陽動はうまくいったなぁ。あとは迅速に任務を遂行できるよう、四天王全員に激励のメールをしておくか。
★
その頃、人族領の中ほどに位置するヤンキ村近辺にて。
ピコん!
四天王A「ん? 携帯端末機ブラザーベルに何かメッセージを受信したようだぞ四天王Bよ」
四天王B「本当だな、四天王Aよ」
四天王C「んー、何々? 創造主から「任務がんばってちょ」だってさ。創造主だからって俺らパシリにするとか、許せねぇよな」
四天王D「しょうがないでしょ! そんなことより早いとこ勇者の家族を捕まえるよ」
どことなく不穏な空気を醸し出しつつも、四天王たちは『勇者の家族を捕縛』というお兄ちゃんからの任務を難なく達成させるのであった。
しかし、四天王が任務を達成し意気揚々と現魔族領へ帰還するちょうど同時刻、魔王は勇者に敗北していた。
「おのれええええええ」
魔王の慟哭がかき消えるのとともに、魔族側は取り返しのつかない喪失を認めざるを得なくなった。
★
自分の家族がさらわれたと知り、勇者は激怒した。必ず、かの怜悧狡猾な魔族の創造主を、滅せねばならないと誓った。勇者には学がなかった。しかし、仁義に悖る狡猾な行為には容赦がなかった。
けれども、家族が人質にされている以上、これまでのような魔族領の進撃は難しい。
こうした状況で、魔族と人族、両種族のいびつな平衡が、また保たれることとなった。
勇者は、この抑制された感情の圧力が、日々高まっていくのを感じていた。
「もうこんな状況無理、耐えられない! 全軍っ!!!! 総力をもって…突撃せよおおおおおおおおおお!!!!!!」
結論から言おう。お兄ちゃんは暴発した。このいびつな状態に耐え切れず、全軍をもって人族に短期決戦をしかけることにしたのだ。
作戦名は『人族の王族を根絶やしにしようぜ★作戦』である。
ちなみに、王城は人族領の奥の奥、最奥にある丘の上にあり、天高く聳え立っている。そこまで大軍を率いていくのも大変な上、よしんば王城までたどり着いても、その攻略は一筋縄ではいかない。
だがそんなことはお兄ちゃんには関係ないのだ。
この突撃で魔族の皆は不安に思っていた。魔族の明日はどこにあるのだろうか。創造主はいかれてるんじゃないか。
しかし、そんな感情とは裏腹に、王城はあっさり陥落した。
「へっ?」
とは、ある魔族の口からとっさにもれた言葉である。これは大半の魔族の心情を表現していた。
腐っても魔族。一般の人族よりも普通に強かったのである。
一呼吸置いて、雄たけびが上がる。
「うおおおおおおおおおおおおおおお」
「勝ったぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「ふぉおぉおおぉおぉぉぉぉおお」
だがもちろん、そう上手くはいっていなかった。
最大の疑問は、勇者はどこにいるのか? である。
そう、実はお兄ちゃんが暴発している時、勇者もまた暴発していた。
感情を抑えられなくなった勇者は、その場で地団太を踏み、走り出した。
孤影悄然にある家族を救うために走るのだ。
悪逆無道な魔族の創造主を打ち破るために走るのだ。
そうして魔族領の奥の奥、最奥にある魔王城へ単騎突撃した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」
しかして、勇者は家族の救出を成功させた。
もっと言えば、魔王城を文字通り粉砕し、なぜか誰もいない空の魔族領の大部分を更地に変え、悠々と帰還した。
家族を連れて、人族領で最も安全といわれる王城へ向けて。
★
勇者が王城に着いた。それは魔王軍の敗北を意味していた。魔王なき今、全軍が万全の状態でも、勇者に勝つのは難しい。ましてや長距離の行軍、決死の攻城戦、それらを乗り越えて人心地ついていた魔族達はもろかった。
魔族が人族の恐怖を思い出したあの日、天高く舞い上がった壁の破片が勇者を彩っていた。
それが今では、魔族そのものがモブよろしく勇者の回りを飛び交っている。
長い歴史の中の、なんとも短い期間のいざこざで、魔族は文字通り滅亡の瀬戸際に立たされていた。
「もうおわりだあああ」
「俺たちはおしまいなんだああああ」
悲痛な叫び声を上げる魔族達。しかし、その中にあっても、へらへらしたやつが1人いた。
その名はお兄ちゃん。
「よしみつけだぞ!」
形だけであっても、なんとか奮闘する魔王軍を放置し、王城をこそこそ嗅ぎ回っていたお兄ちゃん。
本棚の裏に隠された時空の歪みを見つけて、何やらニヤニヤしている。
「妹よ!雌雄を決する時だ!」
そう言って時空の歪みに吸い込まれていった。
時空の歪みは、どこまでも平地と空が続く空間に繋がっていた。
そこでお兄ちゃんと妹が対峙する。
「まさかここまでくるなんて」
「妹よ、お前を倒せば人族の力も失われよう、観念せよ」
後ずさる妹にすり寄るお兄ちゃんは変質者のようである。
「くらえっ!ローリングキック!!」
バシンッ。
「いや、それただクルクル回って体当たりしてるだけだから」
「え……」
「……」
「……」
気づけば、お兄ちゃんはボコボコのボコにされていた。
「お兄ちゃんなんか好きじゃないんだからねっ」
見事なアッパーカットを決められたお兄ちゃんは、放物線を描きながら地面へと叩きつけられた。
空中でとんでいる瞬間、見上げた空では、何かが怪しく光って見えた。
「ぐふっ」
魔族達は唖然としていた。人族達も唖然としていた。勇者も唖然としていた。
突如として、空に巨大なスクリーンが現れ、両種族の創造主が戦い始めた様子が映し出されたからである。
種族の垣根を超えて、皆が絶句していた。魔族側の創造主のあまりの弱さに、そして、人族側の創造主のあまりの強さに。
「ママ変なおじさん!」
「見ちゃダメよ」
そんな親子のやり取りが、辺りによく響いた。
一瞬置いて、空の空間が裂け、妹がお兄ちゃんを担いで出てきた。
「みんな、こんなお兄ちゃんだけど、仲良くしてね!」
その威容に触れた魔族達は一斉に跪いた。いわんや勇者や人族達をや。
(う、俺の妹がこんなに可愛い。)
お兄ちゃんと妹は、魔族と人族は、それ以降仲良く暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
ふ、お兄ちゃんをデレさせる★作戦、成功! 次は何をしようかなぁ〜。