その日 雫Side
朝、ご飯を入れながらご主人が話しかけてきた。
「雫、今日もちょっと遅くなるよ。ごめんね。」
「にゃ~。」(大丈夫だよ~)
そして、仕事に出かけるご主人を玄関で見送った。
夜。カリカリを食べた私は縁側で毛づくろいをしながらご主人を待っていた。
「雫ちゃん。ただいま。」
突然話しかけられてびっくりした。
縁側の窓の外に、奥さんが立っていて微笑んでいた。病気になる前のように顔色は良くなっていた。
「にゃあ~。」(奥さん!待っていたんだよ)
「ごめんね待たせたわね。」
「にゃあ・・・。」(私の言うことがわかるの?)
「わかるわよ。はっきりとね。」
そう言って、奥さんはにっこりと笑った。
奥さんはいつのまにか家の中に入っていた。
縁側に座って、私の背中をなでながら聞いてきた。
「私のいない間、大丈夫だった?」
「うん、ご主人がちゃんとご飯をたくさん入れてくれるので大丈夫!。」
「それはよかったね。」
「うん!。」
「雫はご主人のことが好き?}
「大好き!」
「ご主人は優しいから好き!奥さんもご主人のことが好き?」
「大好きよ。本当に大好きよ。」
その夜、奥さんと私はずっとご主人のことについて話した。
あった時のことや、遊んでくれる時のことや寝る時に撫でてくれることとか。
ご主人の好きなところを、お互いいっぱい話した。
私は、自分の言葉を理解してくれることがうれしくて、うれしくて話し続けた。
だんだん、外が明るくなってきた。
「雫ちゃん。今日はありがとう。楽しかったわ。」
「私もうれしかった。奥さんはこれからずっと家にいてくれるの?」
「雫ちゃん。私は遠くに行かなくてはならなくなったの。ご主人にもしずちゃんにもしばらく会えなくなっちゃった。だからお願いをしていい?」
「お願い?どんな事?」
「ご主人をね、面倒を見てあげてほしいの。
あの人は優しい人。だから無理をしてしまうかもしれない。夜更かししたり、お酒を飲みすぎたり、ご飯を食べなかったり。だから、ご主人がちゃんと暮らしていくように助けて・・守ってあげてほしいの。」
「うん、わかった。ご主人の面倒は私がちゃんと見るよ。」
「お願いね。」
奥さんは、にっこりとほほ笑んだ。
「奥さん、また会えるよね?」
「きっとまた会えるわ。だから、あの人のことをお願いね。」
「うん、約束する!」
奥さんは、安心したようにやさしく微笑んで、、、
朝の光の中に、少し輝きながら透明になっていって消えていった。
私は、その姿をびっくりして見つめるだけだった。
◇◇◇◇◇◇
ご主人が帰ってきたのはその日の昼過ぎである。
目を真っ赤にはらし、足を引きずるように門から玄関に歩いてくる。
玄関で待ち構えた私を見ると、いきなり抱き上げて、嗚咽を漏らした。
「雫・・・・うわぁぁぁ・・・・。」
ひざまずいて泣き続けるご主人の顔をみる。
そうか、奥さんと会えなくなって、ご主人は悲しいのか。私も悲しい。でも・・・
”奥さん、大丈夫だよ。私がご主人を守ってあげる。
大好きなご主人のため。大好きな奥さんのため。”
心に誓った。
泣き続けるご主人の頬に流れる涙を舐めた。
しょっぱかった。




