文化祭~当日~
「文化祭、始まったね」
僕は生徒会室の窓から、行き交う人々の流れを見ながら呟いた。
「そうね、晴れて良かったわ」
好天に恵まれ、暖かい日射しのもと、多くの人達で賑わい、
そこらかしこから楽しげな声が聞こえてきた。
「盛り上がっているね」
僕は窓から目を離し、イスに腰掛ける彼女に体を向けた。
「今のところ、特に問題は起こって無いわね」
彼女は組んだ腕の中で指をトントンと叩いており、
どこか落ち着かず、ピリピリとしているように見受けられた。
「何も起きやしないさ」
僕は彼女の苛立ちをほぐしたいと思い、わざと陽気に振る舞った。
「これだけ人が集まっているのよ?何も起きない訳がないじゃない?
事実、毎年数件はトラブルがあるのよ」
彼女は苛立ちを抑えるように、無表情で言った。
「ほんとに?知らなかった」
僕はオーバーリアクションで驚いてみせた。
「歴代の生徒会長が陰で尽力した賜物よ」
彼女は僕の様子を見て、気をよくしたのか眉間に寄ったシワが少し取れた。
「ふぅん、それでちょっと神経尖らせてる訳?」
僕は間髪入れずに、彼女の機嫌を窺いながらジャブを打つ。
「別に尖らせてないわ」
彼女は澄ました顔をしながら、その小さく艶やかな唇を尖らせた。
「指がトントンしてるよ?」
僕は彼女の組まれた腕を指差しながら言った。
「これはあれよ、無事に終わるようにお祈りしてるのよ」
彼女はべそを曲げて、僕から顔を背けた。
「変わった祈り方だね」
彼女の苦しい言い訳に、僕は思わず苦笑いした。
「貴方もこんな所にいないで、せっかくの文化祭なんだから楽しんで来たら?」
彼女はクルリと振り返り、組んでいた腕をほどき、
僕の胸を軽く、そのたおやかな指で突ついてきた。
「君を誘いに来たんだよ」
僕は突ついてきた彼女の手を優しく握り、
そのパッチリとした大きな目を見つめながら言った。
「・・・ごめんなさい、別の子を誘って頂戴」
彼女の瞳に逡巡とした迷いの色が走り、目尻は潤いを帯びた。
「クラスの出し物の劇は昼からだよね?」
僕はここだ、と思い彼女に畳み掛ける。
「そうじゃないわ、生徒の責任者である私は、ここを離れる訳にはいかないのよ」
彼女は心境を表すように、若干体を揺らしながら、ツヤのある髪を指で弄っていた。
「言うと思った・・・だから君の代わりに、副会長を呼んでおいたから大丈夫だよ」
揺れる彼女の心に、僕はダメ押しの一撃を放り込む。
「副会長は自分のクラスで、役割があるはずよ」
僕のアタックは効いているはずだが、
頑なブロックを未だ崩す事が出来ず、
彼女は反論してきた。
「そうだね、確かにヤキソバ焼いていたね」
僕は攻め手を変える事にし、腕を組みウンウンと唸った。
「あら、副会長はヤキソバを焼いていたの・・・眼鏡は曇らないのかしら」
生真面目な副会長がヤキソバを焼いている事に興味を示したのか、
彼女は話題に食いついてきた。
着眼点は少しズレているとおもったが。
「意外と板に付いていたよ」
タオルをネジリ鉢巻き状に頭に巻いて、
一生懸命にヤキソバを焼く副会長の眼鏡は、
確かに湯気で曇っていた。
「副会長がクラスの役割を担っているのなら、尚更交代なんて出来ないじゃない」
彼女はそれ見たことかと言わんばかりの表情で、鼻を鳴らした。
だが少し肩が落ちたのを、僕は見逃さなかった。
「副会長のクラスメイトを買収しといたから、大丈夫だよ」
ガードの開いた彼女に、僕はボディブローのように言葉を打ち込む。
「買収って・・・変な事してないでしょうね?」
彼女は呆れた表情をして、ジト目で僕を見てきた。
「変と思うかはその人次第かな?」
僕は顎に手を当て、悩み考える仕草をした。
「含みを持たすわねぇ・・・言いなさい」
ジト目の彼女は笑顔で、僕に命令してきた。
「君の文化祭を楽しんでいるブロマイド」
僕は命令に背く事なく、
微笑みながら前屈みになり、
腰に片手を当て、もう片方の人指し指を立てながら、
お茶目にウィンクした。
「・・・そんな物、誰が欲しがるの?」
僕のウィンクは必殺のアッパーとなり、
彼女の心を的確に揺らした。
「少なくとも、僕は欲しいかな」
僕は背筋を伸ばし、両手を広げて勝利を確信した。
「そこまで言うなら、エスコートして貰おうじゃないかしら?」
彼女は挑むような視線を、僕に寄越してきた。
「抱腹絶倒間違い無しだから、顔の筋肉ほぐしておいた方がいいよ」
僕は思わずガッツポーズをし、ニヤける頬を抑えきれなかった。
「どこに連れて行くつもりよ・・・」
呆れた顔をした彼女だったが、その柔らかそうな頬は興奮からか紅潮していた。
タイミング良く、副会長が生徒会室に入ってきた。
後の事は副会長に任せて彼女と二人、生徒会室を出た。
「良い匂いしたね」
「ソースの美味しそうな香りがしたわね」
生徒会室を後にした僕と彼女は、二人でそんな会話をした。




